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SCENE SECTION

01.死焔 / 02.絡想 / 03.砕願 / 04.対撃・救戯・要塞 / 05.喪失 /


不審に思うのと同時に妙な寒気が背中を走った。

家の中は静か過ぎ、異様に暗かった。

トアはゆっくりと階段を下りていった。
足音を立てず、慎重に周囲を窺いながら…。


「ガキはまだか」


足元から聞こえた知らない男の声に身体が硬直した。


一気に鼓動が早くなり、トアは震えていた。

知らない男が家にいる。
家族の声はしない――――助かるには逃げるのが一番いいはずだった。

男はまだトアに気づいていない。

しかし、誰かに話しかけたということは他にも数人いるということで、何よりも恐ろしいのは母親と妹たちの声がしないことだ。

小刻みに揺れる足を叱咤し、トアは歯を食いしばった。


逃げちゃダメだ。


お母さんと、妹たちを――――僕が助けなくちゃ。





中央政府が推し進めた能力者狩りは、完全なる隠蔽、隠滅の下、全世界で執行された。





トア・バリュスが戦歌(Seiren)の先天性能力者であることを明かしたのは、彼の父親だった。
彼は多額の報奨金と引き換えに、家族の命と息子の身柄を中央政府に売り払った。

トアの心を蝕み壊したのは、強制的に収容されたDeath squad(デス・スクアッド)での日々でも、逃げ出した後のスラムでの男娼生活でもない。

テーブルに並べられた母親と妹たちの首、裸のまま捨てられた胴体。
笑いながらトアにそれを見せ、その場で彼に暴行を行った白い軍服の男たち。

自分の痛みなど遠く、何も感じなかった。
ただ、彼女たちの苦痛に満ちた表情を忘れることができない。

憎しみに焼かれて発狂しそうだったトアを救い、共に戦おうと言ってくれたのはALTA VENDETTAの仲間たち――――ヴァンだった。

順調だった破壊活動の障害となり道を断ったのは、Alta Vendetta討伐を中央から命じられたSNIPER総帥――――


レイン・エル。


SNIPERの猛攻により主要支部を破壊され、行き場を失った彼らに、レインは突然手を差し伸べてきた…

悪魔のように。

彼はヴァンに、陣門に降り身を隠せと忠告し、いつでも殺せる手元へ組織ごと引き入れた。

敵の足元に押し込められたメンバーたちの我慢はもう限界に達している。

レイン・エルは焔の能力者(ブレイズ・マスター)で、側近の幹部たちも凄腕の能力者揃い。
まともに対戦すれば勝ち目は無い。

ヴァンやトア、ジーマなら幹部とも対等に渡り合えるが、主力が3人では旗を巻くほかなかった。

だがトアは、中央政府に身を売り、美貌を餌に小汚く地位を固め、ヴァンを誘惑し仲間の意志を汚したあの男がどうしても赦せなかった。

中央政府に向けた蛇蝎の如きトアの嫌忌は、いつの間にか矛先を変えていた。

これが忌避による矛盾や過ちだという理性は等閑に付する。
逃げているだけだと解ってはいても、後ろから忙しなく追ってくる憎悪、恐怖、焦燥に駆られ、誰かを疎まずにはいられない。

敵を殺すことでしか癒えなかった傷を膿ませ、悪化させたのは間違いなくレインであって、ここにいるメンバーの誰もが同じ苦痛を持て余している。

「もう限界だ…」

レインが消えればヴァンの目は覚める。

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