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SCENE SECTION

01.痛み / 02.潜入 / 03.ジャッジ / 04.焔魔 / 05.偽りの理由 / 06.遺恨 / 07.欠陥 / 08.恋人


バレンティーンという男が発した殺意は、憎しみさえも含んだ濃い悪意だった。
彼の気配に覚えは無かったが、どこかで面識があるのかもしれない。

とはいえ、先ほどのような出来事は特にめずらしいことでもない。

レインが他人から向けられるのは、ほとんどが異常な好意か強い憎悪、殺気。
大多数はそのどれかで、平静を保ち、尚且つ共にいられる相手はごく僅かだった。

「ああいう輩には慣れている。おまえこそよく耐えたな、直樹」

至近距離で顔を合わせると、直樹が年相応の可愛らしい笑顔を返してくる。

「うん。レインが手出さないなら動かないって決めてた」


「…よく言う」


不意に直樹の髪に触れ、レインが足を止めた。


「今にも踏み出しそうだった。…違うか?」
「……」


指先に直樹の猫毛を絡め、ゆっくりと撫で梳かす。
そのまま頬まで指を滑らせると、突然額を小突いた。


「おまえの殺気で頭が冷えた。…俺たちはどうやら、本当に気が合うらしい」


殺人レベルの嬌笑を浮かべ、レインが歩き出す。
彼のこういった行動は意識的なものではない。

無自覚だからこそタチが悪い。
レインは第三者から向けられる欲望には敏感だが、恋愛感情にはおそろしく疎い。

ぎこちなく足を動かし後を追いながら、直樹はちいさく溜息をついていた。


――――あぁ、もぉ…。
どぉにかしてくれ…。


他人にはとことん威圧的なレインだが、直樹たち幹部に対しては別の表情を見せ、まるで家族のように接してくれる。

直樹にとってそれは幸せな瞬間だったが、同時に、もっと深くレインに触れたいという欲求を生み、焼けるような熱情を心の中に蟠らせる素因にもなる。


強烈すぎるんだって、俺には。
――――好きだから。マジで。


高校生の直樹はまだ成長過程だが、現状ではレインより背が低い。
そういう面では彼の「恋人」であるブラッドほど、並んで見栄えがするわけじゃない。
そう自覚している。

だけど。

知れば知るほど惹きつけられる。
レイン以外の相手なんて考えられない。

すぐには報われないと解っているのに、背中から見つめているだけで、たまらなくそそられてしまう自分が厭になる。





転送装置で下まで降りると、来た時とは別の空間が広がっていた。
セントラルを覆う森は蜃気楼のようにかたちを変える。

磁場が安定せず、方角さえあやふやなこの場所を案内無しで進むのは薄氷を踏むようなもので、案内役の女官が来るまでゲストは動かず待機するのが定法だ。

案内役を待ちがてら煙草に火をつけたレインが、唇から煙を零しながら空を見上げた。

天高気清、強い風はすこし冷たかったが、「蛇の穴」から出たばかりの彼らには爽快だった。


「食事だったな。たまにはおまえと2人もいいか」
「っ…レイン」
「なにがいい。…言ってみろ」



嬉しそうに顔を上げた直樹の後方を見定めたレインが、彼らしからぬ喫驚を浮かべた。

指の間から煙草が抜け落ちる。



「レイン?」
「――――沙羅」
「え?」




突然、レインが走り出した。
その背中を見つめる直樹は、あまりに見慣れぬ光景に硬直し、ただ見送ってしまう。



レインが。
駆け寄る…なんて。



豁然と広がった草地の中央に設えられた噴水付近で足を止めたレインの正面には、小さな少女が立っている。


――――あ。


知っている顔だと、直樹は記憶を呼び起こす。


「樹沙羅(いつき・さら)。…だっけ」


ガーディアンのSクラスエージェント。
レインと同系の「新人類(ニューヒューマン)」で、今年13歳になったばかりの中学生。


資料で見たかぎりの情報を想起しつつ、フリーズしていた身体をようやく動かした直樹だったが、やはり目の前の状況は把握しきれず、ひとり首を傾げていた。


「……。仲…いいんだ?」





「レイン!?」

彷徨うように森を歩いていた沙羅の肩を背後から掴んだのは、SNIPER総帥、レイン・エルだった。

すこし乱れた黒髪をかき上げ、不機嫌にも見える表情でじっと口を噤んでいる。

沙羅は思いがけない再会によって生じた内心の動揺を抑えつつ、緊張を打ち破るように自分から声を発した。


「ひ、久しぶり…なのかな。よかった、元気そうで…」
「……。逢いたかった」
「…へ?」



予想だにもしないレインの発言。
沙羅は大きな瞳をしきりに瞬かせ、呆然と彼を見つめている。


「レイン?」
「いや。……。元気そうだな」
「……」

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