page04

SCENE SECTION

01.死焔 / 02.絡想 / 03.砕願 / 04.対撃・救戯・要塞 / 05.喪失 /


「こんな惨状を短時間で起こせるわけがない」
真っ白な空を見上げる。
「報告があったのは1時間前。各機関からテロ対策部隊が到着したのがその30分後。そのときは快晴だった」  

ゆっくりと歩み寄ってきたブラッドが、静寂に満ちた街を見渡しながら言う。
「人工濃霧…たぶん空中散布だろうが、それにしちゃ発現が早すぎる。よほど周到な仕掛けがあるんだろうと思って調べてはみたんだが、そんな痕跡もないんだよな」

「おまえは本部に戻れ。すぐだ」  

唐突過ぎる彼の言葉の意味が飲み込めず首を傾げたブラッドが、腑に落ちない表情でレインを見遣る。
今日の護衛(ガード)を指名したのはレインで、ブラッドはその指示に従い、別件を後回しに急遽ここへやって来た。
ようやく今こうして隣に立ったのに、顔を見てすぐに今度は帰れという。

「ここに送り込んだのは能力者だ。通常の生物兵器なら耐性がある。それが全滅。どんな遺伝子操作を施されたものだか解らない。おまえでも安全とは断言できない…まさかノーガードで来るとはな」
「俺にも害があるって?…レイン。俺が着いたのはおまえよりずっと前だぜ。だったらとっくに…」
「ブラッド」
「大丈夫だって。それより気になってることが…」
「ダメだ」  

強くそう言い放って、きつくブラッドを睨む。  
近頃のレインがやたら神経を張っているというか、過敏になっていることにブラッドは気がついていた。
少しでもブラッドにリスクがあるのを嫌がる。
仕事中は雑駁な扱いだっただけに嬉しいというよりむしろ気持ちが悪くて、対応に困っているというのが正直なところだ。  

曖昧に口元を引きつらせたブラッドの複雑な心中など窺い見ないレインは、諌めるような視線を強気にぶつけてくる。
仕事モードのときのレインは、誰よりも常に自分が正しい。

「ウィルスは解析中、抗体はすでに本部で造らせてる。検査してこい」
「レイン…あのな」
「戻れ。命令だ」
「護衛(ガード)がいなくなっちまうだろ」
「必要ない」
「……」  

つけ入る隙が無いことを悟ったブラッドが嘆息した。
こういうレインに何を言っても無駄だというのは長年の付き合いで熟知している。

たまに強行突破の違背を試みることもあるが、その後のレインの酷烈な視線といったら――――数日は辟易させられる。
艶麗なこの恋人はときに、東西を失うほどに執念深い――――面倒臭い。  

生まれながらに奔放な気質が強いブラッドは、随順的な思念を特に苦手としている。
とは言えレインは感情に流されやすい。彼の不快指数をこの場で急上昇させてしまったら、それでなくても地獄のようなシティの景色はいよいよ暗黒に染まる。

愛しい暴君を刺激するのは得策ではないと、ブラッドの内心は確答していた。

「わかったよ。本部で健康診断してから戻る。それで…」  

言葉を止めたブラッドが背後に鋭い視線を向けた。
正面のレインも同じ方向を凝視している。

唸り声、なにかの呪文のような音、歌。
幾つかの声が交錯して近づいてくるが、それは明らかに人のものではない。  

そう断言できる理由は瘴気だ。
空嘔を誘発しそうな「匂い」を纏っている。

BACK     NEXT

Copyright LadyBacker All Rights Reserved./Designed by Rosenmonat