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SCENE SECTION

01.痛み / 02.潜入 / 03.ジャッジ / 04.焔魔 / 05.偽りの理由 / 06.遺恨 / 07.欠陥 / 08.恋人


「――――ん!?」

荒っぽいキスに口を塞がれ、硬直する。

「ん、むっ…!?んん、っ…ぅ」

がっちりと後頭部を押さえられたまま口内を蹂躙され、事態を把握し切れないイヴァはとりあえずシオウの軍服を強く握り、押し離そうと試みる。

だが、イヴァより一回り大きい彼はびくともしない。


「……」

ゆっくりと唇を離したシオウは相変わらずの無表情をキープしたままで、泰然とイヴァを正視している。
解放されたイヴァが、ようやく「ぷはっ」と息を吐いた。

「…ってめ…っ」
「戻るぞ」
「――――はぁ!?ちょ、っ…。なんなんだよ、くそっ」

背後。
見たくも無い男同士の濃厚なキスシーンを見せつけられた一哉の氷点下な視線が、イヴァの背中に突き刺さる。

「ち…違うぞ。い、いまのは…」

顔を赤くして狼狽するイヴァの様子は、彼の示したい意思とは逆の印象を相手に与えてしまう。
冷然とした笑みを湛えた一哉が、あからさまな侮蔑を投げた。

「男としかヤんねぇトップ、変態野郎(レイン)の組織の幹部だ。べつに驚きゃしねぇよ」
「っ…!ンだとこのガキ」

今にも掴みかかりそうなイヴァの軍服の襟を掴んだシオウが、後ろへ引っ張る。

「レインは関係ねぇだろ!ナメた口叩くと承知しねぇぞ、クソガキ!」
「……。忠誠心のアツいことで。あいつに骨抜きにされたヤツは皆そうだ」
「ッ…そんなんじゃねぇ!」

シオウの手を振り払おうと暴れるイヴァを余所に、一哉が踵を返した。

「次に会うのが愉しみだ。あんたがどんな声で啼くのか…暇つぶしにはなりそうだ」
「っ…なッ」

一哉の背中が消えた。
予め、周囲に転送装置を設置しておいたらしい――――彼の後を追う術はない。

イヴァがちいさく舌打ちした。



――――藤間一哉。
噂ではいろいろ聞いていた。そんなに大したことない能力者だと思ってた。

現状ではそうだ。
あのまま戦ってたら、ダメージは負っただろうが…敗北(負け)の可能性は無かった。
地の能力ってヤツは厄介そうだが、あいつと俺じゃ決定的に能力値が違う。
最終的に立ってたのは俺の方だ。傲慢でそう思うワケじゃない。

勝てる相手とそうじゃない相手の区別ぐらい、つく。

だけどそれは、アクマで…現状では――――のハナシだ。

あと2、3年…いや、1年もしたら。



ふと瞳を上げると、じっと自分を見つめているシオウの姿。
イヴァはシオウを押し退けるように両腕を伸ばすが、逞しいその身体は微動だにもしない。

「なんなんだよてめぇはっ!!っ…寄るな、見るなっ」
「………」

嘆息交じりに首を振り、イヴァが足を踏み出す。

「もぉいい…。行くんだろ」
「遅かったようだ」
「――――あ?」

歩き出したイヴァに続いて、シオウも足を踏み出す――――と。
突如シオウが、刹羅(せつら)を抜き放った。

「シオウ?……っ」

乱暴に引き寄せられたイヴァが抗議の声を上げようと口を開いた瞬間。
先鋭な氷の刃が、2人の頭上へと無数に降り注いだ。






マールイ劇場やボリジョイ劇場などの立ち並ぶ、モスクワ中心部。
アムシェル・ビギンズに指定された場所、アララト・パーク・ハイアットのアルメニア料理店は、ホテル内ロビーフロアにあった。

上質な白とブラウンの色合い。
暗すぎず明るすぎない店内には、夕刻ということもあって女性客と男性客のペアが目立つ。

その中に見つけた、寄り添うようにしていた2人の姿。
細身のブラックスーツで現れたレインに、店内の視線が集まる。

――――彼ら以外の。



「……」



歩み寄ったレインに気がついたのは、今回のターゲットであるアルフレッド・シフの側近、アムシェル・ビギンズだった。

「エル総帥…ごめんなさい、我儘を言ってしまって」

あわてて立ち上がったアムシェルの膝から、薄いシルクの膝掛けが落ちた。
膝を折ったレインが、静かにそれを拾い上げる。

「いいえ。…どうぞ。かけたままで結構です」
「ありがとう」

紳士的に微笑んだレインが、アムシェルの隣で暢気にワインを堪能していたブラッドを一瞥した。
その相貌は一見穏やかだが、この温恭は当然、上辺だけのものだ。

表面上は完璧に繕っているものの、レインの不快は空気に滲み出ている。
彼とあまり接しない第三者やアムシェルには解らないだろうが――――しかし、それに気付いているはずのブラッドの態度は依然として綽然たるもので、それが余計にレインの気を逆立たせていた。

「ジラ元帥。話はミス・ビギンズから。…異存はないようだな」
「……。ん?」

グラスを置いたブラッドが、ようやくレインに顔を向けた。

ジーンズにシャツ、スニーカーという一流ホテルにはおよそ似つかわしくない風体だが、豪奢な店内で片肘をつきこちらを見遣る彼は、まるで撮影セットの中で演技する俳優のように堂々としていて、高価な衣服を身に纏う人々よりずっと魅力的に見える。

小さく息を吐いたレインが、ほんの少しだけ歯痒さを滲ませた。

ホテルの中とあって、さすがに軍服姿というわけにはいかないだろうブラッドが着替えるのは理解できる。

理解できる――――が。
観光か、貴様…。

リラックスしまくりな普段着姿のブラッドを目の当たりにすると、私的な感情が表出しそうになる。

泊まる(ヤる)気丸出しだな。こいつ。

「あぁ、俺はべつに」

あっさりとそう答えたブラッドが、いつものように笑んだ。

向き合う二人の空気は冷えたままだ…否。
少なくとも、レインにとってはそうだった。
ブラッドは平時となにも変わらない。事ともないようにレインを正視している。
それが余計に――――…

「……」



異存がない。それはつまり。
アムシェルの情報を「買うこと」に、なんの異存もないということだ。



片時の沈黙を挟み、複雑な感情をとりあえずは鎮めたレインが、浅く頷いた。

「解った。ではミス・ビギンズ。事務的で申し訳ないが、先に情報を戴きたい」

時折グラスを傾けながら二人のやり取りを傍目で窺っていたアムシェルが、顔を上げる。

「ええ…そうね」

綺麗に塗られた人差し指のネイルを、もう片手で引っかく。
表面。
厚さ1ミリにも満たない透明のセロファンが、つるっと剥がれ落ちた。

「ペーパーフィルムはご存知?」

女っぽい笑みを湛えるアムシェルに、レインが紅の双眸を向ける。

「ある決められた電子パルスに反応し、立体映像を映し出す…それ自体が暗号化された、記録メディアですね」
「そう。――――さすがね、エル総帥。これの存在を知ってるのは、中央政府にだってまだ少ないのに」

2人の会話を聞いているのかいないのか、ブラッドはテーブルに肘をつきバーテンダーと話し込んでいる。
夕刻。夕食にはすこし早い時間帯ながら、店内はほぼ満席状態、人目も多い。
だからこそ、一般客らしいブラッドの振る舞いは自然だし、任務としては正解と言える。



そう言えるんだ。
冷静なら。

――――だめだ。
こいつがなにをしてても、腹が立つ…。



「そちらの幹部さんには、優秀なデータ解析のプロがいらっしゃるって訊いたわ。それの暗号…実はまだ、解いていないの。中を確認していなくて申し訳ないけど、解読はお任せするわ」

「見ていない?…なぜです」

レインが微かに柳眉を寄せた。
アムシェル・ビギンズはアルフレッド・シフの側近の中でも特に優秀で、彼に最も気に入られていた。
この程度の暗号解読など、彼女には容易いはず。

「わたしたちの組織の全機能を、ストップされたのよ。電子頭脳無しでは…どうにもならないわ」
「……。GUARDIAN(ガーディアン)…ですね」

アムシェルが頷く。「それだけじゃないわ」

「すでに他機関も動いていると?」
「ええ。中央政府統帥(シド・レヴェリッジ)の暗部――――JUDGE(ジャッジ)が…たぶんもう、動き出しているわ」

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