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SCENE SECTION

01.死焔 / 02.絡想 / 03.砕願 / 04.対撃・救戯・要塞 / 05.喪失 /





SNIPER本部の地下3層にある治療室は、NBCA兵器からの攻撃に耐えうる強固な構造をしており、万が一本部を占拠された場合を想定し、他のフロアからの完全な切り離しが可能になっている。

一度に大量の負傷者が出ても対応できるように一層で3200平方メートルもの広さを有し、常に最先端の医療器具を開発、大量生産し、あらゆる事態に備えている。

広大な治療フロア内では要所に設けられた転送装置を使用することができる為移動も円滑で、世界中の支部とも転送システムで繋がっている。

第1層フロア中央に置かれた新人類専用の医療装置はレインの為に設計されたもので、「H-infinity(ヒューマン・インフィニティ)」、通称H-I(エイチアイ)と呼称される。

人間が為し得る最高レベルの英知が詰め込まれ、瑠璃以外には作動させることすら許されない量の、極めて膨大なフォースを内蔵している。




シティから戻ったブラッドは、意識を失ったままのレインを地下へ連れて行き、瑠璃に治療を頼んだ。

H-infinityに貯蔵されたフォース全てを使い果たしてもレインの1日分の消費量には満たないが、とりあえず応急処置程度の補給を行い、詳細な検査結果を出すため瑠璃がフロアを離れたところで目を覚ましたレインに、ブラッドは新しいシャツとスーツを手渡した。

H-infinityに、レインがとりあえず動ける程度のフォースを充填するまでには、最短で1ヶ月かかる。
人知の及ぶところではないエネルギーを大量に消費する彼をバックアップできる装置は、力不足とはいえ、現段階ではこの1台しか存在しない。




着替えを終えたレインが医療ベッドから立ち上がろうとしたところで、「検査結果を待て」とブラッドに肩を掴まれた。

不快な面持ちでブラッドを睨む。
H-infinityの耳障りな電子音が、余計にレインを苛立たせていた。

レインは医療に関するあらゆるものを異常なまでに忌避する傾向がある。
組織内における医療の存在意義は充分に理解しているものの、どうにも受容することができないらしい。

顕然たる彼の拒絶反応を、ブラッドは恐怖と同一視している。
小さく震えている細腕に優しく触れた褐色の手を、緩慢にレインが払った。

「大丈夫だと言ってる…今は原因究明が最優先だ」
「だからこそ、だろ。おまえが倒れたら元も子もない。こんな状況だからこそ、おまえは現地には行かず指示を出すべきなんだ。冷静に動けなきゃ負傷者がもっと出る」

「……。解ってる」

「俺か幹部が動く。絶対に現地には行かせない」
「しつこい」

そっぽを向いたレインが苛立ちを込めて溜息をついた。

電子音だけが響くフロア内に、負傷した戦闘員の姿はない。
第2層、3層が一般的な治療に充てられることが多く、1層は幹部、元帥、総帥ランクの特別な医療機が備えられているためだった。

特にH-infinityはフロアの3分の1を占めるほど巨大で、内蔵されたフォースを維持するのに必要とされる膨大なエネルギーを精製する為に、小規模な原子炉まで組み込まれている。

大小、稲麻竹葦の配管が天井に伸びる異様な空間の中に片時の静寂が続く。

傷跡を確認するようにレインの肢体を滑るブラッドの視線が歯痒くて、無性に右肩が疼いた。
シャツの上から刻印に触れる。

時折レインは、発狂しそうなほどの恐怖に襲われることがあった。
過去を知りたいと思う反面、恐怖に打ち勝てないかもしれない自分に出会う。
シティで異界へ空間移転させられたときも、刻印がひどく痛んで、それだけで動けなくなった。

醜態を晒したことより制御できなかったことに苛立ちが募る。
自分の身体が儘ならないこと、まるで自分のものではないような錯覚に陥る瞬間が、レインには苦痛だった。

そのまま意識を失って、もしも―――意識が無い間に、この手でブラッドを傷つけたりしたら。

思考を打ち消すようにレインが首を振った。
ふと視線を上げて、斜め向かいに横たわる嗜眠状態の男に一瞥を投げる。

ロシアで捕らえた氷の能力者、方驍氷(ファン・シャオビン)だ。

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