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SCENE SECTION

01.死焔 / 02.絡想 / 03.砕願 / 04.対撃・救戯・要塞 / 05.喪失 /





一哉のマンションに沙羅が訪ねてきたのは、22時を過ぎた頃だった。

白のふわふわなニットコートに同じ素材のマフラー、ベビーピンクのシフォンワンピースを身につけた沙羅は思わず抱きしめてしまいそうな可憐さだったが、扉を開けた一哉は彼女の決意に満ちた瞳を正視することができず、とりあえず中へ促しながらも退避や誤魔化しの言葉を脳内で組み立てていた。


彼女の決意には気づいている。


ロシアでの一件以来急に積極的になった沙羅が心配で胸に余り、この数ヶ月密かに彼女の真意を探っていたのだ。

GUARDIANのみならず中央政府にまで足を運ぶようになった沙羅は、まるで軍事業界に参入した当初のレインをなぞるかのような行動パターンを見せた。

沙羅がなにを調べ、誰を護ろうとしているのかは容易に想像がつく。

一哉が解せないのは、「なぜあの男なのか」だ。
そこまでして何故あいつを護ろうとする?

ハイバックのベンチソファにちょこんと腰掛けた沙羅の可愛らしい笑窪に胸が痛む。

沙羅と敵対することなんてできない。
彼女を傷つけるくらいならこの腕を斬り落とした方がマシだ。

たった一人にだけ向ける一哉の恩愛は今、迷いとなって渦巻いていた。

ブラウンウッドのピノッキオシーリングライトの温かな灯りの下に向かい合わせで腰掛けた2人は寸時無言だった。

アルミダイキャスト脚のローテーブルに置かれたブラックグラスに手を伸ばした沙羅は、冷たい紅茶ですこし喉を潤すと静かに口を開いた。

「あたしね、学校にはもう行かない。GUARDIANも辞めてきたの」

「…え?」

グラスをテーブルに戻した沙羅を見つめる一哉は唐突な口火についていけず、頭の中で練っていた窘めの言葉も出せないまま凝然と身を凍らせていた。

「決めたんだ。ごめんね、急に」

「…。――――なに…言ってんだおまえ。…そーいう冗談は…」

「ちゃんと決めたことだよ。許可はもう貰ったの」

プリーツステッチのトートバックを膝にのせた沙羅が、封筒から取り出した紙を一哉に差し出した。

退学許可願いと書かれたそれには、成和女学院校長の受理印と保護者である李聯のサインが記されている。

彼女の決意に聯の承諾があったことを肯定する証書を目の当たりにした一哉は二の句が継げず、退学という突然の選択をただ凝視するしかなかった。

「……。待て――――待ってくれ…沙羅。おまえ…聯に?」

「言ったよ」

一哉を見つめる彼女の表情はいたって晴れやかで、それが余計に一哉を揺さぶる。

混乱する思考を制し、なにが彼女を変えたのかを改めて回顧してみる。

沙羅の様子がおかしいと感じた時からずっと繰り返してきた行為だったが、いくら思弁をめぐらせてもやはり思い当たらない――――


否。
あいつ以外に原因は考えられない。


頭に浮かんだ顔をかき消すように首を振った一哉が、問い質す構えで沙羅を見据えた。

「聯になんて言ったんだ。どうして俺に相談しなかった」
「あなたと戦うって言ったの」

「――――……。沙羅…」

強烈な連打に眉を曇らせる一哉に構わず、沙羅は追撃をかけてくる。

「一哉はあたしを大切にしてくれるけど、本当のことは言ってくれないから。相談してもきっと解ってもらえないと思ったの。でもこれは、あたしが自分で決めたこと…もう自分に嘘はつけない」

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