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SCENE SECTION

01.痛み / 02.潜入 / 03.ジャッジ / 04.焔魔 / 05.偽りの理由 / 06.遺恨 / 07.欠陥 / 08.恋人


「赤の審判(ジャッジ)が?」
「ええ。だから、誰かにこれの解析を頼むこともできなかった…関わればきっと、殺されてしまうから」
「……。なるほど」

確認するように一人頷き、レインが苦笑する。

「だから俺には答えてくれた(・・・・・・)んですね」
「アルフレッドがいなくなってすぐ、そう心に決めてたのよ。あなたしかいないって」

Judge Of Red――――赤の審判。
連中とやり合えるだけの組織といったら、俺のSNIPER以外にはない。
JUDGEからアムシェルを護れる人間も然りだ。



正しい判断だ、ブラッド。 

「重要参考人(キーパーソン)」である彼女を護るという意味で、任務として。
今は彼女の傍から離れることはできない。
状況判断は正しい。理屈は通る…わかってる。

だけど。
その、のうのうとした横顔は…ムカつく。



「解りました。そちらの条件は、アルフレッドの身の保障でしたね。俺が必ず……」
「待って」

ペーパーフィルムに触れようとしたレインの手から逃れるように、アムシェルが身体を離した。

「もうひとつ条件を増やしてほしいの」
「……」

静かに眉根を寄せたレインが、彼女を凝視したまますこしだけ首を傾けた。
交渉に長けた彼は、安易に相手の要望を呑むようなことはしない。

だが今回は――――別だ。

自分の立場と価値をよく理解しているだろう彼女の強(したた)かさに内心舌打ちしつつも、無言の威圧は向けたまま、続く言葉を促す。

負けじとレインを見据えたアムシェルが、ブラッドの腕を引いた。

「今だけじゃなくて、この任務中はずっと、彼をわたしにつけてちょうだい。わたしだけを護って欲しいの。契約として」
「……」

アムシェルに腕を貸したまま、ブラッドがレインに瞳を向けた。
二人の視線が合う。

ブラッドの伝えたい真意を、レインは正面から受け取ることが出来ない。



自分にはその権利がないと知っている(・・・・・・・・・・・・・・・・・)



誰も責めることなどできない。
むしろ逆だ。


これでいい。
こいつが望んで、俺から離れてくれれば…。



沈黙の後、顔を背けたのはレインだった。

「構いませんよ。どうせこの任務に、ジラ元帥は必要ない」
「レイ…」

出かかったブラッドの言葉は、レインの強烈な一睨みで押し込められる。

「「エル総帥」だ、ブラッド――――いい夜を」

素気なくそう言い放ち、アムシェルからフィルムを受け取る。

「それではミス・ビギンズ。また後日」

ビジネスライクな笑顔を浮かべ背中を向けたレインが、店に残された二人を振り返ることは無かった。






JUDGE(ジャッジ)。
シド・レヴェリッジ直下、最強の暗部。
徽章のスカルは、死と血の契約を意味する。
「人」から「人でないもの」へ転生するための契約を結んだ者たち。
契約発動に至る条件を満たすまでは人であり、人として地上に存在する。
魔物の目に適うほどの彼らの力は、すでに人間の領域を超えたものであり、
彼らには紹介者であり契約主である存在―――闇に属する存在が、必ずついている。
先天性特殊能力者の中の、さらに選りすぐり(アウスレーゼ)。
儀式に耐えうる資質を持つ人間はゼロに等しい―――ごく稀である。
世界的には非公認な組織であり、中央政府は未だ、彼らの存在を認めてはいない。







シオウの刀が氷の刃を次々と砕く。
鋭利な刃物と化した破片は音を立てて地面に突き刺さり、ドライアイスのように白煙を上げ、地下空間を冷やしていく。

白い息を吐きながら、イヴァとシオウが同時に左右に散った。
一つの影が片方を――――
シオウを追う。

微かに眉根を寄せたシオウが、刀を握り直した。

「………!」

影を貫くように、幾筋もの防犯レーザーが天井から放たれる。

遠方でイヴァが笑んだ。
元々設えられていたGANZの攻撃回路を略奪(プランダー)で操作し、利用したのだ。
レーザーに気をとられた影の隙を逃すまいと、シオウが踏み込む。

「へぇ。チームワークいいじゃねぇか」

影が笑んだ。
触れる直前で、シオウの刃は氷の壁に阻まれる。

「――――!」

珍しく動揺の色を濃くしながら、シオウが身を退(ひ)いた。
同じくイヴァも驚愕を滲ませて立ち止まり、二人からすこし距離を置いた場所で様子を窺っている。

男の軍服に縫いこまれているのは…スカル(骸骨)。
JUDGE(ジャッジ)の徽章を身につけた長身の男を正面に捉え、イヴァは思考を回らせていた。

いまの反応速度。
それにあの能力。この戦い方は…。

「――――レイン…?」

眼前に立っている男がレインであるはずがない。
黒髪に青い瞳、東洋人らしい平らな顔立ちは整っているが、蛇のような狡猾さを滲ませている。
冷たい鱗を連想させるその男は、背格好だけならば確かにレインと近いものはあるが、外見も雰囲気も、彼とは全く異なる。

だけど…同じだ。
レインと藤間一哉、あの二人にある「共通のもの」を…こいつは持ってる。

「中将と少将か…。大したことなさそうだな。大将の神代ってヤツか、元帥だったらまだマシだったのに」

何ともふてぶてしい発言を受けたイヴァは、フォースを滾らせたままフンと鼻を鳴らした。

「やめとけよ、指名料が高くつくぜ。なんならサイン貰ってきてやろうか?ルーキー」

イヴァの方へ視線を向けた男が高圧的に顎を上げ、髪をかき上げる。

「方驍氷(ファン・シャオビン)だ」
中国語。
「てめぇより年上だ…敬語使えよ、カナマ・イヴァ」

「あぁ?」

苛立ったように瞳を細め、あからさまな渋面をつくったイヴァが首を傾げる。
「何語喋ってンだてめぇ…。まさか…!おまえ、宇宙人じゃねぇだろうな !? 」

「……。チャイニーズだ。イヴァ」
驍氷をはさんで向こう側から、シオウの沈着な補足が入る。

「中国人(チャイニーズ)ぅ?」
に関する知識が全くないイヴァの頭に浮かんだのは、ラーメンと餃子。

マフィアのボスの弟としてマフィオーソたちに大切に育てられた、いわゆる「箱入り」なイヴァは、デス・スクアッドにいた頃を除けばシチリアから一歩も出たことが無い。
学校教育をきちんと受けたわけでもなく、彼の知識のほとんどはSNIPERに来てから得たものだ。

SNIPERでの彼の管轄も、主にイタリアやスペイン、ギリシャといった南ヨーロッパで、その他ヨーロッパに行くことはあっても、アジアにまで足を運ぶことは殆どない。

そんな彼の脳内では、「中国」という国はパンダと笹、ラーメンと餃子の国でしかないらしい。
きょとんとしたイヴァの表情を見咎めた驍氷が、意地悪く口角を上げた。

「髪型だけじゃなくて、頭の中もメチャクチャなんだな、おまえ」
「あぁ?なンだって?チャイニーズ・フードは好きだぞ」
「………」

もはやフォローのしようがないのか、訳しようがないのか。無言のまま見守るシオウ。

「生意気だな、おまえ。口の利き方も、態度も…なってねぇ」
イヴァを凝視していた驍氷が、今度は英語でそう言った。


「決めたぜ。殺すのは――おまえにする」
「――――!?」


言下。
イヴァの腕を貫いたのは、細い氷柱だった。

なにもなかったはずの空間に無数の氷の剣が発現し、次々にイヴァに襲い掛かる。

「っ…な!?」

貫かれた左腕を庇うように右手を地面につき、咄嗟のところで身を躱す。
柔らかい曲線を描き、空中で身体を反転させたイヴァが壁に両足をつくと、後を追ってきた強靭な刃がコンクリートの壁に突き刺さった。

間一髪で逃れ、地面に下り立ったイヴァが舌打ちする。

疾い。それに…具現のタイミングが掴めねぇ。
レインほどの威圧もフォースも感じられねぇが、やっぱりこいつ…

新人類(ニューヒューマン)
氷の能力者(ブリジッド・マスター)…なのか!?

「どうした少将」

背後。
そこに回られたことすら感じられなかった――――イヴァが本能的に左に逃げる。

脇腹を掠めた氷柱が壁に突き刺さり砕けると、氷の破片と一緒に散ったイヴァの血が、冷え切ったコンクリートを赤く染めた。

「ってめぇ!」

体勢を立て直したイヴァが反撃に転じようとした、刹那。
シオウが刀の切っ先をイヴァに向け、前方に立ちはだかった。

「――――っ…あぁ!!?」

強制的に動きを止められ、しかも刃を向けられたことに憤ったイヴァを、シオウが静かに見据える。

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