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SCENE SECTION
01.死焔 / 02.絡想 / 03.砕願 / 04.対撃・救戯・要塞 / 05.喪失 /
同じ手術を受けた1万人あまりは適応できずに死んでいる。
生存し更に自我を保てた実験体はブラッドひとりだった。
自分自身に獣としての素養があったからに他ならないとブラッドは所思している。
戦うことは生きることと一緒だ。現在も過去もそれは変わらない。血が沸き立つような興奮が、歓喜があるのも否定できない。これは彼の本能だった。
力を込めたブラッドの腕が柔らかな腹に深く突き刺さる。
子供のかたちを模っているとはいえ魔族は魔族、実際のかたちは違う。
伸ばした手に躊躇いはなかった。
「まず一匹…」
背後。
伸びてきた男の足を躱したブラッドの足がもつれる。
「っ?」
手が。
赤土から生えた男の両手が堅固にブラッドの膝下を掴んでいた。
視界の隅に佇む男の本体に手がないのを見咎めて一驚する。
「っ……な」
眼前に迫る足が鋭い刃に変わった。
変質したそれは既に生物のものではない。
冷たく鈍色に揺らめいた軌道が電光石火の如く閃く。
身を屈めるようにして間一髪で逃れたブラッドのすぐ背後で、血まみれの子供が嘯いた。
『よく躱したね、お兄さん』
声の方向に向き直ると同時に足首を拘束している男の両手に左手を伸ばす。
刻印に彩られたブラッドの小手から鋭利な獣爪が突き出し、嗄れた叫び声を上げた男の上膊が赤土に沈下した。切り残された下膊は地面に転がり、痙攣している。
近間で倒れた男が呻いた。
男の両手足は本体らしき身体に復元しているが切断された瑕疵からは紫色のどろりとした液体を滴らせていて、ノイズ交じりの悪声で身悶え唸っている。
『強いんだね…人間なの?ほんとうに』
陰惨な笑みをちらつかせる子供の腹には大穴が開いている。
悍(おぞま)しさに苛まれながらも、ブラッドの五感は勝機の具(つぶさ)も見過ごさんとフル稼働している。
恐怖や憂色など一切窺えないその表情は、むしろ喜悦に近い。
「たぶんな」
とくに距離をとるわけでもなく、子供を正面から見据えたブラッドが一笑した。
紫の液体が滴る爪を空中で切るようにして従容に構えてみせる。
『僕たちがこわくないの…?』
「俺が脅えたって可愛くねぇだろ?」
後方から襲ってきた男の姿をブラッドの視覚は捉えていた。
たとえ目で感じられなかったとしても、嗅覚が、肌が、常に男を気取っている。彼は、魔族によって瘴気の匂いが違うという事象すらこの短時間で知得していた。
時間は知識を増強させ戦闘を有利にする。相手を知るほどに状況は打破しやすくなる――――だが、この場所に関してだけはそうも言い切れない。
フォースの過度な消耗、何倍もの重力、毒に満ちた大気。
長時間運動をしたい環境とは言いがたい。
硝煙や血臭漂う、落ち着きさえする戦場とこの地は違う。
遊んでいる暇はない――――「相棒」のリミットが最優先だ。
「おまえらにビビッてるようじゃ、あいつの隣なんか勤まんねぇよ」
同じ手術を受けた1万人あまりは適応できずに死んでいる。
生存し更に自我を保てた実験体はブラッドひとりだった。
自分自身に獣としての素養があったからに他ならないとブラッドは所思している。
戦うことは生きることと一緒だ。現在も過去もそれは変わらない。血が沸き立つような興奮が、歓喜があるのも否定できない。これは彼の本能だった。
力を込めたブラッドの腕が柔らかな腹に深く突き刺さる。
子供のかたちを模っているとはいえ魔族は魔族、実際のかたちは違う。
伸ばした手に躊躇いはなかった。
「まず一匹…」
背後。
伸びてきた男の足を躱したブラッドの足がもつれる。
「っ?」
手が。
赤土から生えた男の両手が堅固にブラッドの膝下を掴んでいた。
視界の隅に佇む男の本体に手がないのを見咎めて一驚する。
「っ……な」
眼前に迫る足が鋭い刃に変わった。
変質したそれは既に生物のものではない。
冷たく鈍色に揺らめいた軌道が電光石火の如く閃く。
身を屈めるようにして間一髪で逃れたブラッドのすぐ背後で、血まみれの子供が嘯いた。
『よく躱したね、お兄さん』
声の方向に向き直ると同時に足首を拘束している男の両手に左手を伸ばす。
刻印に彩られたブラッドの小手から鋭利な獣爪が突き出し、嗄れた叫び声を上げた男の上膊が赤土に沈下した。切り残された下膊は地面に転がり、痙攣している。
近間で倒れた男が呻いた。
男の両手足は本体らしき身体に復元しているが切断された瑕疵からは紫色のどろりとした液体を滴らせていて、ノイズ交じりの悪声で身悶え唸っている。
『強いんだね…人間なの?ほんとうに』
陰惨な笑みをちらつかせる子供の腹には大穴が開いている。
悍(おぞま)しさに苛まれながらも、ブラッドの五感は勝機の具(つぶさ)も見過ごさんとフル稼働している。
恐怖や憂色など一切窺えないその表情は、むしろ喜悦に近い。
「たぶんな」
とくに距離をとるわけでもなく、子供を正面から見据えたブラッドが一笑した。
紫の液体が滴る爪を空中で切るようにして従容に構えてみせる。
『僕たちがこわくないの…?』
「俺が脅えたって可愛くねぇだろ?」
後方から襲ってきた男の姿をブラッドの視覚は捉えていた。
たとえ目で感じられなかったとしても、嗅覚が、肌が、常に男を気取っている。彼は、魔族によって瘴気の匂いが違うという事象すらこの短時間で知得していた。
時間は知識を増強させ戦闘を有利にする。相手を知るほどに状況は打破しやすくなる――――だが、この場所に関してだけはそうも言い切れない。
フォースの過度な消耗、何倍もの重力、毒に満ちた大気。
長時間運動をしたい環境とは言いがたい。
硝煙や血臭漂う、落ち着きさえする戦場とこの地は違う。
遊んでいる暇はない――――「相棒」のリミットが最優先だ。
「おまえらにビビッてるようじゃ、あいつの隣なんか勤まんねぇよ」
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