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SCENE SECTION

01.痛み / 02.潜入 / 03.ジャッジ / 04.焔魔 / 05.偽りの理由 / 06.遺恨 / 07.欠陥 / 08.恋人


戸惑ったように視線を泳がせ、沙羅を掴んでいた手を宙に浮かせる。

片時の沈黙が流れ、噴水が形を変える。
打ち上げからビックウェーブ、フォッグと変化する水の芸術は、白日に照らされ、キラキラとダイヤの飛沫を散らした。

噴水が変化を一周繰り返したところで、ようやくレインが口を開いた。

「こんなところで…なにしてる。1人か」

弾かれたように顔を上げ、沙羅は大きく首を振る。

「ううん。聯(ルエン)と一緒だったんだけど…」



「――――李(リー)と…」



李聯(リー・ルエン)――――
憚りなく不快を表出させたレインが、忌々しそうに唇を噛んだ。



沙羅の所属する軍事機関、GUARDIAN(ガーディアン)の総帥である李聯(リー・ルエン)は、レインが蛇蝎の如く嫌悪する男だ。

厭わしい存在は数多いが、聯ほどレインの神経を逆撫でする男はいない。



聯の前に立つとあらゆる感情が暴走し、制御できなくなる。
理由はわからないが事実だ。



――――恐怖を感じる。



レインにとってそれは耐え難いほどに歯痒く、屈辱的だった。



「はぐれちゃったみたい。広すぎて迷っちゃって」
「用は済んだのか」
「う、うん。…たぶん」
「…。わからんな」
「え?」



怪訝な表情で呟き、まるで咎めるように沙羅を見遣る。
元来、相手を萎縮させる雰囲気を持つレインに、こんな至近距離から威圧を受けてはたまらない。

沙羅は内心の狼狽を制御しきれず、泣きそうになっていた。


「どうして李なんだ。…なぜあいつを選んだ」


黒で縁取られた揺らぐような紅が、沙羅だけを映す。
苛立ちさえ滲ませる彼の口調に圧倒され、沙羅の足は無意識に後退し始めていた。

そんな沙羅の挙動に気付き、きまりが悪そうに髪を乱し上げたレインが緩く首を振る。



違う。
こんなことを――――言いたかったわけじゃない…。



間を空けながらも「言うべき言葉」を必死に探り、単語を羅列する。



「この間は―――ソールズベリーでは…その…つまり… 怪我を  させて」



睨むように沙羅を見据え、蚊の泣くような声で付け加える。



「わ――――……
悪かった…な」



「………」



呆気にとられたような沙羅の反応に、レインの頬が染まる。
他人に頭を下げるのがとことん苦手なレインは、ブラッドにすらまともな謝罪を述べたことがない。

そんな彼からすれば、これ以上の謝意の表明は有り得ない。

詫び言を誰かに、しかも外でなんて――――



「ううん。…いいの」



子供の純真さで、沙羅が笑んだ。
彼女特有のあたたかい微笑みはほんとうに無垢で、レインの内なる防壁を包み溶かしてしまう。

レインを魅了し惹きつけるのは、彼女の稟性に他ならない。
人間が必ず持っている本性の穢れた部分を彼女は知らない。

だがそれは、決して弱さではない。
屹然とした崇高さは、断じて脆弱な正義ではない。

強い思慕にも似た羨望を抱きながらも、沙羅に己の本質を見せることを素直に允許し、レインは笑みを浮かべていた。

彼女が今見つめているのは間違いなく本来の彼であって、偽りのそれではない。

彼がかつて持っていた光は、沙羅の持つ輝きと同じものだ。
それは言葉や時間に関係なく二人をつなぐ絆であり、運命だった。


「レインが無事でよかった。ずっと心配してたんだ。――――ありがとう」
「ありがとう?」
「うん。あたしに声をかけてくれて」


ただ真っ直ぐに、レインを見上げる。
それは心からの言葉だと、彼女の瞳が伝えてくる。


「会いたかったから。…とっても」
「……」


こうやってレインを真正面から見つめるのは、沙羅にとって甚だ勇気の要ることだった。
だが、緊張は不思議な高揚感によって中和され、互いを惹き合わせる。


学校の友達には、素直になれないんだけど。
どうしてだろう。
レインだと、なんでだか…。



「…っ、え」



不意に腕を引かれた。
吐息がかかるほど目睫の間で、レインの声が響く。


「沙羅。俺は…」


昂ぶり、零れ落ちそうになった吐露は、一点の闇によって遮られた。


「沙羅」
「…!聯(ルエン)」


背後からゆっくりと近づいてくる男が沙羅の名を呼び、彼女もまたそれに応じる。
レインが再び強固な鎧で心を覆うには、そのやり取りだけで充分だった。

瞬時に冷え切った彼の空気に沙羅が気付いた時には、レインは突き放すように彼女から身を離し、顔を背けていた。


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