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SCENE SECTION
01.痛み / 02.潜入 / 03.ジャッジ / 04.焔魔 / 05.偽りの理由 /
06.遺恨 / 07.欠陥 / 08.恋人
生きる黙示録、闇の証人に他ならない彼が組織を裏切ったとなれば、その秘密の漏洩はREDSHEEPにとっての破滅につながり、SNIPERの、レインにとっての勝利の可能性を大きく躍進させるものとなり得る。
ここに来て、事の重大さをようやく理解できたブラッドだったが、今は別の―――そう、つまり肉体的な欲望、詳らかに言うならば彼女の豊満な胸―――が当たっている自身の上半身に神経が集中してしまい、その他の情報整理は疎かになっていた。
ブラッド自身は、その異常なまでの生殖本能を遺伝子改変のせいにしているが、レインや幹部たちはそれが生来の気質であろうと断定している。
あまりの無節操さに見兼ねた幹部が、冗談半分で「世界中で子供できてんじゃねぇの」と迂闊な発言をしたばっかりに、レインは一時期本気で世界各地からのブラッド・ジュニア出現を恐れ、幹部たちが狼狽するほど落胆していたこともあった。
「まさかおまえとはね。9年ぶりか。成長したな~」
それでも懲りない彼に効く薬は、この世に存在しない。
アムシェルから漂う女性らしい香気にすっかり高揚し、彼女を抱き寄せる。
「あのときはまだ15歳だったもの、お互いね。戦場であなたを失って…あれきりだった」
「………」
未熟だったあの頃の自分と、灼けるような真夏の戦場。
色褪せた「過去」という映画を懐旧し、ブラッドが自嘲気味に笑った。
「そう…だった、かな」
――――たしかに。
あのとき俺は1度、死んだんだろうな。
あんなにリアルだったはずの映画に映る自分は、まるで他人のように感じられる。
それはひどく曖昧な残像でしかなく、もはや彼のストーリーではなかった。
あの頃のことを、ほんとうは…よく憶えていない。
いや。
記憶は残っていても、実感が無い。
今現在生きているこの身体と、あの頃の身体は全くの別モノだ。
過去を記憶していた肉体は、もうこの世に存在しない。
「ブラッド・ジラ」という人間はあの日世界から抹殺され、墓標を残した。
それは真実で、痛いほど確かな現実だった。
風で乱れた美しいブロンドを、アムシェルが指で押さえる。
ほっそりとした薬指に光る小さな指輪に、ブラッドは目を奪われた。
指輪は不純物の多い粗悪なシルバー製で、雑な細工の、彼女にはおよそ似つかわしくないチャチな代物だったが、それはブラッドの記憶の片隅に置かれていた形状そのままで、酸化し、黒ずんでこそいるものの、大切に手入れが施されていた。
「まだ持ってたのか、その安モノ。…イイ女には全然似合ってねぇな」
「そんなことないわ」
きつい口調でそう言い、アムシェルがブラッドを見上げた。
艶やかな白肌、美しいブロンド、薄くて形のいい唇、青い瞳。
アメリカ人とフランス人のハーフであるアムシェルは顔が小さく手足が長く、細いのにしっかりと出るところが出ている、典型的(パーフェクト)な美人だ。
「たいせつなものよ。…知ってるでしょ」
サファイアのような瞳が熱情に潤むと、ブラッドは言葉に詰まってしまう。
「あなたと一生、一緒に生きていけると信じてたから。…毎日泣いたのよ」
「――――アム」
いまにも泣き出しそうなアムシェルがいたたまれなくなり、ブラッドは抱擁を強くする。
初めて好きになった女と、まさか、こんなとこで再会とは。
あの当時はたしかに、ブラッドにとっても、アムシェルは最愛の存在だった。
――――あの当時は。
「とにかく…ここを離れよう。話はそれからだ」
ブラッドの腕の中で感涙に身を震わせながら、アムシェルはちいさく頷いた。
地下に広がる要塞は迷路のように入り組んでいて、冷え切った狭い通路に光は無く、周囲にはただ闇が広がるだけだった。
モスクワ市街西部。
地上にはプーシキン広場があり、この地点はちょうどプーシキン像の直下だ。
足下に政治犯罪者を集めた軍事組織が広がっていると言っても、毎日のように並木道を散策している地元の人たちは信じないだろう。
「なんつー辛気くせぇ場所だ…色気ってヤツがねぇ。生息してるモンの程度が知れるぜ」
徐々に闇に慣れ始めた目で周囲を見渡しつつ、イヴァがボヤいた。
「略奪(プランダー)」で攻撃システムを全て強制解除し、周囲にある監視システムを適当に操作しながら、まるでホーム・グラウンドのように堂々と先に進んでいく。
遺伝子改変手術によって生じたイヴァの特殊能力、「略奪(プランダー)」は、あらゆる武器、機械の制御を略奪し、その機能を乗っ取る。
彼にとって全ての防衛システムは無意味で、あらゆる破壊兵器は手足と化す。
その有効範囲は広大で、こういった潜入や最新の武器を取り揃えた戦争のときに遺憾なく効力を発揮する。
生きる黙示録、闇の証人に他ならない彼が組織を裏切ったとなれば、その秘密の漏洩はREDSHEEPにとっての破滅につながり、SNIPERの、レインにとっての勝利の可能性を大きく躍進させるものとなり得る。
ここに来て、事の重大さをようやく理解できたブラッドだったが、今は別の―――そう、つまり肉体的な欲望、詳らかに言うならば彼女の豊満な胸―――が当たっている自身の上半身に神経が集中してしまい、その他の情報整理は疎かになっていた。
ブラッド自身は、その異常なまでの生殖本能を遺伝子改変のせいにしているが、レインや幹部たちはそれが生来の気質であろうと断定している。
あまりの無節操さに見兼ねた幹部が、冗談半分で「世界中で子供できてんじゃねぇの」と迂闊な発言をしたばっかりに、レインは一時期本気で世界各地からのブラッド・ジュニア出現を恐れ、幹部たちが狼狽するほど落胆していたこともあった。
「まさかおまえとはね。9年ぶりか。成長したな~」
それでも懲りない彼に効く薬は、この世に存在しない。
アムシェルから漂う女性らしい香気にすっかり高揚し、彼女を抱き寄せる。
「あのときはまだ15歳だったもの、お互いね。戦場であなたを失って…あれきりだった」
「………」
未熟だったあの頃の自分と、灼けるような真夏の戦場。
色褪せた「過去」という映画を懐旧し、ブラッドが自嘲気味に笑った。
「そう…だった、かな」
――――たしかに。
あのとき俺は1度、死んだんだろうな。
あんなにリアルだったはずの映画に映る自分は、まるで他人のように感じられる。
それはひどく曖昧な残像でしかなく、もはや彼のストーリーではなかった。
あの頃のことを、ほんとうは…よく憶えていない。
いや。
記憶は残っていても、実感が無い。
今現在生きているこの身体と、あの頃の身体は全くの別モノだ。
過去を記憶していた肉体は、もうこの世に存在しない。
「ブラッド・ジラ」という人間はあの日世界から抹殺され、墓標を残した。
それは真実で、痛いほど確かな現実だった。
風で乱れた美しいブロンドを、アムシェルが指で押さえる。
ほっそりとした薬指に光る小さな指輪に、ブラッドは目を奪われた。
指輪は不純物の多い粗悪なシルバー製で、雑な細工の、彼女にはおよそ似つかわしくないチャチな代物だったが、それはブラッドの記憶の片隅に置かれていた形状そのままで、酸化し、黒ずんでこそいるものの、大切に手入れが施されていた。
「まだ持ってたのか、その安モノ。…イイ女には全然似合ってねぇな」
「そんなことないわ」
きつい口調でそう言い、アムシェルがブラッドを見上げた。
艶やかな白肌、美しいブロンド、薄くて形のいい唇、青い瞳。
アメリカ人とフランス人のハーフであるアムシェルは顔が小さく手足が長く、細いのにしっかりと出るところが出ている、典型的(パーフェクト)な美人だ。
「たいせつなものよ。…知ってるでしょ」
サファイアのような瞳が熱情に潤むと、ブラッドは言葉に詰まってしまう。
「あなたと一生、一緒に生きていけると信じてたから。…毎日泣いたのよ」
「――――アム」
いまにも泣き出しそうなアムシェルがいたたまれなくなり、ブラッドは抱擁を強くする。
初めて好きになった女と、まさか、こんなとこで再会とは。
あの当時はたしかに、ブラッドにとっても、アムシェルは最愛の存在だった。
――――あの当時は。
「とにかく…ここを離れよう。話はそれからだ」
ブラッドの腕の中で感涙に身を震わせながら、アムシェルはちいさく頷いた。
地下に広がる要塞は迷路のように入り組んでいて、冷え切った狭い通路に光は無く、周囲にはただ闇が広がるだけだった。
モスクワ市街西部。
地上にはプーシキン広場があり、この地点はちょうどプーシキン像の直下だ。
足下に政治犯罪者を集めた軍事組織が広がっていると言っても、毎日のように並木道を散策している地元の人たちは信じないだろう。
「なんつー辛気くせぇ場所だ…色気ってヤツがねぇ。生息してるモンの程度が知れるぜ」
徐々に闇に慣れ始めた目で周囲を見渡しつつ、イヴァがボヤいた。
「略奪(プランダー)」で攻撃システムを全て強制解除し、周囲にある監視システムを適当に操作しながら、まるでホーム・グラウンドのように堂々と先に進んでいく。
遺伝子改変手術によって生じたイヴァの特殊能力、「略奪(プランダー)」は、あらゆる武器、機械の制御を略奪し、その機能を乗っ取る。
彼にとって全ての防衛システムは無意味で、あらゆる破壊兵器は手足と化す。
その有効範囲は広大で、こういった潜入や最新の武器を取り揃えた戦争のときに遺憾なく効力を発揮する。
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