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SCENE SECTION
01.痛み / 02.潜入 / 03.ジャッジ / 04.焔魔 / 05.偽りの理由 /
06.遺恨 / 07.欠陥 / 08.恋人
愛と憎しみは全く同じものである。
前者は積極的であり、後者は消極的であるに過ぎない。
――――グロース
06.遺恨
キジー島。
ヨーロッパ第二の大きさを誇る淡水湖、オネガ湖畔に位置するロシア連邦カレリア共和国の首都ペトロザヴォーツクから、北東に66キロ。
わずか人口50人ほどのこの島は、島全体が景観保存区となっている。
世界遺産に指定されている木造教会があり、民家、風車が立ち並ぶ、のどかな農村風景。
プレオブラジェーンスカヤ教会。
「燃え立つ黒い焔」のようだといわれる幻想的な教会は、釘1本使われずに建てられたものらしい。
世界遺産に登録されており、ユネスコが緊急修理必要建築に指定したにかかわらず、専門家の誰一人としてその建築法がわからないという、人知を超えたなにかが建てた――――「黒い焔」。
「……」
雨粒が頬に当たって、それを無意識に指で拭ったレインの背後。
その気配にはとっくに気づいていたものの…顔は向けないまま、煙草を銜える。
「キマイラはおまえだったのか」
レインの背後で、男が笑んだ。
体格のいいその男の容姿で、なによりも一番目を引くのは…
傷だらけの顔。
古傷が幾つも刻まれた彼の顔は片目がなく、それを隠すこともなく、抉られたような傷跡をそのままにしている。
「お久しぶりです…エル総帥」
レインが顔を向けた。
唇から零れた煙が風に乗って、男の――――キマイラの方に漂う。
「GANZ。秩序なんて毛頭ないはずの軍事の世界にあるタブーや違反を犯し、ウラの世界にさえいられなくなった連中の集まり。…REDSHEEP要人を殺害、組織を追放されたおまえには…ぴったりの場所だな。サイラス・ラザフォード将校」
「……。つくづく性悪ですね、貴方は」
サイラスと呼ばれたその男、「キマイラ」が、憎らしげに瞳を細めながらも口元を上げる。
「わたしを犯罪者に仕立て上げ、組織から追われるように仕向けたのは…貴方でしょう」
「……」
風。
雨粒混じりの湿った風が、強く吹きぬける。
「知らんな。証拠でも?」
「――――いいえ。ありませんよ」
「勘違いだ。…目的がない」
「いいえ」
キマイラ――――サイラスが瞳を細めた。
憎悪の込められた視線。
「貴方ですよ、エル総帥。貴方はほんとうに、御自身の魅力を上手に使われるのがお得意だ…アルフレッドも同じように騙したんですか?わたしのように」
「……」
片眉を上げて。
レインが小首を傾げた。
「マネー・ロンダリングの罪で追われたと聞いたが。…他には何も」
レインの魅力に、言葉に誑かされ、騙されて、あたかも組織を裏切ったかのような濡れ衣を着せられた、忌まわしい過去。
REDSHEEP要人…エレオス13血流の1人、モロ・アスター殺害の容疑。
モロを殺したのは間違いなく――――目の前のこの男、レイン・エルだ。
表向きには彼の死は非公開であり、マネー・ロンダリングなどの別件で「犯罪者」のレッテルを貼られることになった、殺害の容疑者――――サイラスが生きられる場所は、もはや底辺の反政府組織、GANZしかなかった。
白軍将校。輝かしい身分であったはずの自分を陥れ、罠に嵌めた…この男。
レインに対する憎しみ、恨みだけで生きながらえてきた。
いつか必ず訪れるだろう、復讐の機会を待ちながら…。
「約束通り、俺は1人でここに来た。部下の誰にも行く先は告げていない。…今度はおまえが約束を果たす番だ、キマイラ」
「アルフレッドの持つ、情報…ですか」
「アルフレッド・シフ本人は、ここにはいないんだろう」
「その通りです。さすがはエル総帥、察しがいい」
「…ターゲットは俺だけじゃないらしいな」
スヴェトロゴニスク。
エサはそっちにも撒いてある――――そこにアルフレッドはいる。
俺たちを分散させるためだ。
「1人でこんな場所までいらっしゃるとは。…貴方も随分、焦っていらっしゃるようだ」
「焦る…俺が?」
レインが口角を上げた。
濡れた黒髪を、指で梳くようにしてかき上げる。
「無駄が嫌いなだけだ。この方が早い」
「………。アルフレッドの持つ情報は、ほんとうに…わたしが望んでいた以上のものだった。――――エル総帥」
キマイラが笑んだ。
傷だらけの顔が歪む。
「貴方はほんとうに、なにもご存じない…可哀想な方です」
「……なんだと」
「わたしの望みはね、エル総帥」
キマイラがゆっくりと、手に持っていたメディア・チップを持ち上げた。
複製、改竄不能な処理を施された特殊メディア――――REDSHEEPの刻印。
組織内でそれを持つものはごく僅か。現物にはシリアル番号が刻まれている。
レインが小さく眉根を寄せた。
――――本物を見たのは初めてだ。
REDSHEEPの中核。
真実が――――あの中にある。
「貴方の失墜。死ぬこと以上の…屈辱です」
メディア・チップが、キマイラの手で粉々に握りつぶされる。
驚愕で開いた紅い瞳が、忌々しそうにキマイラを映す。
「莫迦な真似を…!」
レインの片手に、唸りを上げた焔が躍る。
「情報のない貴様になど何の価値もない。死ね」
「……ありますよ」
キマイラが口角をつり上げた。
「この情報を知っているのは…あなたに知らせてあげられるのは、わたしだけです。アルフレッドはもうとっくに、この世界から消えている」
「――――!」
「いいですか。エル総帥」
強い風で、建物が軋む。
黒い焔が――――揺らぐ。
「自分の「欲しいもの」を曝け出した時点で…貴方は自分の弱点を露呈したと同じなんですよ。――――なるほど。貴方はどうやら…大切なものを失う運命だ」
「大切なもの?」
「――――ブラッド・ジラ元帥」
「…………え」
焔の灯った手が、小さく揺れた。
どうして。
――――どうしてこいつの口から、ブラッドの名が…。
「どういうことだ。――――どうして」
「素直な方だ」
明らかな動揺を見せてしまった自分に気づいて、レインが忌々しそうに唇を噛む。
「俺より優位にでも立ったつもりか。貴様など一瞬で…」
「だめですよ。わたしを殺しちゃ」
愛と憎しみは全く同じものである。
前者は積極的であり、後者は消極的であるに過ぎない。
――――グロース
06.遺恨
キジー島。
ヨーロッパ第二の大きさを誇る淡水湖、オネガ湖畔に位置するロシア連邦カレリア共和国の首都ペトロザヴォーツクから、北東に66キロ。
わずか人口50人ほどのこの島は、島全体が景観保存区となっている。
世界遺産に指定されている木造教会があり、民家、風車が立ち並ぶ、のどかな農村風景。
プレオブラジェーンスカヤ教会。
「燃え立つ黒い焔」のようだといわれる幻想的な教会は、釘1本使われずに建てられたものらしい。
世界遺産に登録されており、ユネスコが緊急修理必要建築に指定したにかかわらず、専門家の誰一人としてその建築法がわからないという、人知を超えたなにかが建てた――――「黒い焔」。
「……」
雨粒が頬に当たって、それを無意識に指で拭ったレインの背後。
その気配にはとっくに気づいていたものの…顔は向けないまま、煙草を銜える。
「キマイラはおまえだったのか」
レインの背後で、男が笑んだ。
体格のいいその男の容姿で、なによりも一番目を引くのは…
傷だらけの顔。
古傷が幾つも刻まれた彼の顔は片目がなく、それを隠すこともなく、抉られたような傷跡をそのままにしている。
「お久しぶりです…エル総帥」
レインが顔を向けた。
唇から零れた煙が風に乗って、男の――――キマイラの方に漂う。
「GANZ。秩序なんて毛頭ないはずの軍事の世界にあるタブーや違反を犯し、ウラの世界にさえいられなくなった連中の集まり。…REDSHEEP要人を殺害、組織を追放されたおまえには…ぴったりの場所だな。サイラス・ラザフォード将校」
「……。つくづく性悪ですね、貴方は」
サイラスと呼ばれたその男、「キマイラ」が、憎らしげに瞳を細めながらも口元を上げる。
「わたしを犯罪者に仕立て上げ、組織から追われるように仕向けたのは…貴方でしょう」
「……」
風。
雨粒混じりの湿った風が、強く吹きぬける。
「知らんな。証拠でも?」
「――――いいえ。ありませんよ」
「勘違いだ。…目的がない」
「いいえ」
キマイラ――――サイラスが瞳を細めた。
憎悪の込められた視線。
「貴方ですよ、エル総帥。貴方はほんとうに、御自身の魅力を上手に使われるのがお得意だ…アルフレッドも同じように騙したんですか?わたしのように」
「……」
片眉を上げて。
レインが小首を傾げた。
「マネー・ロンダリングの罪で追われたと聞いたが。…他には何も」
レインの魅力に、言葉に誑かされ、騙されて、あたかも組織を裏切ったかのような濡れ衣を着せられた、忌まわしい過去。
REDSHEEP要人…エレオス13血流の1人、モロ・アスター殺害の容疑。
モロを殺したのは間違いなく――――目の前のこの男、レイン・エルだ。
表向きには彼の死は非公開であり、マネー・ロンダリングなどの別件で「犯罪者」のレッテルを貼られることになった、殺害の容疑者――――サイラスが生きられる場所は、もはや底辺の反政府組織、GANZしかなかった。
白軍将校。輝かしい身分であったはずの自分を陥れ、罠に嵌めた…この男。
レインに対する憎しみ、恨みだけで生きながらえてきた。
いつか必ず訪れるだろう、復讐の機会を待ちながら…。
「約束通り、俺は1人でここに来た。部下の誰にも行く先は告げていない。…今度はおまえが約束を果たす番だ、キマイラ」
「アルフレッドの持つ、情報…ですか」
「アルフレッド・シフ本人は、ここにはいないんだろう」
「その通りです。さすがはエル総帥、察しがいい」
「…ターゲットは俺だけじゃないらしいな」
スヴェトロゴニスク。
エサはそっちにも撒いてある――――そこにアルフレッドはいる。
俺たちを分散させるためだ。
「1人でこんな場所までいらっしゃるとは。…貴方も随分、焦っていらっしゃるようだ」
「焦る…俺が?」
レインが口角を上げた。
濡れた黒髪を、指で梳くようにしてかき上げる。
「無駄が嫌いなだけだ。この方が早い」
「………。アルフレッドの持つ情報は、ほんとうに…わたしが望んでいた以上のものだった。――――エル総帥」
キマイラが笑んだ。
傷だらけの顔が歪む。
「貴方はほんとうに、なにもご存じない…可哀想な方です」
「……なんだと」
「わたしの望みはね、エル総帥」
キマイラがゆっくりと、手に持っていたメディア・チップを持ち上げた。
複製、改竄不能な処理を施された特殊メディア――――REDSHEEPの刻印。
組織内でそれを持つものはごく僅か。現物にはシリアル番号が刻まれている。
レインが小さく眉根を寄せた。
――――本物を見たのは初めてだ。
REDSHEEPの中核。
真実が――――あの中にある。
「貴方の失墜。死ぬこと以上の…屈辱です」
メディア・チップが、キマイラの手で粉々に握りつぶされる。
驚愕で開いた紅い瞳が、忌々しそうにキマイラを映す。
「莫迦な真似を…!」
レインの片手に、唸りを上げた焔が躍る。
「情報のない貴様になど何の価値もない。死ね」
「……ありますよ」
キマイラが口角をつり上げた。
「この情報を知っているのは…あなたに知らせてあげられるのは、わたしだけです。アルフレッドはもうとっくに、この世界から消えている」
「――――!」
「いいですか。エル総帥」
強い風で、建物が軋む。
黒い焔が――――揺らぐ。
「自分の「欲しいもの」を曝け出した時点で…貴方は自分の弱点を露呈したと同じなんですよ。――――なるほど。貴方はどうやら…大切なものを失う運命だ」
「大切なもの?」
「――――ブラッド・ジラ元帥」
「…………え」
焔の灯った手が、小さく揺れた。
どうして。
――――どうしてこいつの口から、ブラッドの名が…。
「どういうことだ。――――どうして」
「素直な方だ」
明らかな動揺を見せてしまった自分に気づいて、レインが忌々しそうに唇を噛む。
「俺より優位にでも立ったつもりか。貴様など一瞬で…」
「だめですよ。わたしを殺しちゃ」
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