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SCENE SECTION

01.痛み / 02.潜入 / 03.ジャッジ / 04.焔魔 / 05.偽りの理由 / 06.遺恨 / 07.欠陥 / 08.恋人


「俺が戦る」
「ンだと?ふざけんな!邪魔ばっかすンじゃねぇ、引っ込んでろ!」
「――黙れ」

蜃気楼のように揺れた黒い刃が、穿たれたイヴァの腕の傷に触れた。
反射的に身を引こうとしたイヴァの腕首を掴み、僅かに切っ先をそこに食い込ませると、刃から赤い血が滴り落ちる。

「ッ…つ…」
「吼えるな…」

そのまま腕を切り落としかねないような、殺気混じりの恫喝を向けるシオウを上目で睨みつけながら、イヴァが歯を食いしばる。

侮蔑とも取れる嘆息を落としたシオウが静かに刀を退くと、傷口から溢れ出した血が地面に散った。
背中を向け、イヴァの正面に進み出る。

「っシオウ!」
「腹が減ってるなら、あとで喰わせてやる。…大人しくしてろ」
「……!」

不調の原因をあっさりと見抜かれ頬を染めるものの、そもそもの素因にしらっと指摘されただけに、無性に腹が立ってくる。

だ…っ
誰のせいで……っ

「ガキ扱いすんなっ、おい、聞いてンのかっ!! 大体てめぇは…っ」
「……」

シオウの周囲にフォースが滾る。
主の戦気に呼応した黒刀、刹羅が空気を裂くように唸ると、有無を言わせぬ圧力と共に彼の「領域」が広がり、高位能力者特有のバトル・フィールドが展開する。

「煽るなと言ってるんだ。…ここで斬り刻まれて、犯されたいなら…吼えろ」
「お !? お、犯…っ。――っ…じ、上等だコラ!ビビるとでも思ってンのか、あ !? 」

2人の行動を黙って見つめていた驍氷が、ゆっくりと片手を上げた。
冷涼な白霧が広がり、コンクリートに霜が走る。

「ずいぶん仲良しなんだな」
「………」

刀を左手に持ち替えると少しだけ腰を落とし、シオウが驍氷を見据えた。
泰然自若としたシオウのスタイルは虚静だが、揺ぎ無い自信を感じさせる。

「NightRaid (ナイトレイド)」の異名を持つ暗殺専門のマフィアを率いていた彼は、Dux(ドュクス)と呼ばれ、突然の登場から僅か数年で世界に名を馳せた「死の英傑」だ。

マフィアの間では敬意と畏怖を込め、スラブ(ロシア)の黒き龍――――「ジルニトラ」と呼ばれることもある。

「そっちが利き手か?」

冷気を纏い、驍氷が口角を上げる。
正面にその姿を捉えたまま嘲笑を返したシオウが、深みのあるバリトンで呟いた。

「JUDGE。おまえが?…笑わせる」
「なに?」
「……。失せろ」

腕と肩。
シオウの刃が掠めて鮮血が散ったのと、驍氷が後方に跳んだのは同時だった。

「っ……」

シオウの姿が闇に溶ける。
意識を集中させてその気配を追うものの、見つからない。

身体強化にフォースを使用しないシオウは、その肉体を己が最も御しやすいように鍛錬している。
自身のスタイルに徹する彼の戦技は洗練されていて、隙がない。

――――こいつ。
能力(フォース)を使わないで…ここまで。

驚嘆する驍氷の、すぐ目の前。
そこに現れた漆黒が空を薙ぎ、牙を剥いた。

「っ……ヤるね」

氷の壁が、シオウの斬撃を目睫の間で防ぐ。

絶対防壁。
能力者の中でも最も希少な存在、「新人類(ニューヒューマン)」の持つ特殊能力。

「……」

身を退き、シオウが刀を振り下ろした。
驍氷が新人類であるなら、能力者としてはシオウより格上ということになる。

だが、自若とした彼の表情は変わらない。



レインと同系…この男が。
――――違う。

レインはこんなもの(・・・・・)じゃない。

あの噎せかえるような、禍々しいまでの瘴気――――恐怖。
それが感じられない。

こいつとレインでは、比較にもならない。



「浅ぇんだよ、おまえの攻撃なんざ」

威丈高にそう言い放ち、驍氷が踏み込んだ。
刀を一回転させ、驍氷の蹴りを防いだシオウが後方に跳ぶ。

追撃をかけようと身を躍らせた驍氷を視界に捉え、刀を右手に持ち替える。



「死んだな」
二人を見上げたイヴァが、そう呟いた。

シオウの利き手は右。
気合の入ったあいつ一撃は…。

ハンパねぇぞ。



「―――っ!?」

赤。
眼前に広がった、鮮やかな赤。
心臓をひと突きにされた驍氷が痛みに気がつくまでの間に、シオウは刀を鞘に納めていた。

「っ……あ」

胸に深く刻まれた赤い痕はすぐに色を広げ、驍氷の軍服を染めていく。

「……っ」

シオウの足元に崩れ落ちた驍氷が、くの字に身を固めた。
コンクリートに広がる血に靴を濡らし、シオウは泰然とその姿を見下ろしている。

「派手に斬ったな〜」

なぜだか嬉しそうに歩み寄ってきたイヴァが、足元に倒れた驍氷を拝むように手を合わせる。

「なんなんだ、こいつ。…新人類じゃねぇの?」
「――――ちがう」
「でも氷だぜ。こおり。そんな能力者いんのか」
「知らん」

「………」

芸のないシオウの応答に眉を顰めたイヴァは、わざとらしく溜息をつき、肩を竦める

「おまえさ〜。会話って単語の意味わかるか。キャッチボールだ。てめぇのクチはどんだけ省エネ設計なんだっつーの。もっとカロリーを消費しろ。昇天間近のジイさんじゃねぇんだからよ」

と言ってはみるものの、シオウからまともな返答が返ってくることを、イヴァは期待していない。
案の定、イヴァの腕の傷口がもうほとんど塞がっていることを目で確認したシオウは、会話には応じず、すぐに背を向けてしまった。

「戻るぞ」
「「知らん」、「戻るぞ」。寡黙な男はカッコイイね〜。…ヘドが出るぜ」
「――――犯すぞ」
「よし、戻ろう!」

当初の機嫌の悪さは何処へやら、爽快なシオウの勝利に気を良くしたらしいイヴァが、喜色満面で歩き出そうと足を踏み出し――――すぐに立ち止まった。

殺気。
禍々しい――――瘴気。

「!?」

背後。
イヴァのすぐ後ろで、血まみれの驍氷が笑んだ。

「言ったろ?」
凍てつくような氷の刃が、背中から心臓を狙う。
「殺すのは――――おまえにするって」

「……っ!?」


嘘だろ。
だってこいつ、死んで…。


「イヴァ!」


シオウの声――――だめだ。
躱すったって、こんな至近距離…っ。
マジかよ、殺られ…


イヴァの胸に、氷の刃が突き刺さる――――その直前。

灼熱の紅が視界を染めた。

胸を押さえたまま後方に尻餅をついたイヴァと驍氷の間を、龍のように伸びた紅蓮の焔が裂く。

「痛って…」
「イヴァ!」

駆け寄ってきたシオウが、強引にイヴァを引き上げた。
そのまま強く抱き寄せられたイヴァはシオウの肩に鼻をぶつけ、彼の軍服に顔を埋めた格好で両腕をつっぱらせる。

「痛ッてぇなっ…!っ――――て。…生きてる?俺」
「……」

暢気にそう問いかけ、シオウを見上げる。
怪訝に眉根を寄せたシオウは、その姿を正視したまま押し黙ってしまう。

焔を喰らった氷が、灰色の空間を凍らせていく。
その中で、血まみれの男が…驍氷が笑んだ。



「会いたかったぜ――――あんたにさ」



凍りついたコンクリートの上。
紅い焔が、黒いブーツの先を滑る。


漆黒の軍服に紅龍の徽章、燃えるようなルビー・アイ。
白い肌を紅に染め、その身に焔を纏った男が、通路の向こうからゆっくりと姿を現した。



「ずいぶん寒いな、ここは」



ハスキーなその声を耳にし顔を上げたイヴァが、彼の名を呼んだ。

「レイン…」

嫣然と笑んだレインが、シオウとイヴァに目を向けた。
熱風に黒髪を揺らしながら、静かに口を開く。

「戻れ。ジャックと連絡を」

即座にシオウが頷いた。
大嘆息を落としつつ、イヴァも首肯する。

あぁ…くそっ。
レインにカッコ悪ぃとこ見せちまった…っ。

走り出した2人を追うように伸びた氷の刃は、紅い焔に相殺される。
だが、追撃をかけた驍氷も、彼らを仕留めようとその手を伸ばしたわけではない。

浮き立ち、昂ぶった気持ちを抑えられなかっただけだ。
待ちに待った獲物との対面を――――この瞬間を。

「レイン・エル。焔の能力者(ブレイズ・マスター)……最強の男、だな」

小さく首を傾げたレインが、肩に乗った焔を撫でるようにしながら応じる。

「よく言われる。そうらしい」
「――――ハ」

対峙する2人の熱と冷気が、風を生み出す。
乱れた髪をそのままにして、真っ直ぐに驍氷を射たまま、レインが言った。

「手出しはするな。直樹」

「了解」

どこからか聞こえた声が、そう答えた。

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