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SCENE SECTION
01.死焔 / 02.絡想 / 03.砕願 / 04.対撃・救戯・要塞 / 05.喪失 /
「幸せになろう、一哉…それを望んでいてね。あたしはいつでも一哉を想ってる」
「……」
小さな背中に手を伸ばそうと試みても、身体は動かなかった。
涼夜の中に消えていった沙羅を想うとただ胸が痛かったが、彼女を止める権利が自分にあるのかどうかが解らなかった。
沙羅の笑顔を見た瞬間、一哉は自分をひどく俗悪な存在だと感じていた。
迷いなんてない。
俺は――――今更、引き返せない。
迷いなんかないんだ。
一哉を混乱させ惑わせるのは、いつも沙羅だ。
彼女の真っ白な心に触れるたびに痛みを覚えた。
一哉がいつかそれに耐えられなくなると、彼女は見抜いていたのだろうか?
自分は変わることなどできないと確信していた。
いつか道を違う日が来ると解っていた。
「……解ってたんだ」
失笑を漏らしてソファに身を沈める。
「――――やべぇ…」
天井を仰いだ一哉は、持ち上げた片手の甲を額に当てて呟いていた。
「泣きそう…」
仕事を続行すると言い張ったレインを宥めて部屋に連れ込み、ようやく寝かしつけたのは午前3時を過ぎた頃だった。
とっくに限界を迎えていたはずのレインは部屋に戻るや否や予想通りに力尽き、ベッドの上でブラッドのフォースを根こそぎ奪うと、電気が落ちたように眠ってしまった。
情事の痕を残す白肌に指を滑らせたブラッドが瞼にキスを落とす。
レインの首下からゆっくりと腕を引き抜き布団を掛け直してやってから、そっとベッドを抜ける。
サイドテーブルから携帯を持ち上げると、未だ連絡のつかない3人にコールをかけた。
画餅なだけだと知りつつも焦慮に駆られる。
今すぐサンタモニカと日本に発ちたい気持ちはブラッドも同じだったが、ここで早まった妄動をとればSNIPER自体が分崩離析してしまう。
思案をめぐらせながら首元に手を当て、じりじりと増していく疼痛に嘆息しつつもシャツのボタンを外す。
今日は脱がずに誤魔化しきったが、これ以上レインに隠し通すのは難しいだろう。
魔族に噛まれた疵が癒えない。
こんなことは初めてだった。
なにかが中にいるような疼きは次第に大きくなっていて、それと共に鵺的な不安も増している。
魔界へ飛ばされたとき、子供が残した言葉を思い出す。
『あげる。印を…お兄さんには…こっちの方がきっと愉しいよ…?』
バスルームに設えられた鏡の前に立ち、正面に映った自分を見咎めたブラッドは愕然と立ち尽くしていた。
首から伸びた黒い痣のようなものが上腕に絡みつき、肘まで伸びている。
似たような印が「変化(ハイブリッド・ハイ)」状態で発現することはあるが、平時に身体に現れるはずがない。
「No…shit.」
この雑多な時に――――ブラッドが髪を乱し上げた。
「No way…」
視覚で認識してようやく、痣が広がっている左腕の感覚が鈍いことに気がつく。
「幸せになろう、一哉…それを望んでいてね。あたしはいつでも一哉を想ってる」
「……」
小さな背中に手を伸ばそうと試みても、身体は動かなかった。
涼夜の中に消えていった沙羅を想うとただ胸が痛かったが、彼女を止める権利が自分にあるのかどうかが解らなかった。
沙羅の笑顔を見た瞬間、一哉は自分をひどく俗悪な存在だと感じていた。
迷いなんてない。
俺は――――今更、引き返せない。
迷いなんかないんだ。
一哉を混乱させ惑わせるのは、いつも沙羅だ。
彼女の真っ白な心に触れるたびに痛みを覚えた。
一哉がいつかそれに耐えられなくなると、彼女は見抜いていたのだろうか?
自分は変わることなどできないと確信していた。
いつか道を違う日が来ると解っていた。
「……解ってたんだ」
失笑を漏らしてソファに身を沈める。
「――――やべぇ…」
天井を仰いだ一哉は、持ち上げた片手の甲を額に当てて呟いていた。
「泣きそう…」
仕事を続行すると言い張ったレインを宥めて部屋に連れ込み、ようやく寝かしつけたのは午前3時を過ぎた頃だった。
とっくに限界を迎えていたはずのレインは部屋に戻るや否や予想通りに力尽き、ベッドの上でブラッドのフォースを根こそぎ奪うと、電気が落ちたように眠ってしまった。
情事の痕を残す白肌に指を滑らせたブラッドが瞼にキスを落とす。
レインの首下からゆっくりと腕を引き抜き布団を掛け直してやってから、そっとベッドを抜ける。
サイドテーブルから携帯を持ち上げると、未だ連絡のつかない3人にコールをかけた。
画餅なだけだと知りつつも焦慮に駆られる。
今すぐサンタモニカと日本に発ちたい気持ちはブラッドも同じだったが、ここで早まった妄動をとればSNIPER自体が分崩離析してしまう。
思案をめぐらせながら首元に手を当て、じりじりと増していく疼痛に嘆息しつつもシャツのボタンを外す。
今日は脱がずに誤魔化しきったが、これ以上レインに隠し通すのは難しいだろう。
魔族に噛まれた疵が癒えない。
こんなことは初めてだった。
なにかが中にいるような疼きは次第に大きくなっていて、それと共に鵺的な不安も増している。
魔界へ飛ばされたとき、子供が残した言葉を思い出す。
『あげる。印を…お兄さんには…こっちの方がきっと愉しいよ…?』
バスルームに設えられた鏡の前に立ち、正面に映った自分を見咎めたブラッドは愕然と立ち尽くしていた。
首から伸びた黒い痣のようなものが上腕に絡みつき、肘まで伸びている。
似たような印が「変化(ハイブリッド・ハイ)」状態で発現することはあるが、平時に身体に現れるはずがない。
「No…shit.」
この雑多な時に――――ブラッドが髪を乱し上げた。
「No way…」
視覚で認識してようやく、痣が広がっている左腕の感覚が鈍いことに気がつく。
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