page08
SCENE SECTION
01.痛み / 02.潜入 / 03.ジャッジ / 04.焔魔 / 05.偽りの理由 /
06.遺恨 / 07.欠陥 / 08.恋人
「てめぇの意志で生きて死ねりゃ、それで悔いはねぇはずだ…誰かに生かされ操られる人生ってヤツが、どれだけ下らねぇモンか…おまえ、知ってるか?」
ミシッ…。
骨の軋む音と感触をたのしむように、ゆっくりと力を込める。
「―――Addio. (じゃあな) 」
床に散らばった「人間」の破片。
赤黒い血だまりの中に躊躇なく降り立った男の黒いブーツが、濡れた音を立てる。
「……」
――――匂いがする…。
あいつの。
緩慢な所作で面を上げ、闇の中に歩を進める。
アッシュ・ヴァイオレットの髪に白い肌。静かな薄紫の瞳。
192センチある鍛え抜かれた身体を、漆黒の軍服とコートで覆っている。
シオウ・ラン。24歳。
レイン専属護衛(ガードナー)の1人で、徽章の下に光る星は3つ、階級は中将(ルテナント)。
闇の中へ伸びる廊下の突き当たりを右折した辺りに武装した10人程度の気配があり、それはこちらへ近づいている。
このままこの位置にいれば彼らに見つかり、応戦を余儀なくされるだろう。
今回の任務はあくまで「潜入」。ただの情報収集だ。
無駄な戦闘は回避するのが定石。むしろ足跡は残さない。
通常 なら。
人のものだったであろう残骸、破壊された武器。
粉々になったそれらを、シオウが素気なく踏み潰す。
――――相当イラついているらしい。
戦闘の痕跡からは、イヴァの不快が滲み出ている。
とはいえ、彼がただの苛立ちでタブーを犯す愚者ではないということくらいは、シオウにも解っている。
イヴァは戦闘モードに切り替わるとハイになり派手に暴れるタイプではあるが、彼の驚異的な身体能力と略奪(プランダー)は潜入に最も適している。
ターゲットの完全停止(死)を完遂するファタ・モルガナのエースだったイヴァは超一流のオフィサーで、羽目を外していい時とそうでない時の区別くらいできているはずだ。
恐らく気づいたんだ。
この気配 に。
俺とイヴァ以外の誰かが先に――――
かなりのレベルの能力者が、ここに侵入(はい)っているということに。
この場は既に荒らされている。
別のカラーに上塗りされた敵地である以上、その色に従った行動をとるのもまた定石、イヴァはこのフィールドを「戦場」と見做したのだろう。
「……」
闇の深閑に紛れ思案するシオウの背中に、十数の銃口が向けられた。
高性能暗視スコープを装着している彼らは、闇の中でもはっきりとシオウの動向を知ることができる。
シオウの後頭部にマズルを突きつけた1人が恫喝した。
「SNIPERか。ずいぶん堂々とした潜入だな…五体満足で地上に帰れるとは思わないでくれよ」
「……」
「…目的を言え」
「……」
鷹揚と男の方へ向き直ったシオウの右耳を、一発の弾丸が撃ち抜いた。
「動くな…次は右目だ」
「……」
白い肌に赤黒い血が伝い落ちても、シオウの表情は変わらない。
それはまるで、鏡の中に映る虚像を撃ち抜いたような手応えだった。
痛覚をもたない人形のように、まるで己の身体に無頓着であるかのように、シオウはただ氷の双眸で男たちを眺めている。
不気味な静寂を纏った漆黒は、片時の緊張を破り、ぽつりと言葉を放った。
「Ссылка…. (亡命者か)」
聞き慣れない音に男たちが眉根を寄せると、シオウが僅かに口角を上げた。
ワルサーPPKを向けてシオウの正面に立つ男はSIG P226をドロップ・ホルスターに収め、M16A2アサルト・ライフルを下げ、バイザーつきの保護ヘルメットとボディ・アーマー、ケヴラー繊維の防弾ブーツを着用している。
「勇気あるものが勝利する 」の徽章こそないものの、その風体は明らかにSAS(イギリス陸軍特殊空挺部隊)隊員のそれだ。
明瞭で流暢なイギリス英語は、シオウの同胞であるロシア人の得意とするものではない。
自国のプライドを重んじる彼らにとって、英語は決してオフィシャルではないからだ。
それでも、彼の同胞たちは異国の亡命者を見捨てたりはしない。
銃を構えているこの男たちがイギリスからの亡命者であることは確然だった。
中央政府の傀儡と成り果てたヨーロッパ諸国から逃れ、身を窶すことのできる場所は数少ない。
シド・レヴェリッジから見切られ、或いは反旗を翻し、イギリスからロシアへ逐電する軍関係者はあとを絶たない。
スターリンの時代から断固として「統一(ワン・ワールド)政府」を、REDSHEEPを拒絶してきたのは、この極北の大地、ロシアに他ならない。
シオウも、その点ではこの国と同じ志を持っている。
だが、今ここにいる彼らは、護るべき亡命者 ではない。
この組織は中央政府に仇なす牙を持たない。
ここにあるのは、中央が持つ権力への
――――未練だ。
「残念だ…」
淀みない英語でそう言い、シオウは長い指を空中に滑らせる。
その動きに反応した男が即座にトリガーを引いた。
右目は穿たれ肉が裂け、骨に弾丸が食い込む。
それでも彼は微動だにしない 。
血は流れ、白い眼球が溶け落ちても――――変わらない。
「我が祖国が受け入れた人間を――――殺すことになる」
武装兵たちが一斉に引き金を引いた。
それは戦機を得たからではなく、機先を制す為でもない。
人知を超えた事態やモノに出遭ったとき、人は恐怖する。
それは動物としての生存本能であり、彼らの直感は「闘争」ではなく「逃走」を選択しているはずだった。
しかし、直撃する恐怖は対象物への攻撃衝動へと転じてしまったらしい。
癇癪でも起こしたかのように一斉に放たれた弾丸が、硝煙をあげてシオウを射抜いた。
目標に命中したことを視覚で確認した兵士たちは口角を吊り上げるが、攻撃の手を緩めない。
「化け物め…!!」
「死ね!!消え失せろ…!!」
「てめぇの意志で生きて死ねりゃ、それで悔いはねぇはずだ…誰かに生かされ操られる人生ってヤツが、どれだけ下らねぇモンか…おまえ、知ってるか?」
ミシッ…。
骨の軋む音と感触をたのしむように、ゆっくりと力を込める。
「―――Addio. (じゃあな) 」
床に散らばった「人間」の破片。
赤黒い血だまりの中に躊躇なく降り立った男の黒いブーツが、濡れた音を立てる。
「……」
――――匂いがする…。
あいつの。
緩慢な所作で面を上げ、闇の中に歩を進める。
アッシュ・ヴァイオレットの髪に白い肌。静かな薄紫の瞳。
192センチある鍛え抜かれた身体を、漆黒の軍服とコートで覆っている。
シオウ・ラン。24歳。
レイン専属護衛(ガードナー)の1人で、徽章の下に光る星は3つ、階級は中将(ルテナント)。
闇の中へ伸びる廊下の突き当たりを右折した辺りに武装した10人程度の気配があり、それはこちらへ近づいている。
このままこの位置にいれば彼らに見つかり、応戦を余儀なくされるだろう。
今回の任務はあくまで「潜入」。ただの情報収集だ。
無駄な戦闘は回避するのが定石。むしろ足跡は残さない。
人のものだったであろう残骸、破壊された武器。
粉々になったそれらを、シオウが素気なく踏み潰す。
――――相当イラついているらしい。
戦闘の痕跡からは、イヴァの不快が滲み出ている。
とはいえ、彼がただの苛立ちでタブーを犯す愚者ではないということくらいは、シオウにも解っている。
イヴァは戦闘モードに切り替わるとハイになり派手に暴れるタイプではあるが、彼の驚異的な身体能力と略奪(プランダー)は潜入に最も適している。
ターゲットの完全停止(死)を完遂するファタ・モルガナのエースだったイヴァは超一流のオフィサーで、羽目を外していい時とそうでない時の区別くらいできているはずだ。
恐らく気づいたんだ。
俺とイヴァ以外の誰かが先に――――
かなりのレベルの能力者が、ここに侵入(はい)っているということに。
この場は既に荒らされている。
別のカラーに上塗りされた敵地である以上、その色に従った行動をとるのもまた定石、イヴァはこのフィールドを「戦場」と見做したのだろう。
「……」
闇の深閑に紛れ思案するシオウの背中に、十数の銃口が向けられた。
高性能暗視スコープを装着している彼らは、闇の中でもはっきりとシオウの動向を知ることができる。
シオウの後頭部にマズルを突きつけた1人が恫喝した。
「SNIPERか。ずいぶん堂々とした潜入だな…五体満足で地上に帰れるとは思わないでくれよ」
「……」
「…目的を言え」
「……」
鷹揚と男の方へ向き直ったシオウの右耳を、一発の弾丸が撃ち抜いた。
「動くな…次は右目だ」
「……」
白い肌に赤黒い血が伝い落ちても、シオウの表情は変わらない。
それはまるで、鏡の中に映る虚像を撃ち抜いたような手応えだった。
痛覚をもたない人形のように、まるで己の身体に無頓着であるかのように、シオウはただ氷の双眸で男たちを眺めている。
不気味な静寂を纏った漆黒は、片時の緊張を破り、ぽつりと言葉を放った。
「Ссылка…. (亡命者か)」
聞き慣れない音に男たちが眉根を寄せると、シオウが僅かに口角を上げた。
ワルサーPPKを向けてシオウの正面に立つ男はSIG P226をドロップ・ホルスターに収め、M16A2アサルト・ライフルを下げ、バイザーつきの保護ヘルメットとボディ・アーマー、ケヴラー繊維の防弾ブーツを着用している。
「
明瞭で流暢なイギリス英語は、シオウの同胞であるロシア人の得意とするものではない。
自国のプライドを重んじる彼らにとって、英語は決してオフィシャルではないからだ。
それでも、彼の同胞たちは異国の亡命者を見捨てたりはしない。
銃を構えているこの男たちがイギリスからの亡命者であることは確然だった。
中央政府の傀儡と成り果てたヨーロッパ諸国から逃れ、身を窶すことのできる場所は数少ない。
シド・レヴェリッジから見切られ、或いは反旗を翻し、イギリスからロシアへ逐電する軍関係者はあとを絶たない。
スターリンの時代から断固として「統一(ワン・ワールド)政府」を、REDSHEEPを拒絶してきたのは、この極北の大地、ロシアに他ならない。
シオウも、その点ではこの国と同じ志を持っている。
だが、今ここにいる彼らは、
この組織は中央政府に仇なす牙を持たない。
ここにあるのは、中央が持つ権力への
――――未練だ。
「残念だ…」
淀みない英語でそう言い、シオウは長い指を空中に滑らせる。
その動きに反応した男が即座にトリガーを引いた。
右目は穿たれ肉が裂け、骨に弾丸が食い込む。
それでも彼は
血は流れ、白い眼球が溶け落ちても――――変わらない。
「我が祖国が受け入れた人間を――――殺すことになる」
武装兵たちが一斉に引き金を引いた。
それは戦機を得たからではなく、機先を制す為でもない。
人知を超えた事態やモノに出遭ったとき、人は恐怖する。
それは動物としての生存本能であり、彼らの直感は「闘争」ではなく「逃走」を選択しているはずだった。
しかし、直撃する恐怖は対象物への攻撃衝動へと転じてしまったらしい。
癇癪でも起こしたかのように一斉に放たれた弾丸が、硝煙をあげてシオウを射抜いた。
目標に命中したことを視覚で確認した兵士たちは口角を吊り上げるが、攻撃の手を緩めない。
「化け物め…!!」
「死ね!!消え失せろ…!!」
BACK NEXT
Copyright LadyBacker All Rights Reserved./Designed by Rosenmonat