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SCENE SECTION

01.死焔 / 02.絡想 / 03.砕願 / 04.対撃・救戯・要塞 / 05.喪失 /


担任の末松博史(すえまつ・ひろし)の手短なホームルームが終わったのは午後3時だった。

扉の混雑がおさまった頃を見計らって教室から出た一哉は、同学年の生徒であふれる廊下に立っていた一人の生徒に目を留め、何となく立ち止まっていた。

小さい顔とすこし目じりの下がった可愛らしい丸い瞳が印象的で、髪も瞳も色素の薄い胡桃色だが、姿勢がよく立ち居が美しい為か、日本的で体貌閑雅な印象を受ける。

あんなヤツいたっけ?と考えてはみるものの、あまり他の生徒を気にせず過ごしてきただけに才明以外の同級生の顔が出てこない。
記憶力には自信がある一哉だったが、興味のないものは頭に入れないという性質のほうが脳内優先されるらしい。

逸らそうとしたところで視線が合った。
少しだけ首を傾け、窺うように瞳を細めた少年が、遠慮がちに一哉のほうへ歩み寄ってくる。

「籐間…一哉、くん?」
「……」

突然名前を呼ばれたことで不快を表出させたものの、自分が興味を引かれたことに対する好奇心もあった。
胡乱な表情で頷くと、なんとも可憐な笑顔が返ってくる。

「良かった、会えて」
「誰だよおまえ」

鞄を肩に持ち上げて一哉が歩き出す。
一瞬興味は持ったが関わる気はない、というのが方寸だったが、そうもいかないらしい。
鼻先に感じた匂いは、この少年から実際に発せられているわけではない。
同じ場所に立つものにしか解らない嗅覚。

血臭。

「他のヤツと間違えてんじゃねぇの」
「間違えてないよ。GAD「S」Rate's ASH EVIL.」

ざわめきの中から確かに聞こえた言葉は、一哉の軍人としての感覚を肯定するものだった。思った通りの展開に足を止める。

「なに?」
振り返った先には、さっき見せたのと同じ笑顔で立っている彼の姿がある。

「場所を移動しない?」
少年の総身に視線を這わせた一哉が嗤笑した。

「――――上等だ」










ロンドン都心部――――シティ・オブ・ロンドン。

金融関係のビジネスマンで賑わうシティの中心部には、イングランド銀行本店、ロイヤル・イクスチェンジ、30セント・メアリー・アックスといったエキセントリックな現代建築が並んでいる。

ヨーロッパ金融界の表玄関であるバンク駅周辺は不気味な静寂に満ちていた。

機能を滅失した街に歩行する人影は無く、冷たいコンクリートには赤い血溜りができている。
もう立ち上がることの無い人々は累積し、ひたすら死の沈黙を守っていた。

何百という大量の死体はどれも小さくなり変色している。
長時間放置されたわけでもないのにミイラ化しているのは、急激な血液の吐出によるものだ。

赤い湖にブーツが沈み、暴風雨の後のような音を立てる。
汚れた血塊を詰まらせた下水溝を避けながら、レインは死の街に覆う霧を静かに見上げていた。

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