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SCENE SECTION

01.痛み / 02.潜入 / 03.ジャッジ / 04.焔魔 / 05.偽りの理由 / 06.遺恨 / 07.欠陥 / 08.恋人


「――――黙れ」

シオウの手から黒刀が消えた、刹那。

ラヴロッカの周囲、半径50メートルほどの木々が、崩れ落ちるようにして倒れる。
水飛沫を上げて倒れた木々を横目に映しながら、ラヴロッカが小さく息を吐いた。
溜息にも似たそれは、ごく自然に出たように見える。

「アナイスの代わりか」
「あいつはなにも知らない」

シオウが小さく、そう言った。
静かな、しかし威圧する怒気を含んだ低音。

「伝える必要はない」
「……。ジルニトラ」

ラヴロッカがはじめて、表情を変えた。
――――シオウを見据えた瞳が、悦に染まる。

「それがおまえの復讐か…?」
「……」
「憎いだろう、あいつが――――俺が。その刃で刻みたくてたまらない…そうだろう」
「……」

無言のまま、シオウが片手を振った。
その手に再び黒刀が現れる。

「それとも、もうあの女のことは忘れたか?」
「ヴァンクール」

シオウが瞳を上げた。濡れた髪を面倒そうにかき上げる。

「貴様の契約は、「影」を他人に殺されれば破棄される。そうなれば、おまえは逆に――――契約主である魔物に魂を喰われる」
「……」
「俺がSNIPERに入った理由はひとつだ」

ラヴロッカが笑んだ。「矛盾してるな…」
「だったらあいつを殺せ。そうすれば簡単だ…アナイスは解放される」

シオウの周囲に黒い粒子が現れる。
それが全て刀に姿を変えて――――消える。
静かに、シオウが片手をラヴロッカに向けた。

「俺に指図するな」

水の音を掻き消すような、斬撃の雨。
耳を裂くような衝撃音と共に、一斉に、黒刀が空から落ちてくる。 

「斬雨(ヘルズ・スプレイ)」

自身の武器を眩惑に呼応させ無数に召喚し、それを相手に向かって降り注がせる。
複数にも単体にも有効で、一度で大打撃を与えられる。
シオウの得意とする大技。
 
頭上から降り落ちたそれが、ラヴロッカのいた地面に容赦なく突き刺さる。
地面が揺れるほどの衝撃と爆音、視界を覆う硝煙。
じっと前方を見つめたまま、シオウが腕を下ろした。そこにはいつの間にか、黒刀が握られている。

「眩惑(ダズル)。おまえのその能力には…驚かされた」

前方。
硝煙の上がったその場所から、ラヴロッカがゆっくりと歩いてくる。

「俺がそれを――――「使いこなして」いないと思うか」
「……!」

ラヴロッカの手から、ガンブレードが消えた――――刹那。
無数のそれが、姿を現す。

「自分の能力を喰らうのは…初めてか――――ジルニトラ」

眩惑――――ダズルに防壁は通用しない。
実際はそこに存在していないものだからだ。
それをダメージに変えるのは、相手への強烈な暗示と脳感覚神経の支配、空間湾曲。
実際と違う世界から、イメージ通りのものを引き出してくる。
数いる能力者の中でも、シオウの眩惑ほど高度なものを使いこなす人間はめずらしい。
使いこなせるだけの膨大な力(フォース)を持ち、かつ、コントロールできるだけの精神力、センスが必要とされる。

まさか。
俺の能力を――――そこまで。

「悔いろ」

ラヴロッカの上空に現れた無数の銃剣が、その矛先をシオウに向ける。

「俺に…自分の能力を晒したことを」

斬撃。
雨のようなそれが、シオウの頭上から降り注いだ。






教会の内部は薄暗く、じっとりとした空気に覆われていた。
木造建築であるプレオブラジェーンスカヤ教会は、1714年に建てられて以来構造疲労が進み、本来ならば内部に入ることはできない。
教会を入ってすぐ目に付くのは聖障(イコノスタス)。
後述(イコン)の描かれた壁で、会衆席である聖所と、祭壇のある至聖所を隔てている。
来世とこの世の接点を意味しており、瀟洒な彫像、レリーフが施されている。
ステンドグラスなどの派手な装飾は一切なく、小さな明り取りの窓と、蝋燭だけの空間。

闇に溶け込むような黒い軍服。
入り口から現れたレインに、広い会衆席にいた男たちが一斉に視線を集めた。

低く笑う声、じっと睨む瞳、舐めるようにねっとりとした視線。
レインが眉根を寄せた。

「特殊任務部隊(ヴォイスカ・スベツィアルノヴォ・ナズナチェニヤ)」

上下のつながったカムフラージュ用戦闘服。たまに黒いベレー帽を被っている者、海兵隊もいる。
ざっと50人。
元は正規の特殊部隊に所属していたエリートながら、何らかの違反、犯罪などを犯し、軍事の世界で生きられなくなった者たち。
視線も雰囲気も、纏う空気の全てが、常人とは違う。
血に――――狂気に憑りつかれた、歪んだ表情。
それが血に飢えた自分の姿と重なって、吐き気がしてくる。

「ずいぶん濡れてしまわれましたね」
サイラス――――キマイラの手がレインの肩に触れるより前に、レインが鋭くそちらを睨んだ。
「触るな」
濡れた黒髪を指で梳くようにかき上げる。
艶っぽい仕草、しっとりと濡れた白い肌に、男たちが笑みを浮かべた。

「戦場での貴方は、ほんとうに…鬼神のごとくお強い。ここにいる者たちは皆、あなたに地面に転がされ、生死の境を彷徨った者ばかりなんです。或いは親しいもの、大事な地位を貴方に――――奪われた者」
「……」

キマイラを睨んだレインの紅い瞳が、小莫迦にしたように細まった。
口角を上げて、キマイラと男たちを見渡す。

「だからどうした。無能なのは能力だけじゃないらしいな。…陳腐な連中だ」

プライドを重んじるレインにとって、こういう連中が一番我慢ならない。
群れで、しかも――――自分自身はなんの努力もせずに、ただ相手を陥れようとする。

自分一人では無能で、何もできないと言っているのと同じだ。
一人では声を上げることもできないくせに。

――――覚悟が違うんだ。
こいつらが俺に絶対的に敵わない理由は、能力値のせいなんかじゃない。
はじめから強い人間なんて存在しない。

――――目的があるんだ。絶対に譲れないものが。
護らなくちゃならない、存在が。

「下らん。俺もどうかしてたようだ」
レインの手に焔が灯る。
「貴様ら如きにかまっているほど、俺は暇じゃない」


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