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SCENE SECTION
01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結
「ねぇ。そう言えばあの人、どうなったの」
一哉が足を止めた。
沙羅の問いはまるで、一哉の思考を読み取ったかのようだったが、勿論彼女にそんな自覚は無い。
「…誰」
あくまで平静を装う一哉は、それが別人であってほしいと願いながら尋ねる。
だがしかし、沙羅の口から発せられた名は、やはり彼のものだった。
「ノーマン博士」
沙羅はもう一度扉を振り返る。
「研究室を見たら…急に思い出しちゃったの。あの人、あの部屋で働くの?」
「…。いや」
髪を乱し上げ、寸時俯いていた一哉だったが、顔を上げると平時通りの笑顔を装い、淡々と虚偽を述べる。
「引退したよ。あんなアブねぇヤツ、現場にいられても困るだろ」
「…そう、なんだ」
沙羅は自身の腕を見つめ、そして疑念を抱く。
――あの時。
――あの人、凄い力であたしの腕を掴んできた。
――レインに対する執着だって異常だったのに……引退なんて。
――本当に、受け入れたのかな。
「聞こえ良く言えば引退だけどさ」
沙羅の様子から疑心を看取(かんしゅ)し、飾言(しょくげん)を認めながら彼女へと歩み寄った一哉の瞳が、闇をちらつかせた。
沙羅はそれに気付かない。
「正確に言えば、裁かれたんだよ」
「…え?」
事もなげにそう言い放った一哉を、沙羅は凝視する。
「警察にじゃねぇけどさ。俺達の世界にだって、それなりにルールってもんがある。それに反すれば、当然罰を受ける…沙羅だって、あいつのした事は赦せないだろ?」
「……」
言い知れぬ不安に胸を突かれ、沙羅は顔を曇らせた。
―― 一哉はいつも、当たり前みたいに…恐い事を言う。
―― 一哉は優しくて、頼りになって…だけど。
―― 全然違う価値観を感じる。今みたいに…。
そんな時、沙羅は頓(とみ)にやるせなくなり、彼との距離が急に遠のいたかのような、痛いほどの寂しさに襲われる。
「…沙羅?」
彼女の見せる哀感を、一哉は理解する事が出来ない。
何故こんなに悲しそうな顔をするのか…いくら思慮を重ねても解らない。
――だって、ノーマンが罰を受けるのは当然だ。
闇神である聯に魂を喰われたノーマンは、もう死ぬ事さえ出来ない。
肉体が滅び、如何な痛苦を受け、気が狂ったとしても。
聯の「所有物」だから。
聯が手放すまで魂は昇華されない。
たとえ昇ったとしても、闇に喰われた魂に行き場なんてない。
永久に虚空を彷徨い、闇の中を漂い続ける。
いい気味だと、そう思う。
ノーマンも…あいつ も。
あいつは抵抗し、聯に刃向かおうとしてる。
無駄なのに。
抗えば抗うほど、苦しくなるだけなのに。
「行こうぜ、明日も学校だろ。…もう遅い」
差し出された一哉の手を見つめる沙羅の表情は晴れない。
「……」
だが、向き合ってみても、一哉はその目を逸らさなかった。
小さく首肯し、沙羅はその手を取る。
「…うん」
温かい手。
それは確かに今、ここに在る。
沙羅にはもう、解っていた。
止まってはいけない。
どんなに辛い未来が待ち受けていても。
たとえ、真実が残酷だったとしても。
彼が彼の意思で、彼の人生を歩むように。
――あたしは。
沙羅は真っ直ぐに歩き出す。
――この目で見た真実をただ、受け入れて。
どんな時も前だけを向いて、あたしは生きる。
Never bend your head.
Always hold it high.
Look the world straight in the eye.
俯かないで。
いつも、胸を張っていなさい。
世界をその瞳で、真っ直ぐに見つめなさい。
――――Helen Keller
Lastruggle第一章 「暁の末裔」――――完
「ねぇ。そう言えばあの人、どうなったの」
一哉が足を止めた。
沙羅の問いはまるで、一哉の思考を読み取ったかのようだったが、勿論彼女にそんな自覚は無い。
「…誰」
あくまで平静を装う一哉は、それが別人であってほしいと願いながら尋ねる。
だがしかし、沙羅の口から発せられた名は、やはり彼のものだった。
「ノーマン博士」
沙羅はもう一度扉を振り返る。
「研究室を見たら…急に思い出しちゃったの。あの人、あの部屋で働くの?」
「…。いや」
髪を乱し上げ、寸時俯いていた一哉だったが、顔を上げると平時通りの笑顔を装い、淡々と虚偽を述べる。
「引退したよ。あんなアブねぇヤツ、現場にいられても困るだろ」
「…そう、なんだ」
沙羅は自身の腕を見つめ、そして疑念を抱く。
――あの時。
――あの人、凄い力であたしの腕を掴んできた。
――レインに対する執着だって異常だったのに……引退なんて。
――本当に、受け入れたのかな。
「聞こえ良く言えば引退だけどさ」
沙羅の様子から疑心を看取(かんしゅ)し、飾言(しょくげん)を認めながら彼女へと歩み寄った一哉の瞳が、闇をちらつかせた。
沙羅はそれに気付かない。
「正確に言えば、裁かれたんだよ」
「…え?」
事もなげにそう言い放った一哉を、沙羅は凝視する。
「警察にじゃねぇけどさ。俺達の世界にだって、それなりにルールってもんがある。それに反すれば、当然罰を受ける…沙羅だって、あいつのした事は赦せないだろ?」
「……」
言い知れぬ不安に胸を突かれ、沙羅は顔を曇らせた。
―― 一哉はいつも、当たり前みたいに…恐い事を言う。
―― 一哉は優しくて、頼りになって…だけど。
―― 全然違う価値観を感じる。今みたいに…。
そんな時、沙羅は頓(とみ)にやるせなくなり、彼との距離が急に遠のいたかのような、痛いほどの寂しさに襲われる。
「…沙羅?」
彼女の見せる哀感を、一哉は理解する事が出来ない。
何故こんなに悲しそうな顔をするのか…いくら思慮を重ねても解らない。
――だって、ノーマンが罰を受けるのは当然だ。
闇神である聯に魂を喰われたノーマンは、もう死ぬ事さえ出来ない。
肉体が滅び、如何な痛苦を受け、気が狂ったとしても。
聯の「所有物」だから。
聯が手放すまで魂は昇華されない。
たとえ昇ったとしても、闇に喰われた魂に行き場なんてない。
永久に虚空を彷徨い、闇の中を漂い続ける。
いい気味だと、そう思う。
ノーマンも…
あいつは抵抗し、聯に刃向かおうとしてる。
無駄なのに。
抗えば抗うほど、苦しくなるだけなのに。
「行こうぜ、明日も学校だろ。…もう遅い」
差し出された一哉の手を見つめる沙羅の表情は晴れない。
「……」
だが、向き合ってみても、一哉はその目を逸らさなかった。
小さく首肯し、沙羅はその手を取る。
「…うん」
温かい手。
それは確かに今、ここに在る。
沙羅にはもう、解っていた。
止まってはいけない。
どんなに辛い未来が待ち受けていても。
たとえ、真実が残酷だったとしても。
彼が彼の意思で、彼の人生を歩むように。
――あたしは。
沙羅は真っ直ぐに歩き出す。
――この目で見た真実をただ、受け入れて。
どんな時も前だけを向いて、あたしは生きる。
Never bend your head.
Always hold it high.
Look the world straight in the eye.
俯かないで。
いつも、胸を張っていなさい。
世界をその瞳で、真っ直ぐに見つめなさい。
――――Helen Keller
Lastruggle第一章 「暁の末裔」――――完
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