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SCENE SECTION

01.痛み / 02.潜入 / 03.ジャッジ / 04.焔魔 / 05.偽りの理由 / 06.遺恨 / 07.欠陥 / 08.恋人


はじめはただ、イヴァの負っている過去と傷を知っただけだった。
そんなものは、ナイプに属する能力者なら誰だって負っている傷に過ぎない。
あいつだけが特別不幸なわけでもない。そう思った。
  
あの瞳――――
イヴァの瞳を見るたび、いつも忌まわしい記憶に苛まれた。

アナイス・エレントラ。
最愛の相手を殺されたのは19のとき、5年前だ。
たぶんもう、彼女以上に大切なものなんて現れない。
かけがえのないたった一人の存在を奪った、あの男――――クラッド・ラヴロッカ。
あいつを殺す。そのために剣を握ってきた。

――――あいつの影。

カナマ・イヴァを殺せば、ラヴロッカは契約主である魔物に喰われる。
そうすれば、アナイスの魂は解放される。
 
 
ラヴロッカの影…アナイスの仇。
カナマ・イヴァは、俺にとって…





斬雨。
降り注いだ刃が、音を立てて地面に落ちる。
無数の刃はひとつとして、シオウの身体を貫くことはなかった。
シオウを抱くようにして盾になった、身体。

「っ…、ぁ…、…く」

血。
噴出すような鮮血が目の前で散って、そのあと――――傾ぐ。
暖かい手が、シオウの腕をしっかりとつかんで…なんとか崩れないように、力を込めている。

「――――イヴァ」
血まみれのイヴァの腕が震える。シオウの腕をつかんだまま…。

「っ…、に、…してんだよ…てめぇは……っ」
「――――……」
「……っ、……ハ」

血の滴った口角を上げて。
イヴァが笑んだ。

「なんだ、そのツラ……おまえ、…そーいう顔……すんだな」
腕を貫いていた剣をもう片手で握って――――引き抜く。
「っ……」
「――――イヴァ…」
「うるせぇ…!」

背中から刺さった2本を、無造作に引き抜く。
大量に流れた血が地面に落ちて、イヴァが片膝をついた。
荒く、息を吐く。

「っ…、はぁ、っ……は」
「イヴァ…」
「っ……痛ぇ、な」

シオウの手を払いのけて、イヴァが濡れた地面を握り締めた。
水気を含んだ砂が、じゃりっと音を立てる。

「――――全部、聞いた」
「……」
「憎んでたんだな、おまえ。……俺を」
「……」
「だから…あんなこと」
「……。そんなことは後だ…血を」
「っ……こんなもん流れたって、なんでもねぇよ…!」

喉がヒューヒューと、厭な音を立てている。
こんな大量に血を流したことなんてない。死にそうな激痛。
目の前が急に暗くなって、また歪んだ視界が戻って――――意識なんか本当なら、保てるはずない。
いますぐ地面に転がって、痛みに呻きたい。気絶してしまいたい。
だけど……。

「っ…畜生…」
「――――イヴァ」
「触、るな…っ、…っ…!?」

シオウの腕が、イヴァを強く包み込んで――――唇が重なる。

「っ……ぅ」

優しい舌の動き。
後頭部を撫でるようにされて、腕の傷に触れられる。

「っ……ん」
「イヴァ」
「…ん、っ……」
「……頼む」

赤い髪を、イヴァの血で染まったシオウの手が撫でる。

「――――動かないでくれ」

初めて聞いたシオウの声。
乱れた息を吐きながら、イヴァが瞳を上げた。

「シ、オウ…」
「………」

泣きそうな氷の瞳。
それが信じられなくて、ただ呆然と――――シオウを見上げる。

「出血がひどい」
「――――っ、こんなもん。…なんでも…ねぇ」
「………」

強く、シオウがイヴァを抱きなおした。

「イヴァ…」
「ンな声で…呼ぶな」

シオウの背中、黒い軍用コートを、動くほうの腕で握り締める。

「死ぬみてぇだろうが…辛気くせぇんだよ…」

シオウの背後に佇立し、黙然と二人を見つめている男。
クラッド・ラヴロッカ。

「っ…く、そ…」

イヴァが身体を動かそうと身を捩ると、シオウがそれを止めるように、抱く力を強くする。

あいつが。
――――あいつが…こんなに近くにいるのに。

「ジルニトラ」

ゆっくりと、ラヴロッカが足を踏み出す。
イヴァを抱いたままで、シオウが瞳だけを背中に向けた。

「堕ちたな…そんなに脆弱な男だとは…知らなかった」
「……」
「俺に…背中を晒すな」

ラヴロッカの周りを、黒い粒子が覆う。

「そいつは俺の餌だ」

ラヴロッカの瞳がイヴァを映した。
きつくラヴロッカを睨んだまま、イヴァが奥歯を噛み締める――――雷鳴。
月明かりさえささない雨の森を、雷が照らす。

「会いたかったぜ。――――あんたに…死ぬほどな…」

言葉をつなぐイヴァの息は荒い。
痛みに震える身体を抱き寄せたまま、シオウが眉根を寄せた。
出血が多すぎる。
長びかせたら、いくら自己回復を備えた能力者とはいえ…。

「おまえを殺す気はない。――――イヴァ」

抑揚のない声で、ラヴロッカがそう言った。
が――――その口角が吊り上がる。


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