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SCENE SECTION

01.痛み / 02.潜入 / 03.ジャッジ / 04.焔魔 / 05.偽りの理由 / 06.遺恨 / 07.欠陥 / 08.恋人


クッと、キマイラが喉を鳴らした。
可笑しそうに身体を揺らして、低く笑い声を漏らす。

「もうチャンスはない。時間もないんです…知らずにいたら貴方は――――失いますよ?なにもかもね」
「――――っ貴様」
「欲しいでしょう、情報が。なにが起こるのかを――――知りたいはずだ」
「……」

レインが煙草を踏み潰した。

雨。
徐々に強まっていく雨粒が、黒髪を濡らす。

「貴様の戯言が真実だという確証など、どこにもない。貴様の生きる道はただ一つ、俺に情報を渡すことだけだ。その口から、力づくで吐かせてやる…!」
「貴方にはできませんよ、レイン・エル」
「……」
「どうぞ焦らないで下さい。あなたに差し上げるものは、あの中にもあるんです…まずはそちらをご覧になったらどうですか」

口元に手を当ててから、キマイラがゆっくりとプレオブラジェーンスカヤ教会に足を向ける。

「さぁ――――中へどうぞ、エル総帥。ここにいる連中はみんな、貴方を憎んでいる」
「……」
「大丈夫ですよ」

動けずにいるレインに、キマイラが微笑む。

「貴方はお強い。いざとなれば…わたしたちを殺すことなんて造作もないでしょう。そう、だって貴方は不死だ。いくら傷つけたところで、死にはしない。苦痛があるだけです」
「……」
「知っているでしょう、レイン・エル」

風。
強い風の音が、耳の奥で唸る。

「自分がどれだけの人間の恨みを、妬みを、憎悪を背負って――――ここに立っているのかということを」





物事自体は 我々の魂にいささかも直接に触れることはできない。
また 魂へ近づくこともできなければ、
その向きを変えたり動かしたりすることもできない。
ただ
魂のみが自分自身の向きを変え、身を動かし、
自分に相応しく思われる判断に従って、
外側から起こってくる物事を、自分ために処理するのだ。
     
――――マルクス・アウレーリウス





ロシア正教教会。
郊外にある古ぼけた教会は、住宅地からすこし離れた森の中にある。

雨が降る、闇の中。
ひとつの人影が教会の前に立っていた。

「JUDGE」――――スカルの徽章は、死と血の契約を意味する。
ラフな赤い髪。気だるそうな瞳と、威圧的な…常人とは明らかに違う雰囲気を持つ男。

クラッド・ラヴロッカ。

「彼」と同じ瞳の色。
面立ちは違うものの、彼と――――カナマ・イヴァとラヴロッカは、やはり血のつながりを感じさせる。

「久しぶりだな…ジルニトラ」

ジルニトラ。
ロシアマフィアだった頃の名前。この名でシオウを呼ぶのは、かつての彼を知っている者――――マフィアだ。
イタリアマフィアの中でも、特に凶悪で巨大だったファミリーのボスは、こう呼ばれていた。
ヴァンクール。
――――クラッド・ラヴロッカのことを、シオウはよく知っている。
互いに同じ昏い場所に属するもの同士であり、そして…。

「傷は癒えたか。あの女は――――無駄死にだったな」
淡々とした口調。ラヴロッカの言葉に、シオウが眉根を寄せた。

アナイス・エレントラ。
美しい彼女の横顔が脳裏を掠める。

「……」

「可哀想だよラヴロッカ、そんなこと言ったら」

幼い少年の声。
姿はないものの、闇の中で笑い声と混ざる。

「可哀想、かわいそう」

「……」 
シオウの表情は変わらない。

ブラッキアリ。
ラヴロッカを気に入り、魔に転生するように誘惑した悪魔。

人間が魔に転生するためには、高位魔族以上の「紹介(エレイスマ)」が必要になる。
ラヴロッカの契約主であるブラッキアリは、姿こそ幼い少年を装っているものの、人間を餌とする魔物――――人のかたちを模(と)れる魔族。
 
「あの女の魂がどこにあるのか、知ってる〜?」
「……」
「魔に喰われた魂は喰われ続ける。死んでも尚、縛られるんだ」
「……」
「僕は要らないから、眷属(トモダチ)にあげたんだ。…喰われ続ける。永遠にだよ…かわいそう」
「―――黙れ」
「返してあげようか。「あいつ」と引き換えにさ…早く僕たちにあいつを喰わせてよ。ここに連れてきてよ〜」

笑い声。
子供の声が、森の中で点々と場所を変えて響き渡る。

「まただ、ブラッキアリ」
ラヴロッカが、濡れた髪を片手で握るようにしてかき上げる。「まだ早い…」
「殺すのは――――最後だ」

淡々とした口調。ラヴロッカの表情は変わらない。

「ヴァンクール」
シオウが刀を握り直す。
「アルフレッド・シフはどこだ」
「飼い犬のふりか…」
ラヴロッカの掌を、黒い粒子が覆う。
その粒子が形を成した。

ガン・ブレード。
剣の柄が銃の形をした、ショット・ガンとしても使用可能な銃剣。
普通の人間ではまず扱えないだろう大きさと重さをした、ラヴロッカ特有の仕様になっている。
刀身が長いそれを片手で持ち上げ、肩に乗せる。

「カナマ・イヴァ。…あれは俺のだ」

雨の音。
激しくなってきた雨粒が、地面を跳ねる。

「わかっているだろう」 
無表情なラヴロッカの瞳がシオウを映す。
「俺を殺るには…」


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