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SCENE SECTION

01.死焔 / 02.絡想 / 03.砕願 / 04.対撃・救戯・要塞 / 05.喪失 /


「……」

ヴァン・ナイズからビーチまでは直線距離で10マイルほどある。
転送装置も使用せず瞬時に移動できる距離ではない。

ショッピングストリートが多いこの地区は交通の便がよく治安がいいため、夜になっても買い物客や水着姿の観光客、スケボーなどストリート系の遊びを楽しむ地元の少年たちで賑わい、ディナースポットとしても人気がある。

しかし、昼夜問わず人通りが絶えないはずの一帯に人影はなく、濃い瘴気と薄靄に覆われた歩道には濤声すら響いていなかった。


「ヤバいのでもキめたか?俺…」


懐疑の念に首を傾げながら髪を乱し上げたイヴァが、ふと目を据えた。



前方に佇むのは人影だ。
白靄で時折揺らぐが、真っ直ぐこちらへ向かってくる。



視力のいいイヴァは、すぐにその人物を見定めていた。



「……。マジかよ」



長嘆息と共に眉を顰める――――最悪だ。



どこで罠に嵌ったのかと一考したところで無駄だ。
イヴァはシオウの姿を既に見失い、ヴァン・ナイズから遠く離れたサンタモニカにいる。
相手の術中にいる以上、選択肢は戦るか死ぬかの二者択一。

JUDGEの中でも「当たりたくない」と常日頃感じていた顔が、待ち構えていたかのように目の前に現れた以上、シオウにも同じ現象が起きていると考えるのが自然だ。

中央政府が本格的に動き出したことは知っていたが、用意周到な大仕掛けには舌を巻く。

「あっちはガープか…兄貴か?」

靄はやがて霧になり、視界は次第に悪くなる。
それにつれて瘴気の濃度も強くなり、イヴァの肺はすでに悲鳴を上げ始めていた。

回復の為にフォースが急激に消費され、耳鳴りと眩暈が襲ってきた。
こんな所に長時間滞在すればそれだけで気を失ってしまいそうだ。

硬いものがコンクリートに擦れる音は継続的に響き、次第に大きくなる。
片手に握った魔槍を地面に引き摺りながら近づいてきた人影が、すぐ近間で足を止めた。

静かにイヴァを見据えるオーキッドの瞳は哀感に満ち、妖美漂う面差しは憂愁に沈んでいる。
相変わらずの陰気な風采に鼻を鳴らしたイヴァが毒づいた。


「てめぇらも暇だな…いちいち仕掛けが大袈裟なンだよ。遊園地でも作ったらどーだ」
「………」


俯いた男は小さく首を振ると、溜息と共に蚊の鳴くような声を漏らした。


「遊園地は苦手だ」
「………」
「賑やかだから…」


ローズドラジェの長髪を後ろで束ねた男が儚げな吐息を落とした。
ギャグのつもりで言っているわけではなく、本気なところが恐ろしい。

陰気を地で行くクー・フーリン(クーファ)は、悪魔ドルグワントと契約を交わすJUDGEの第3席だ。

一見華奢だが鋼の如き戦士の身体を軍服で覆っていて、170cmの身長とほぼ同じ長さの魔槍、ゲイボルグを携えている。

この魔槍が極めて危殆なことをイヴァは熟知していた。

脳内で勝機を探りつつ攻撃のタイミングを計っている間にも、肺が灼けて空嘔を起こしそうになった。


――――なんて瘴気だ。


濃霧は沿道の木々からも生気を吸い出している。
枯れ木と化したそれが乾いた音を立てて風壊し、昏い空から落ちてくる気圧はイヴァを押し潰そうとする。

時間が経過するほど状況が悪化するのは確実だった。

M.eからの情報でロンドン・シティに同様の現象が起きたとの報告は受けていたが、実際にこの状況を体感した人の身体は死の予兆を示すのだということをイヴァは実感していた。

瘴気に飲み込まれたサンタモニカは満目人の世界ではない。

草木皆兵の戦慄を、戦場でなく南カリフォルニアで味わうことになるとは夢にも思わない。

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