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SCENE SECTION
01.痛み / 02.潜入 / 03.ジャッジ / 04.焔魔 / 05.偽りの理由 /
06.遺恨 / 07.欠陥 / 08.恋人
筒音は雷鳴の如く激しく鳴り響き、弾け、地下空間にこだまする。
轟音と鮮血は彼らの焦燥を表していた。
何百という弾丸を受けたシオウの身体は、もはや人のかたちを保っていない。
「見ろ。…呆気ないもんだ」
「バケモノが、脅かしやがって…」
1メートル先も見通せないほどの煙に包まれ、引き金から冷たい指先を離すと、男たちはようやく笑みを零し始める。
だが同時に、誰もがシオウのいた場所を凝視したまま身を硬くし、冷たい汗を滲ませ、訪れた静寂の中に蠢く影の行方を入念に探っていた。
悪名高い最強の軍事組織SNIPERが、数多くの優秀な能力者を抱えているということは、どんなモグリの下っ端でも知っている。
能力者の中には、常人の想像を絶する回復力をもつ者もいる。
とはいえ、ここまでハチの巣となれば、もはや回復という範囲ではないだろう。
あるとすれば、そう…奇跡か――――。
「……う、…っ」
濃厚な血臭の中で、兵士の一人が唸った。
灰色のヴェールが薄れていく中で、「それ」 は凝然と佇立していた。
人ではない。
血と骨と、だらしなく垂れ下がった肉の塊だ。
ほんの数秒のはずだ。
膝が崩れて、大木を倒したみたいに無機質に、モノが倒れる。
撃たれた人間の死ぬ瞬間は呆気ないもの。
だが、いくら息を殺して待っても――――傾(かし)がない。
「っ…ひ」
1人が尻餅をついた。
這うようにして逃走を試みるものの、恐怖で硬直した手足はうまく動かず、じたばたともがく格好になってしまう。
虚像を凝視し、胆戦心驚とする彼らの背中を、シオウはただ見据えていた。
彼は終始、直立不動だった。
彼らが一番初めに銃を突きつけた「空間」を、この場所からずっと見ていただけだ。
――――「幻惑(ダズル)」
シオウの操る幻惑はただの幻ではない。
別の時空連続体から持ち出したそれは実体を伴い、彼自身もまた、この空間と別の時空を共有している。
それは一種の「時間旅行者(トラベラー)」だった。
今この瞬間に存在する無数の現在を彼は掌握し、その中に存在する原子を自由に操り、創造する。
シオウの指が美しく空を滑ると、前方で立ち竦んでいた数人の頭部が、すとんと地面に落ちた。
「舞え―――刹羅(せつら)」
闇が、唸りを上げて蠢動する。
シオウの愛刀、漆黒の「刹羅」は、確かにそこに存在していた。
「眩惑(ダズル)」に呼応するただひとつの眩惑刀は、淡々と魂を刈り取っていく。
「っ…!!」
首を切られた身体が血しぶきを上げて痙攣を起こす。
まるで現実感の無い死の愛撫は男たちを呆然自失とさせ、悲鳴を上げる気力すら奪う。
それはまさしく悪夢だった。
心を逸した男たちは、終わらない悪夢の中を彷徨っている。
「――――どうした」
シオウの黒いブーツが血だまりに沈み、転がった頭に靴先が当たる。
こんな惨劇には、なんの感慨も興奮もない。
シオウは昨晩のイヴァの姿を思い出し、欲求を募らせていた。
「逃げろ。もっと…」
男たちの身体が素気なく切り刻まれる。
「……俺を愉しませろ」
赤い髪、ピンクの瞳――――あいつと同じ色の瞳。
あれが熱に潤み、懇願し、屈服したときの快哉、背筋が逆立つような征服感は、麻薬のようにシオウを魅了し、興奮させた。
そうだ。
逃げ場などない――――与えない。
油断させ、依存させ、あいつが本性を剥き出しにしたその瞬間に――――
最後に残った男の胸に、黒い刃が突き刺さった。
無造作にそれを引き抜くと、シオウの手の中に刀が形成され、赤い露を滴らせる。
「所詮、同じ血――――ヴァンクールとあいつは…同類だ」
「……ん?」
肩越しに後方を見遣り、イヴァは足を止めた。
黴臭い冷えた空気の中に、「彼」の気配を感じたわけではない。
だが、理解る。
「…チ。――――来やがったか」
同じ将官区に居住している彼らは、私室が分かれているとはいえ、無自覚に互いの気配を感じ取り、誰がどこにいるのかを大まかに把握しながら生活している。
それは気配などというものより、もっと動物的な直感、例えば匂い、と表現することもできるかもしれない。
シオウの到着を感取したイヴァは、同時に、前方から向かってくるふたつの気配も掴んでいた。
しばし足を止め俯いて一考し、顔を上げる。
間違いない、こいつらだ。
ここの色を塗り替えた連中、俺たちより先に潜入してた能力者。
己の存在を外気へ溶かし完璧に同化しているイヴァに、相手はまだ気付いていない。
浮き立つような胸の高鳴りに、イヴァは笑みを浮かべていた。
滅多にない期待感はあっという間に彼の決意を鈍らせ、シオウに会わずに終えるはずの予定は変更される。
――――だってこんなの、タマんねぇ。
「こいつ」と戦らねぇで帰ったら、欲求不満で何発ヌいたって収まんねぇよ。
楽しめそうな相手との交戦は、イヴァにとってなによりの快楽だ。
自分を捻じ伏せるくらいの相手を渇望するところがある彼は、勝敗などどうでもいいと思えるほど圧倒的な力に直面し、命のやり取りをしているときにこそ、満足感を得られる。
それは、ある相手への強烈な欲求が変化したものだ。
満たされない飢えの原因を、この破壊衝動ともいえる獣欲が何なのかを、イヴァは理解している。
捻じ伏せられたいなんてどうかしてる。まるで自虐だ。
――――だけど、欲しい。
自分を狂わせた者に対するどうしようもない苛立ちは、いくら否定してみても、盲目的な恋情と酷似している。
あの絶対的な力。
身勝手で理不尽な束縛は、どんなに歪んでいたとしても…きっとアイだった。
そうだ。
きっと――――そうなんだ。
あの強烈な愛情に飢えてる。それが真実だ。
否定したって変わらない。
あいつの罪も、闇も、全て知ってる。
死ぬほど苦しんだ。夜が来るたびあいつを憎んだ。
――――だけど、会いたい。
「……。ハ」
自らの感懐に鼻を鳴らし、イヴァが髪を乱し上げた。
筒音は雷鳴の如く激しく鳴り響き、弾け、地下空間にこだまする。
轟音と鮮血は彼らの焦燥を表していた。
何百という弾丸を受けたシオウの身体は、もはや人のかたちを保っていない。
「見ろ。…呆気ないもんだ」
「バケモノが、脅かしやがって…」
1メートル先も見通せないほどの煙に包まれ、引き金から冷たい指先を離すと、男たちはようやく笑みを零し始める。
だが同時に、誰もがシオウのいた場所を凝視したまま身を硬くし、冷たい汗を滲ませ、訪れた静寂の中に蠢く影の行方を入念に探っていた。
悪名高い最強の軍事組織SNIPERが、数多くの優秀な能力者を抱えているということは、どんなモグリの下っ端でも知っている。
能力者の中には、常人の想像を絶する回復力をもつ者もいる。
とはいえ、ここまでハチの巣となれば、もはや回復という範囲ではないだろう。
あるとすれば、そう…奇跡か――――。
「……う、…っ」
濃厚な血臭の中で、兵士の一人が唸った。
灰色のヴェールが薄れていく中で、
人ではない。
血と骨と、だらしなく垂れ下がった肉の塊だ。
ほんの数秒のはずだ。
膝が崩れて、大木を倒したみたいに無機質に、モノが倒れる。
撃たれた人間の死ぬ瞬間は呆気ないもの。
だが、いくら息を殺して待っても――――傾(かし)がない。
「っ…ひ」
1人が尻餅をついた。
這うようにして逃走を試みるものの、恐怖で硬直した手足はうまく動かず、じたばたともがく格好になってしまう。
虚像を凝視し、胆戦心驚とする彼らの背中を、シオウはただ見据えていた。
彼は終始、直立不動だった。
彼らが一番初めに銃を突きつけた「空間」を、この場所からずっと見ていただけだ。
――――「幻惑(ダズル)」
シオウの操る幻惑はただの幻ではない。
別の時空連続体から持ち出したそれは実体を伴い、彼自身もまた、この空間と別の時空を共有している。
それは一種の「時間旅行者(トラベラー)」だった。
今この瞬間に存在する無数の現在を彼は掌握し、その中に存在する原子を自由に操り、創造する。
シオウの指が美しく空を滑ると、前方で立ち竦んでいた数人の頭部が、すとんと地面に落ちた。
「舞え―――刹羅(せつら)」
闇が、唸りを上げて蠢動する。
シオウの愛刀、漆黒の「刹羅」は、確かにそこに存在していた。
「眩惑(ダズル)」に呼応するただひとつの眩惑刀は、淡々と魂を刈り取っていく。
「っ…!!」
首を切られた身体が血しぶきを上げて痙攣を起こす。
まるで現実感の無い死の愛撫は男たちを呆然自失とさせ、悲鳴を上げる気力すら奪う。
それはまさしく悪夢だった。
心を逸した男たちは、終わらない悪夢の中を彷徨っている。
「――――どうした」
シオウの黒いブーツが血だまりに沈み、転がった頭に靴先が当たる。
こんな惨劇には、なんの感慨も興奮もない。
シオウは昨晩のイヴァの姿を思い出し、欲求を募らせていた。
「逃げろ。もっと…」
男たちの身体が素気なく切り刻まれる。
「……俺を愉しませろ」
赤い髪、ピンクの瞳――――あいつと同じ色の瞳。
あれが熱に潤み、懇願し、屈服したときの快哉、背筋が逆立つような征服感は、麻薬のようにシオウを魅了し、興奮させた。
そうだ。
逃げ場などない――――与えない。
油断させ、依存させ、あいつが本性を剥き出しにしたその瞬間に――――
最後に残った男の胸に、黒い刃が突き刺さった。
無造作にそれを引き抜くと、シオウの手の中に刀が形成され、赤い露を滴らせる。
「所詮、同じ血――――ヴァンクールとあいつは…同類だ」
「……ん?」
肩越しに後方を見遣り、イヴァは足を止めた。
黴臭い冷えた空気の中に、「彼」の気配を感じたわけではない。
だが、理解る。
「…チ。――――来やがったか」
同じ将官区に居住している彼らは、私室が分かれているとはいえ、無自覚に互いの気配を感じ取り、誰がどこにいるのかを大まかに把握しながら生活している。
それは気配などというものより、もっと動物的な直感、例えば匂い、と表現することもできるかもしれない。
シオウの到着を感取したイヴァは、同時に、前方から向かってくるふたつの気配も掴んでいた。
しばし足を止め俯いて一考し、顔を上げる。
間違いない、こいつらだ。
ここの色を塗り替えた連中、俺たちより先に潜入してた能力者。
己の存在を外気へ溶かし完璧に同化しているイヴァに、相手はまだ気付いていない。
浮き立つような胸の高鳴りに、イヴァは笑みを浮かべていた。
滅多にない期待感はあっという間に彼の決意を鈍らせ、シオウに会わずに終えるはずの予定は変更される。
――――だってこんなの、タマんねぇ。
「こいつ」と戦らねぇで帰ったら、欲求不満で何発ヌいたって収まんねぇよ。
楽しめそうな相手との交戦は、イヴァにとってなによりの快楽だ。
自分を捻じ伏せるくらいの相手を渇望するところがある彼は、勝敗などどうでもいいと思えるほど圧倒的な力に直面し、命のやり取りをしているときにこそ、満足感を得られる。
それは、ある相手への強烈な欲求が変化したものだ。
満たされない飢えの原因を、この破壊衝動ともいえる獣欲が何なのかを、イヴァは理解している。
捻じ伏せられたいなんてどうかしてる。まるで自虐だ。
――――だけど、欲しい。
自分を狂わせた者に対するどうしようもない苛立ちは、いくら否定してみても、盲目的な恋情と酷似している。
あの絶対的な力。
身勝手で理不尽な束縛は、どんなに歪んでいたとしても…きっとアイだった。
そうだ。
きっと――――そうなんだ。
あの強烈な愛情に飢えてる。それが真実だ。
否定したって変わらない。
あいつの罪も、闇も、全て知ってる。
死ぬほど苦しんだ。夜が来るたびあいつを憎んだ。
――――だけど、会いたい。
「……。ハ」
自らの感懐に鼻を鳴らし、イヴァが髪を乱し上げた。
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