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SCENE SECTION
01.痛み / 02.潜入 / 03.ジャッジ / 04.焔魔 / 05.偽りの理由 /
06.遺恨 / 07.欠陥 / 08.恋人
美しい緑の庭園。
白日輝く空の下でレインと聯は対峙し、冷然たる沈黙を湛えていた。
片時の静寂をはさみ、ふと微笑を漏らした聯が足を踏み出した。
二人の距離が縮まるにつれ、今にも牙を剥きそうなレインの殺気は増していく。
涼風が熱を帯びたフォースに焼かれ、チリッと音を立てた。
「レイン。こんな場所できみに会うなんて…。嬉しい偶然だね」
「……。下らない冗談だな、李」
ハスキーな低音を響かせ、レインが続ける。
「おまえの偶然はいつも都合がいい」
「きみに会いたかったのは本心だよ、レイン。その後の体調が心配だったからね」
「……」
「元気そうで良かった。…安心したよ」
たっぷりと皮肉を込め、レインが小さく鼻を鳴らした。
「…それはどうも」
レインの背後に、黒衣に身を包んだ直樹が現れた。
臨戦モードの直樹の肩に手を置き、レインはコートを翻す。
先ほど彼らが立っていた塔の前には、案内役の女官が姿を現していた。
声をかけようと沙羅が口を開いたものの、レインは冷淡に彼女の真横を通過し、背中を追い続けるその視線にも応えることはなかった。
黒い軍服に包まれた美しいシルエットは、遠ざかり細くなっていく。
――――「また」だと、沙羅は悔恨する。
どうして、いつも…。
「…レイン!」
涼風に乗って届けられた沙羅の声に、彼が立ち止まることはなかった。
ロシア、クレムリン南東。
カローメンスコエ自然保護公園にブラッドが着いたのは午後4時過ぎ、指定された時刻より1時間ほど遅い到着だった。
遅れちまったな。
――――当然だけど。
中央帰りのレインから連絡があったのがつい2時間前。
その頃ブラッドはサンフランシスコ湾岸のサンタ・ローザにいた。
「アルフレッド・シフという男の側近に会え。
場所はカローメンスコエの時計台前。
ロシアのクレムリン南東、モスクワ川沿いに広がる自然保護公園だ」
電話に出るや否や突然そう切り出したレインは、指定時刻を付け加えると、ブラッドの返答を待たずに通話を切ってしまった。
カリフォルニアから軍機を最高速度で飛ばしても、レインが下知した時刻になど到底辿り着けるわけがない。
「1時間でロシアまで、しかも指定場所まで行けって…どんだけムチャクチャな…」
部下に対しては常に的確な指示を出すレインだが、ブラッドにだけはどういうわけか突然、理不尽な要求を一方的にぶつけてくることがある。
それがただの我儘なのか偶然なのかは解らないが、彼がそういった暴挙に及ぶとき、ブラッドは大抵女性と遊んでいる場合が多く、今日もまさにその最中だった。
新人類ってヤツはそーいうのも見える、とか?
――――ただのイヤガラセだったらヤだな…。
モスクワ川沿いに345ヘクタールに渡って広がるカローメンスコエはなだらかな丘陵地で、14世紀から17世紀にかけての木造や石造の建築が残されており、世界遺産に登録されたヴァズネセーニエ教会や、プレオブラジェンスキー村から運ばれてきた17世紀唯一の木造建築である蜜酒製造所などを有す、歴史建造物を集めた史跡公園だ。
林檎の木々の間を抜けると木造の白い教会が見え、緩やかな下り坂の向こうに時計台があった。
昼間は観光客だけでなく、地元のカップルや老夫婦、散歩を楽しむ子供たちの姿が多く見られる川沿いの遊歩道には、時間帯がすこし遅いこともあって、スーツ姿の男性が数人歩いているだけだ。
冷たい朔風が切るように吹き抜け、寒冷を覚える。
羽織っていたコートの袖に手を通しながら、ブラッドは時計台へ駆け寄った。
帰った、なんて言うなよ…頼むから。
時計台の前に人影は無い。
半ば落胆しながら周囲を一望すると、斜め向かいの教会の前に思いがけず、懐かしい女性の姿を見咎めた。
按兵不動に徹していたその女が、警戒を込めながらも声を発する。
「ブラッド・ジラ…元帥?」
SNIPERの徽章が入ったブラッドの軍服に確信を強め、女が近づいてくる。
狐につままれたような表情で、ブラッドも彼女の名を呼んだ。
「アム…?」
「あぁ、やっぱり…。あなただったのね、ブラッド」
大きな胸を揺らして、彼女――――アムシェル・ビギンズが飛びついてくる。
「信じられない。まさか生きてるなんて」
「アム……。なんでここに」
電話で告げられたレインの言葉を思い返す。
――――アルフレッド・シフという男の側近に会え。
側近って。
まさか…。
「エル総帥から、貴方に会うように言われて…同姓同名なんて、まさかと思っていたけど。信じられない」
「……。アルフレッド・シフの…側近」
「ええ。アルフレッドは中央に反旗を。だけど突然、行方がわからなくなって…」
「……」
アルフレッド・シフ。
機内で得たジャックからの情報によれば、巨大企業クルズ・カンパニーの跡取りで、REDSHEEP傘下、フランス・フェデルタの要人。
中央政府統帥、シド・レヴェリッジの代行人の1人 (手足の1つ) だ。
中央(セントラル)の忠実な従である彼は、シド・レヴェリッジのあらゆる行動を代行してきた経緯をもち、REDSHEEPの深部までを握っている。
美しい緑の庭園。
白日輝く空の下でレインと聯は対峙し、冷然たる沈黙を湛えていた。
片時の静寂をはさみ、ふと微笑を漏らした聯が足を踏み出した。
二人の距離が縮まるにつれ、今にも牙を剥きそうなレインの殺気は増していく。
涼風が熱を帯びたフォースに焼かれ、チリッと音を立てた。
「レイン。こんな場所できみに会うなんて…。嬉しい偶然だね」
「……。下らない冗談だな、李」
ハスキーな低音を響かせ、レインが続ける。
「おまえの偶然はいつも都合がいい」
「きみに会いたかったのは本心だよ、レイン。その後の体調が心配だったからね」
「……」
「元気そうで良かった。…安心したよ」
たっぷりと皮肉を込め、レインが小さく鼻を鳴らした。
「…それはどうも」
レインの背後に、黒衣に身を包んだ直樹が現れた。
臨戦モードの直樹の肩に手を置き、レインはコートを翻す。
先ほど彼らが立っていた塔の前には、案内役の女官が姿を現していた。
声をかけようと沙羅が口を開いたものの、レインは冷淡に彼女の真横を通過し、背中を追い続けるその視線にも応えることはなかった。
黒い軍服に包まれた美しいシルエットは、遠ざかり細くなっていく。
――――「また」だと、沙羅は悔恨する。
どうして、いつも…。
「…レイン!」
涼風に乗って届けられた沙羅の声に、彼が立ち止まることはなかった。
ロシア、クレムリン南東。
カローメンスコエ自然保護公園にブラッドが着いたのは午後4時過ぎ、指定された時刻より1時間ほど遅い到着だった。
遅れちまったな。
――――当然だけど。
中央帰りのレインから連絡があったのがつい2時間前。
その頃ブラッドはサンフランシスコ湾岸のサンタ・ローザにいた。
「アルフレッド・シフという男の側近に会え。
場所はカローメンスコエの時計台前。
ロシアのクレムリン南東、モスクワ川沿いに広がる自然保護公園だ」
電話に出るや否や突然そう切り出したレインは、指定時刻を付け加えると、ブラッドの返答を待たずに通話を切ってしまった。
カリフォルニアから軍機を最高速度で飛ばしても、レインが下知した時刻になど到底辿り着けるわけがない。
「1時間でロシアまで、しかも指定場所まで行けって…どんだけムチャクチャな…」
部下に対しては常に的確な指示を出すレインだが、ブラッドにだけはどういうわけか突然、理不尽な要求を一方的にぶつけてくることがある。
それがただの我儘なのか偶然なのかは解らないが、彼がそういった暴挙に及ぶとき、ブラッドは大抵女性と遊んでいる場合が多く、今日もまさにその最中だった。
新人類ってヤツはそーいうのも見える、とか?
――――ただのイヤガラセだったらヤだな…。
モスクワ川沿いに345ヘクタールに渡って広がるカローメンスコエはなだらかな丘陵地で、14世紀から17世紀にかけての木造や石造の建築が残されており、世界遺産に登録されたヴァズネセーニエ教会や、プレオブラジェンスキー村から運ばれてきた17世紀唯一の木造建築である蜜酒製造所などを有す、歴史建造物を集めた史跡公園だ。
林檎の木々の間を抜けると木造の白い教会が見え、緩やかな下り坂の向こうに時計台があった。
昼間は観光客だけでなく、地元のカップルや老夫婦、散歩を楽しむ子供たちの姿が多く見られる川沿いの遊歩道には、時間帯がすこし遅いこともあって、スーツ姿の男性が数人歩いているだけだ。
冷たい朔風が切るように吹き抜け、寒冷を覚える。
羽織っていたコートの袖に手を通しながら、ブラッドは時計台へ駆け寄った。
帰った、なんて言うなよ…頼むから。
時計台の前に人影は無い。
半ば落胆しながら周囲を一望すると、斜め向かいの教会の前に思いがけず、懐かしい女性の姿を見咎めた。
按兵不動に徹していたその女が、警戒を込めながらも声を発する。
「ブラッド・ジラ…元帥?」
SNIPERの徽章が入ったブラッドの軍服に確信を強め、女が近づいてくる。
狐につままれたような表情で、ブラッドも彼女の名を呼んだ。
「アム…?」
「あぁ、やっぱり…。あなただったのね、ブラッド」
大きな胸を揺らして、彼女――――アムシェル・ビギンズが飛びついてくる。
「信じられない。まさか生きてるなんて」
「アム……。なんでここに」
電話で告げられたレインの言葉を思い返す。
――――アルフレッド・シフという男の側近に会え。
側近って。
まさか…。
「エル総帥から、貴方に会うように言われて…同姓同名なんて、まさかと思っていたけど。信じられない」
「……。アルフレッド・シフの…側近」
「ええ。アルフレッドは中央に反旗を。だけど突然、行方がわからなくなって…」
「……」
アルフレッド・シフ。
機内で得たジャックからの情報によれば、巨大企業クルズ・カンパニーの跡取りで、REDSHEEP傘下、フランス・フェデルタの要人。
中央政府統帥、シド・レヴェリッジの代行人の1人 (手足の1つ) だ。
中央(セントラル)の忠実な従である彼は、シド・レヴェリッジのあらゆる行動を代行してきた経緯をもち、REDSHEEPの深部までを握っている。
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