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SCENE SECTION

01.痛み / 02.潜入 / 03.ジャッジ / 04.焔魔 / 05.偽りの理由 / 06.遺恨 / 07.欠陥 / 08.恋人






統帥室の正面部分は彫刻や石のトレサリーで華やかに装飾されており、扉を開ければ、美しく荘厳なバラ窓に迎えられる。

身廊の立面、湾曲した筒型ヴォールトは細い柱によって分節され、床は大理石の象嵌によって構成されていた。

繊細な彫刻があしらわれた扉口から現れたレインを正面から見据えるのは、ゴシック仕様の台座に腰掛けている中央政府統帥、シド・レヴェリッジと、両脇に立つ2人の男だ。

シドの両腕である男たちはスータンの上に白い布とベルトを纏っており、顔まで覆っているため、外貌も表情もわからない。

異様な風采の彼らには目もくれず、レインは早足で前方へ進み出ると、床の色が白に変わる手前の位置で止まり、秀麗な仕草で敬礼をした。


「…身体はもういいのか、レイン」


鷹揚な口調でそう言い、シドが笑んだ。


シド・レヴェリッジ。48歳。

世界一の大財閥レヴェリッジ家の当主であり、ガーディアン総帥、李聯(リー・ルエン)と対をなす、非公認組織(サイレンス・ソサエティ)「REDSHEEP(レッドシープ)」の重鎮――――エレオス13血流の1人だ。

輝くようなブロンドの髪は耳が出る程度に短く、うすい琥珀色の瞳はステンドグラスからの採光に輝き、湖面のように静かに揺れている。

白のアングリカン・キャソックの下に軍服を纏う彼の雰囲気は、まるで聖職者のように穏やかだが、彼の本質はそれと180度異なる危殆なものだということを、レインは熟知していた。


「ご憂慮痛み入ります、統帥(ドゥーチェ)」


紅い瞳をわずかに細め、レインは遠慮がちに微笑んでみせる。

「精神を汚染され、支部を破壊したそうだな。…きみの破壊力はつくづく信じがたい」
「……」
「きみに限ってそんな失態があるとは…。すこし荷が重かったかな。まだ20歳の子供に、あまり無理をさせてはいけなかった」


「申し訳ありません」


すこし首を傾げ、窺うようにシドを見つめながらレインが呟いた。



「なんなりと――――罰を」



ゾクッとするような妖艶さを漂わせ、嬌笑する。

甘い色香を放つ彼の手練手管に惑わされれば、相手は彼の言わせたい言葉をそのまま喋るだけの傀儡に成り果ててしまう。

組織上層にはすでに、彼に思いを焦がし、夢中になった挙句、身を滅ぼした者も存在する。


――――性悪め。


内に秘めたレインの毒牙は、シドの苛虐心をぞくぞくさせるくらい魅力的に、ともすれば不快なほどにまで刺激してくる。

「反政府組織(テロリスト)、アルタ・ヴェンディッタのボスは…まだ捕らえられないのか」

ほぼ恒例のようになった問いに瞳を伏せ、レインはいつも通りの応対をする。

「…尽力しております」


「きみが討伐を名乗り出て以来…過激派のテロリストたちは急に姿を現さなくなった」


シドが右手を上げると、右側に立っていた白布の男が小さく頷いた。
殊更に不穏な空気の中でもレインは表情を変えず、じっとシドを正視している。


「こんな疑惑を知っているかな、レイン」
徐に、シドが口を開いた。


「疑惑?」


単語を復唱したレインのすぐ正面に、白ずくめの男が佇立する。
布で覆われた口元から、くぐもった声が漏れた。


「これだ」


メディア・チップ。
男が差し出したものを目にし、レインはわずかに柳眉を寄せる。



「きみが――――反中央組織(アルタ・ヴェンディッタ)とつながっているという…証拠だ」



顎髭を撫でながら、シドはレインの見せる反応を愉しんでいる。

「ヴェンディッタのボス、ヴィート・ヴァルトリときみは…ずいぶん仲がいいようだ。イタリアではなんの食事をしたんだ?」



「………」



「レイン…答えなさい」



「シド統帥閣下」



獲物を狙う猫のように瞳を上げ、眼前に立った白服の男を視界に捉える。



「その証拠を俺に見せていただきたい」


刹那。

男の視覚では微動だにしなかったはずのレインの手に、メディア・チップが握られていた。


表情は透視(見え)なくても、男の困惑は空気の中へと滲み出る。
もう片方の掌へ丁寧にチップを移すと、その手を差し出したレインは静かに男を見据え、質した。


「…確認しても?」
「……」


男は言葉を発さない、否、発せない。
レインが言下に放った噎せ返るような殺気に呑まれ、射すくめられてしまったからだ。


「身に覚えは無いが、策略なら興味深い。…なにせ俺は、恨まれやすい性分なので」


レインの声質が変わり、その中には威圧がたっぷりと込められる。


「…フ」


シドが笑んだ。
もう一人の白服に顎先で指示を出し、立ちすくんだままの男を救出させる。


「そのチップは空だ、レイン。そういう噂を耳にしたにすぎん…悪く思うな」


腕を引かれ、なんとかレインから身を離すことができたものの、こちらを見据えている冷淡な瞳は未だ殺気をちらつかせている。

ややあってそれは、ゆっくりとシドへ向けられた。



「――――いえ」



指先に挟まれたチップが、焔に包まれて消える。



「そのような噂でご心労を。…すこしお疲れなのでは?」

「――――なに?」



シドの左手に立つ白服の男に視線を流したレインが、毅然とした態度で言い放つ。


「殺気に敏感な体質なんだ。…向ける相手を間違えないで頂きたい」
「……」


無言の抵抗を見せる男に、レインが身体を向けた。


「「やめろ」と言っている――――タガが外れてしまいそうだ…」



「バレンティーン」



シドに一喝され、バレンティーンと呼ばれた男が殺気をおさめると、レインは何事も無かったかのように平然とシドに向き直った。

苦笑を浮かべたシドは呆れたように首を振り、嘆息交じりに口を開く。


「きみには他にも頼みたいことがある。次の軍議で指示を出そう」
「光栄です、統帥」
「…戻りなさい」


様式美を魅せる一礼をし、上目でシドを見つめたレインは小さく息を漏らすと、それに声を乗せた。

「またお会いできる日を心待ちにしております、統帥閣下」





「ヒヤヒヤしたよ」

扉を背にしたレインの左側に突然現れた直樹が、大袈裟に肩を竦めて見せた。
口ではそう言いつつも、本心では大して焦ってもいないような彼の態度は、レインにとって心地いい。

それは一種の理解の表明、気遣いだった。

「あの白服、ヤッちゃうんじゃないかってさ…よく我慢したね、レイン」
「…すごい殺気だったな」


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