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SCENE SECTION
01.痛み / 02.潜入 / 03.ジャッジ / 04.焔魔 / 05.偽りの理由 /
06.遺恨 / 07.欠陥 / 08.恋人
「俺は…必要ねぇってことか」
「……」
静かに、シオウが頷いた。
「――――シオウ…」
「レインを探せ。厭なら――――どこでも好きな場所へ行くんだな」
背中を向けて、シオウが足を踏み出す。
――――兄貴が。
あいつが「JUDGE」…?
知らない。そんなこと。
過去の幸せだった頃の記憶と、凄惨な、孤独しかなかった日々とが交錯する。
あんな地獄の中で死なずにいられたのは、あいつへの憎しみがあったからだ。そう思ってる。
いつだってそうだ。
――――あのときも。
あいつの本性を知らずに、騙され続けてて…裏切られたんだと知った、あのときも。
知らなかったのは…いつだって。
――――俺だけなんだ。
踏み出そうにも、足が動かない。
冷たい雨が無感情に、ただ降り落ちてくる。肩で弾かれた水滴が頬に当たった。
俯いたまま動けずにいるイヴァから、シオウの背中はもう見えなかった。
すこしだけ意識を、額の中心に集めるだけ。
それだけで、どんなに離れていようと、顔を知っている人間の居場所なら…その人物がいま何をしていて、どこにいるのか、何を話しているのか。時間をさかのぼる事はできないものの、リアルタイムなら視える。
事故で死にかけて一命を取り留めたその瞬間、目覚めた能力。
「千里眼(セカンド・サイト)」。
ガーディアンSクラスエージェント、グウェンダル・クロードの能力は、そう呼ばれる。
「見事にバラけましたよ、連中」
モスクワの夜景を見下ろしながら、グウェンダルが相変わらずの呑気な口調で、携帯片手にコーヒーを啜る。
劇場通り、メトロポール。
国内外の要人が宿泊することで知られる、モスクワ屈指の5つ星ホテル。
「や〜。まさかあのレインがノッてくるなんて。ほんと焦っちゃってんすね〜。けど、どうすんすか。このままいっちゃうと、レイン…キマイラにヤられちゃいますよ」
携帯の相手。
穏やかに笑んだ男――――李聯(リー・ルエン)が、銜えていた煙草の灰を丁寧にアッシュトレイに落とす。
『そうだろうね。あとは彼次第だ』
「……。はぁ」
グウェンダルがちいさく口角を上げる。
――――つくづく。
残酷な人だね…。
自分でさんざん苦しめておいて、それなのに――――希望を用意する。
レインが完全に打ちのめされてしまわないように。
まるで甚振るみたいに…彼が悩んで、足掻いて、傷つく姿を愉しんでいる。
「ナイプのジラ元帥。あの人も相当な切れ者でしょ、今回のこと気づくんじゃないすか」
聯が、唇の端から煙をこぼす。
『もう気づいているだろう』
「ハチ合わせ、っすか。そこで。藤間とレイン、ブラッドに――――「光の希望(ライト・オブ・ホープ)」」
『どうするかは彼らの意志だ。あとは私の関与することではないよ』
「――――イイっすね、ほんと…」
コーヒーを飲み干して。
夜景を見下ろしながら、グウェンダルが笑んだ。
「退屈しないっスよ」
スヴェトロゴニスク、郊外。
中心地から離れたこの古びた教会は、ふだんから人気が無い。
しかし今日は、こんな深夜にも関わらず、古い窓から薄い明かりが漏れている。
戦没者へ捧げる慰霊碑のまえを通り過ぎて、1人の少年が、教会の長椅子に座っていた男――――クラッド・ラヴロッカに声をかけた。
「ナイプのが来るよ。お一人様で」
「……」
片手に持った本を膝の上に伏せて、ラヴロッカが小さく眉根を寄せた。少年のほうに顔を向ける。
「ジルニトラ…眩惑(ダズル)の能力者だ」
そう言いながら、気だるそうに立ち上がる。
「なんだ…締まんないねラヴロッカ。ソソられないの」
からかうように、少年がラヴロッカを覗き込んだ。
その頭を、大きな手がくしゃっと、優しくつかんでくる。
「…ブラッキアリ」
ワイルドな顔立ちに赤い髪。それに似合わないような、静かで落ち着いたアルト。
「俺は…自分のモノに触られるのが…嫌いなんだ」
ビビッド・ピンクの、気だるそうな瞳。
それが苛立っているのが解って、ブラッキアリがちいさく身震いした。
恐怖でではない。
――――愉しくて。
ラヴロッカが静かに、長椅子にかけておいたコートを掴んだ。教会の出口に向かって足を踏み出す。
それを追うようにして、ブラッキアリもあとに続いた。
しかし、教会から外に出た人影は――――1つだけだった。
「俺は…必要ねぇってことか」
「……」
静かに、シオウが頷いた。
「――――シオウ…」
「レインを探せ。厭なら――――どこでも好きな場所へ行くんだな」
背中を向けて、シオウが足を踏み出す。
――――兄貴が。
あいつが「JUDGE」…?
知らない。そんなこと。
過去の幸せだった頃の記憶と、凄惨な、孤独しかなかった日々とが交錯する。
あんな地獄の中で死なずにいられたのは、あいつへの憎しみがあったからだ。そう思ってる。
いつだってそうだ。
――――あのときも。
あいつの本性を知らずに、騙され続けてて…裏切られたんだと知った、あのときも。
知らなかったのは…いつだって。
――――俺だけなんだ。
踏み出そうにも、足が動かない。
冷たい雨が無感情に、ただ降り落ちてくる。肩で弾かれた水滴が頬に当たった。
俯いたまま動けずにいるイヴァから、シオウの背中はもう見えなかった。
すこしだけ意識を、額の中心に集めるだけ。
それだけで、どんなに離れていようと、顔を知っている人間の居場所なら…その人物がいま何をしていて、どこにいるのか、何を話しているのか。時間をさかのぼる事はできないものの、リアルタイムなら視える。
事故で死にかけて一命を取り留めたその瞬間、目覚めた能力。
「千里眼(セカンド・サイト)」。
ガーディアンSクラスエージェント、グウェンダル・クロードの能力は、そう呼ばれる。
「見事にバラけましたよ、連中」
モスクワの夜景を見下ろしながら、グウェンダルが相変わらずの呑気な口調で、携帯片手にコーヒーを啜る。
劇場通り、メトロポール。
国内外の要人が宿泊することで知られる、モスクワ屈指の5つ星ホテル。
「や〜。まさかあのレインがノッてくるなんて。ほんと焦っちゃってんすね〜。けど、どうすんすか。このままいっちゃうと、レイン…キマイラにヤられちゃいますよ」
携帯の相手。
穏やかに笑んだ男――――李聯(リー・ルエン)が、銜えていた煙草の灰を丁寧にアッシュトレイに落とす。
『そうだろうね。あとは彼次第だ』
「……。はぁ」
グウェンダルがちいさく口角を上げる。
――――つくづく。
残酷な人だね…。
自分でさんざん苦しめておいて、それなのに――――希望を用意する。
レインが完全に打ちのめされてしまわないように。
まるで甚振るみたいに…彼が悩んで、足掻いて、傷つく姿を愉しんでいる。
「ナイプのジラ元帥。あの人も相当な切れ者でしょ、今回のこと気づくんじゃないすか」
聯が、唇の端から煙をこぼす。
『もう気づいているだろう』
「ハチ合わせ、っすか。そこで。藤間とレイン、ブラッドに――――「光の希望(ライト・オブ・ホープ)」」
『どうするかは彼らの意志だ。あとは私の関与することではないよ』
「――――イイっすね、ほんと…」
コーヒーを飲み干して。
夜景を見下ろしながら、グウェンダルが笑んだ。
「退屈しないっスよ」
スヴェトロゴニスク、郊外。
中心地から離れたこの古びた教会は、ふだんから人気が無い。
しかし今日は、こんな深夜にも関わらず、古い窓から薄い明かりが漏れている。
戦没者へ捧げる慰霊碑のまえを通り過ぎて、1人の少年が、教会の長椅子に座っていた男――――クラッド・ラヴロッカに声をかけた。
「ナイプのが来るよ。お一人様で」
「……」
片手に持った本を膝の上に伏せて、ラヴロッカが小さく眉根を寄せた。少年のほうに顔を向ける。
「ジルニトラ…眩惑(ダズル)の能力者だ」
そう言いながら、気だるそうに立ち上がる。
「なんだ…締まんないねラヴロッカ。ソソられないの」
からかうように、少年がラヴロッカを覗き込んだ。
その頭を、大きな手がくしゃっと、優しくつかんでくる。
「…ブラッキアリ」
ワイルドな顔立ちに赤い髪。それに似合わないような、静かで落ち着いたアルト。
「俺は…自分のモノに触られるのが…嫌いなんだ」
ビビッド・ピンクの、気だるそうな瞳。
それが苛立っているのが解って、ブラッキアリがちいさく身震いした。
恐怖でではない。
――――愉しくて。
ラヴロッカが静かに、長椅子にかけておいたコートを掴んだ。教会の出口に向かって足を踏み出す。
それを追うようにして、ブラッキアリもあとに続いた。
しかし、教会から外に出た人影は――――1つだけだった。
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