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SCENE SECTION
01.死焔 / 02.絡想 / 03.砕願 / 04.対撃・救戯・要塞 / 05.喪失 /
一体。もう一体の姿はない。
焼け爛れた身体で這うように近づいてくる。
なんとか身体を起こそうとするものの、腕が…刻印から伸びた何らかの力が身体を締め付けるようで、呼吸をすることさえままならない。
蹲った格好のレインの黒髪が赤土に擦れた。
「っ…く…、っ…そ」
『ひとり死んだ。片方、死んじゃった、死んだ』
すぐ目の前で、皮膚の溶けた女が濡れた音を立てて蠢いた。
レインが踏み出したその瞬間に、ブラッドは彼の姿を見失っていた。
レインが消えたというより、ブラッドが急激に後退したという感覚。
強制的な空間移動で四方八方へ飛ばされたため、戻ろうにも方角が解らない。
「遊んでる暇は無さそうだな…」
『テストだよ』
剽げた薄笑いを浮かべた子供がそう言った。
言ったというよりは音を発したという表現が正しいのかもしれない。
彼の口はさっきから一度も動いていない。
『お兄さんは…印(しるし)をもらえるかな』
鎖につながれた男が忽然と姿を消した。
それを見咎めながらもブラッドは動かない。
「しるし?」
『お兄さんならきっともらえるよ。すごくすごく、強そうだから』
乱すように髪をかき上げて、ブラッドが口角を吊り上げた。
元々剣呑な雰囲気のあるこの男は、独りになるとレインと行動を共にしている時とは違った空気を醸し出すことが間々ある。
飄々とした風貌こそ変わらないが、さながら肉食獣が舌舐めずりをし獲物を恫喝するかのような威圧を相手に差し向ける。
彼の本質は殺しを躊躇わない生粋の戦士であるということは、レインだけでなく幹部たちも熟知している。
仲間にこそ穏健で謙虚さすら見せるものの、それが本質でないというのは彼自身が…ブラッドが一番得心していた。
「試してみるか?」
『もう始まってるよ…』
戦機は上空からやってきた。
いつの間にか飛び上がっていた男の両腕が歪んで伸びた。
ブラッドの身体を突き刺すように先鋭に降り落ちてくる。
後方に逃れようと身を引いたところで瞬時に体勢を切り替え、ブラッドは前方に跳んでいた。
少年に向かって身を躍らせる。
身体が重い。こんなスピードじゃ返り討ちだ――――だが、反対側に動く筈だったブラッドを追って踏み込んだ子供の影を彼は捉えていた。
あらゆる生物の特性を備えているブラッドは視野が大幅に広く敏感で、背後の微かな動きでさえ看過しない。
相手のスピードが加われば距離は一気に縮まる。
目測通り、地上での速度に遜色ないタイミングで攻撃の好機が訪れた。
時間を浪費している暇はない。
褐色の右腕に黒い刻印が浮かび上がった。
彼の持つ獣の遺伝子が戦闘本能を露にする。
ブラッドが理性を保っている限りは暴戻で残忍な破壊衝動に呑まれることはないが、自我を見失うほどのダメージや激昂が加われば話は別だ。
大脳皮質、前頭連合野はヒトとしての判断を無くし、動くものをただ殺し尽くす殺人機械に成り果ててしまう。
自分の中にある獰猛なもうひとつの貌が、遺伝子改変手術によって生み出されたまったくの別人格であるという認識は聊かもない。
一体。もう一体の姿はない。
焼け爛れた身体で這うように近づいてくる。
なんとか身体を起こそうとするものの、腕が…刻印から伸びた何らかの力が身体を締め付けるようで、呼吸をすることさえままならない。
蹲った格好のレインの黒髪が赤土に擦れた。
「っ…く…、っ…そ」
『ひとり死んだ。片方、死んじゃった、死んだ』
すぐ目の前で、皮膚の溶けた女が濡れた音を立てて蠢いた。
レインが踏み出したその瞬間に、ブラッドは彼の姿を見失っていた。
レインが消えたというより、ブラッドが急激に後退したという感覚。
強制的な空間移動で四方八方へ飛ばされたため、戻ろうにも方角が解らない。
「遊んでる暇は無さそうだな…」
『テストだよ』
剽げた薄笑いを浮かべた子供がそう言った。
言ったというよりは音を発したという表現が正しいのかもしれない。
彼の口はさっきから一度も動いていない。
『お兄さんは…印(しるし)をもらえるかな』
鎖につながれた男が忽然と姿を消した。
それを見咎めながらもブラッドは動かない。
「しるし?」
『お兄さんならきっともらえるよ。すごくすごく、強そうだから』
乱すように髪をかき上げて、ブラッドが口角を吊り上げた。
元々剣呑な雰囲気のあるこの男は、独りになるとレインと行動を共にしている時とは違った空気を醸し出すことが間々ある。
飄々とした風貌こそ変わらないが、さながら肉食獣が舌舐めずりをし獲物を恫喝するかのような威圧を相手に差し向ける。
彼の本質は殺しを躊躇わない生粋の戦士であるということは、レインだけでなく幹部たちも熟知している。
仲間にこそ穏健で謙虚さすら見せるものの、それが本質でないというのは彼自身が…ブラッドが一番得心していた。
「試してみるか?」
『もう始まってるよ…』
戦機は上空からやってきた。
いつの間にか飛び上がっていた男の両腕が歪んで伸びた。
ブラッドの身体を突き刺すように先鋭に降り落ちてくる。
後方に逃れようと身を引いたところで瞬時に体勢を切り替え、ブラッドは前方に跳んでいた。
少年に向かって身を躍らせる。
身体が重い。こんなスピードじゃ返り討ちだ――――だが、反対側に動く筈だったブラッドを追って踏み込んだ子供の影を彼は捉えていた。
あらゆる生物の特性を備えているブラッドは視野が大幅に広く敏感で、背後の微かな動きでさえ看過しない。
相手のスピードが加われば距離は一気に縮まる。
目測通り、地上での速度に遜色ないタイミングで攻撃の好機が訪れた。
時間を浪費している暇はない。
褐色の右腕に黒い刻印が浮かび上がった。
彼の持つ獣の遺伝子が戦闘本能を露にする。
ブラッドが理性を保っている限りは暴戻で残忍な破壊衝動に呑まれることはないが、自我を見失うほどのダメージや激昂が加われば話は別だ。
大脳皮質、前頭連合野はヒトとしての判断を無くし、動くものをただ殺し尽くす殺人機械に成り果ててしまう。
自分の中にある獰猛なもうひとつの貌が、遺伝子改変手術によって生み出されたまったくの別人格であるという認識は聊かもない。
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