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SCENE SECTION
01.死焔 / 02.絡想 / 03.砕願 / 04.対撃・救戯・要塞 / 05.喪失 /
静かに横たわっている直樹の吐息が少しずつ安定してきているのを見守るように、一哉はしばらく傍で様子を窺っていた。
「一晩だけ貸してやるよ」
乱れた猫毛を撫でてから一哉が背中を向けた。
うっすらと瞳を開いた直樹は、ぼんやりとだが彼の背中を目にすることができた。
一哉が出て行ったあとの室内には、無機質な電子音だけが残されていた。
ゆっくりと痛みが薄れていくと共に猛烈な眠気に襲われる。
限界に達していたのは身体だけではなく、痛みに耐え続けていた精神もだった。
回復を要する意識は強制的なシャットダウンを行おうとするが、理性はこんなところで眠るわけにはいかないと、ひたすら抵抗を続ける。
だめだ。
こんなとこ早く出て、戻らなきゃ。
――――……。
数分後に一哉が様子を見にきたときには、直樹は小さな寝息を立てて眠っていた。
ヴァージニアからニューヨークまでを直線で結ぶ地下通路はおよそ500キロにも及ぶ。
SNIPER本部は第2の心臓であるニューヨーク支部と地下で連結しており、その間を専用のメトロが運行している。
兵士や所員が移動に使用する他、兵器や物資の運行も行われ、通路は軍用ヘリや戦車といった巨大な機体の収納場所としても活用されている。
レインとブラッドが地下に現れたのは19時を過ぎた頃だった。
終業準備をはじめていた整備士や所員、警備兵たちが慌てて敬礼する中を、レインは無言で通過していく。
「よぉアレックス。悪いな、仕事上がりのとこを。構わないで続けてくれ」
素気無いレインとは対照的に、ブラッドは闊達に周囲に声を配っている。
本部内のみならず各支部の所員、兵士の名前を全て暗記しているブラッドはどの部署へ行っても顔が利き、上下関係というよりは交友関係としての輪を大切にしている。
彼曰く、1人ずつの性格や癖、モチベーションを理解していたほうが元帥職はやり易い、ということらしいが、それ以前にブラッドという男が人懐っこく、親しみやすい性質であることが大きいだろう。
そんなブラッドを横目に見るレインの内心は複雑だった。
レインにしてみれば、上官たる立場にある者がどの部下とも友好的であるという状態を是認できない。
私情を挟まない関係だからこそ組織を統御し得る。
余計な情が両者の間に挟まれば、レインはたちまち身動きが取れなくなってしまう。
部下に対する冷然としたレインの態度は、非情になりきれない彼の温情の裏返し、不器用さの表れとも言えた。
本日分のメトロの運行は終了しており、線路はロード・フィルターに覆われていた。
使用しない時間帯は線路の上に特殊な透明フィルターがかかり、上を歩行できる。
地下通路の奥へと消えていったレインとブラッドが一体どこへ向かうのかという疑問を抱きながらも、整備士たちは終業作業へと手を戻していた。
皆一様に、仕事後の愉しみというものがある。
恋人と過ごす時間もあれば、仲間と騒ぐ時間もあるだろう。
2人がどこに向かい、この奥に何があるのかという興味よりも、日々のサイクルを消化することのほうが彼らには重要だった。
黙々と前を歩くレインの背中を綽然と眺めながら足を進めていたブラッドが、ポケットから両手を引き抜いた。
「そろそろだな」
2人の足音だけが響く薄暗い空間でレインが足を止めた。
壁に触れた細い指が探るように特殊装甲の上を滑って、瞳と同じ高さで止まる。
静かに横たわっている直樹の吐息が少しずつ安定してきているのを見守るように、一哉はしばらく傍で様子を窺っていた。
「一晩だけ貸してやるよ」
乱れた猫毛を撫でてから一哉が背中を向けた。
うっすらと瞳を開いた直樹は、ぼんやりとだが彼の背中を目にすることができた。
一哉が出て行ったあとの室内には、無機質な電子音だけが残されていた。
ゆっくりと痛みが薄れていくと共に猛烈な眠気に襲われる。
限界に達していたのは身体だけではなく、痛みに耐え続けていた精神もだった。
回復を要する意識は強制的なシャットダウンを行おうとするが、理性はこんなところで眠るわけにはいかないと、ひたすら抵抗を続ける。
だめだ。
こんなとこ早く出て、戻らなきゃ。
――――……。
数分後に一哉が様子を見にきたときには、直樹は小さな寝息を立てて眠っていた。
ヴァージニアからニューヨークまでを直線で結ぶ地下通路はおよそ500キロにも及ぶ。
SNIPER本部は第2の心臓であるニューヨーク支部と地下で連結しており、その間を専用のメトロが運行している。
兵士や所員が移動に使用する他、兵器や物資の運行も行われ、通路は軍用ヘリや戦車といった巨大な機体の収納場所としても活用されている。
レインとブラッドが地下に現れたのは19時を過ぎた頃だった。
終業準備をはじめていた整備士や所員、警備兵たちが慌てて敬礼する中を、レインは無言で通過していく。
「よぉアレックス。悪いな、仕事上がりのとこを。構わないで続けてくれ」
素気無いレインとは対照的に、ブラッドは闊達に周囲に声を配っている。
本部内のみならず各支部の所員、兵士の名前を全て暗記しているブラッドはどの部署へ行っても顔が利き、上下関係というよりは交友関係としての輪を大切にしている。
彼曰く、1人ずつの性格や癖、モチベーションを理解していたほうが元帥職はやり易い、ということらしいが、それ以前にブラッドという男が人懐っこく、親しみやすい性質であることが大きいだろう。
そんなブラッドを横目に見るレインの内心は複雑だった。
レインにしてみれば、上官たる立場にある者がどの部下とも友好的であるという状態を是認できない。
私情を挟まない関係だからこそ組織を統御し得る。
余計な情が両者の間に挟まれば、レインはたちまち身動きが取れなくなってしまう。
部下に対する冷然としたレインの態度は、非情になりきれない彼の温情の裏返し、不器用さの表れとも言えた。
本日分のメトロの運行は終了しており、線路はロード・フィルターに覆われていた。
使用しない時間帯は線路の上に特殊な透明フィルターがかかり、上を歩行できる。
地下通路の奥へと消えていったレインとブラッドが一体どこへ向かうのかという疑問を抱きながらも、整備士たちは終業作業へと手を戻していた。
皆一様に、仕事後の愉しみというものがある。
恋人と過ごす時間もあれば、仲間と騒ぐ時間もあるだろう。
2人がどこに向かい、この奥に何があるのかという興味よりも、日々のサイクルを消化することのほうが彼らには重要だった。
黙々と前を歩くレインの背中を綽然と眺めながら足を進めていたブラッドが、ポケットから両手を引き抜いた。
「そろそろだな」
2人の足音だけが響く薄暗い空間でレインが足を止めた。
壁に触れた細い指が探るように特殊装甲の上を滑って、瞳と同じ高さで止まる。
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