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SCENE SECTION
01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結
レインという男は、物事を有耶無耶にしたり、他人任せにする事ができない。後回しにするのも苦手で、やるべき事は迅速に片付ける。
彼の不器用さが特に顕著になる瞬間は、今のような、礼や謝罪をしなくてはならなくなった時だろう。
李聯は人材獲得に貪欲で、この会合にはよく顔を出す。
――だから、わざわざ…。
「あぁ、そういえば」
ブラッドはふと足を止め、肩越しに聯を見遣る。
「ノーマン・メラーズ博士はどうなった。あんたが預かったんだろ」
忌まわしい名を耳にし、階段を下りようとしていたレインが立ち止まった。
前に出した足を戻し、二人の方へ顔を向ける。
「健在だよ」
聯はそう答え、ブラッドからレインへと視線を流す。
「またレインに何かあっては困るからね。…ノーマンの頭脳は必要だろう」
「…そうか」
ブラッドは背を向けると、相変わらずの不躾な態度で片手を上げた。
「またな、李総帥」
すぐにレインに追いつくと、華奢な肩に腕を回し、ごく自然な所作で彼の頬へ唇を寄せ…唐突にキスをした。
「っ…ブラッド!」
「ん? 行こうぜ。腹減った」
「……」
レインは暫くの間、ブラッドの不遜な横顔を睨んでいたが、何だか急に可笑しくなり、ブラッドの顎を軽く小突くと、わざと高飛車を装って彼を一瞥する。
「気が変わった。ラッツ・クリスに行ってやる」
ブラッドが目を輝かせる。
「え、マジ。やった。たまにはお前も、あーいう精がつきそうな店でガツンと食った方がいいぜ。…あぁ…、精力は…これ以上つけられちゃ、さすがに…ちょっと、困るかな…」
「…黙れ」
年相応の愛らしい笑顔で、レインがブラッドを見上げる。
それは、仕事中の彼が決して見せる事のない、特別な表情だった。
レインがそんな顔を見せるのは、たった一人にだけだ。
――ブラッド・ジラ。
レインが唯一心を許す、最愛の存在。
「本当に君は素晴らしいよ、レイン」
フロアは夕日で赤く染まり、そこに立つ聯もまた、黄昏の中にいた。
「君は愚かだ…どうしようもなく」
果報を招き、屈服するその姿を想い、聯は口角を上げる。
「すぐだよ、レイン」
今度は逃れられない 。
――現世(いま)の君に、逃げ場は無い。
「…もうすぐだ」
水の音は、途絶える事無く響いていた。
意識があり視覚もあるのだが、正面の一点しか見る事は出来ない。
コポコポと音を立てながら、目の前で気泡が弾ける。
手を動かす事も、足を踏み出す事も出来ない。
「…あれ? ねぇ一哉。この部屋なぁに」
水音に交ざって聞こえたのは、無邪気な少女の声だった。
彼女の声に、それは反応する。
――あの少女だ。
――光の化身、白い威光…。
手を伸ばしたくても、腕はもう無いのだ。
声を出そうにも声帯がない。
円柱状の水槽に浮かぶのは、脳だけだった。
無数のパイプで繋がれ、体液と同じ成分の液体に入れられた一つの脳は、ただ生かされ、そこに在った。
「あぁ。ここは…」
もう一つの声に、脳は脅える。
――あいつだ。
――私の身体を奪い、魂を喰った、あの悪魔の僕(しもべ)。
「ウチの新しい実験室。バイオハザードの危険があるから、研究員以外は立ち入り禁止。特殊なIDがなきゃ入れない。…沙羅には無縁な場所だよ」
「ふぅん…」
沙羅は扉の方を何となく気にしながらも、前を歩く一哉の背中を追う。
レインという男は、物事を有耶無耶にしたり、他人任せにする事ができない。後回しにするのも苦手で、やるべき事は迅速に片付ける。
彼の不器用さが特に顕著になる瞬間は、今のような、礼や謝罪をしなくてはならなくなった時だろう。
李聯は人材獲得に貪欲で、この会合にはよく顔を出す。
――だから、わざわざ…。
「あぁ、そういえば」
ブラッドはふと足を止め、肩越しに聯を見遣る。
「ノーマン・メラーズ博士はどうなった。あんたが預かったんだろ」
忌まわしい名を耳にし、階段を下りようとしていたレインが立ち止まった。
前に出した足を戻し、二人の方へ顔を向ける。
「健在だよ」
聯はそう答え、ブラッドからレインへと視線を流す。
「またレインに何かあっては困るからね。…ノーマンの頭脳は必要だろう」
「…そうか」
ブラッドは背を向けると、相変わらずの不躾な態度で片手を上げた。
「またな、李総帥」
すぐにレインに追いつくと、華奢な肩に腕を回し、ごく自然な所作で彼の頬へ唇を寄せ…唐突にキスをした。
「っ…ブラッド!」
「ん? 行こうぜ。腹減った」
「……」
レインは暫くの間、ブラッドの不遜な横顔を睨んでいたが、何だか急に可笑しくなり、ブラッドの顎を軽く小突くと、わざと高飛車を装って彼を一瞥する。
「気が変わった。ラッツ・クリスに行ってやる」
ブラッドが目を輝かせる。
「え、マジ。やった。たまにはお前も、あーいう精がつきそうな店でガツンと食った方がいいぜ。…あぁ…、精力は…これ以上つけられちゃ、さすがに…ちょっと、困るかな…」
「…黙れ」
年相応の愛らしい笑顔で、レインがブラッドを見上げる。
それは、仕事中の彼が決して見せる事のない、特別な表情だった。
レインがそんな顔を見せるのは、たった一人にだけだ。
――ブラッド・ジラ。
レインが唯一心を許す、最愛の存在。
「本当に君は素晴らしいよ、レイン」
フロアは夕日で赤く染まり、そこに立つ聯もまた、黄昏の中にいた。
「君は愚かだ…どうしようもなく」
果報を招き、屈服するその姿を想い、聯は口角を上げる。
「すぐだよ、レイン」
――現世(いま)の君に、逃げ場は無い。
「…もうすぐだ」
水の音は、途絶える事無く響いていた。
意識があり視覚もあるのだが、正面の一点しか見る事は出来ない。
コポコポと音を立てながら、目の前で気泡が弾ける。
手を動かす事も、足を踏み出す事も出来ない。
「…あれ? ねぇ一哉。この部屋なぁに」
水音に交ざって聞こえたのは、無邪気な少女の声だった。
彼女の声に、それは反応する。
――あの少女だ。
――光の化身、白い威光…。
手を伸ばしたくても、腕はもう無いのだ。
声を出そうにも声帯がない。
円柱状の水槽に浮かぶのは、脳だけだった。
無数のパイプで繋がれ、体液と同じ成分の液体に入れられた一つの脳は、ただ生かされ、そこに在った。
「あぁ。ここは…」
もう一つの声に、脳は脅える。
――あいつだ。
――私の身体を奪い、魂を喰った、あの悪魔の僕(しもべ)。
「ウチの新しい実験室。バイオハザードの危険があるから、研究員以外は立ち入り禁止。特殊なIDがなきゃ入れない。…沙羅には無縁な場所だよ」
「ふぅん…」
沙羅は扉の方を何となく気にしながらも、前を歩く一哉の背中を追う。
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