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SCENE SECTION

01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結


「ワインなら飲みたい。けど…ラッツ・クリスなんて。あそこは騒がしい」

ブラッドから逃れるように身を離し、レインは再び窓へ向き直った。
顔を背けるのは、内心を知られたくないからだ。

――甘えたくない。
――俺は一人で大丈夫だ。

己にそう言い聞かせたところで、突然背中から抱き締められた。

「んじゃ、お前の好きなとこでいい。…なぁレイン。何処にする」

ブラッドはそう囁き、レインの耳を甘噛みする。
擽(くすぐ)ったそうにしながらも、レインはその手を振り払うことが出来ない。

如何に上手く本音を隠そうとも、ブラッドには見透かされてしまう…観念したように目を閉じ、ブラッドの逞しい胸に背を預けると、レインは暫し、その温もりに浸(ひた)る。

「なんだそれは。ラッツ・クリスに行きたくて、ボールストンまで来たんだろ?」

しかし、彼の口をついて出るのは、可愛げのない皮肉だ。

「…あぁ」

天の邪鬼なレインの反応にブラッドは思わず笑みを零し、白い首筋に唇を寄せると、彼の黒髪をクシャッと、握るようにして撫でる。

「…そうだっけ」

互いに相手の心境を悟りながらも、あくまで本心を口に出さないという状況が、レインも段々可笑しくなってきたらしい。

「……。そうだ」

ブラッドの方へ向き直ると、やっと顔を綻ばせる。

「…。ブラッド…」

ブラッドを見上げたレインは何かを言いさし、そして――硬直した。
レインの視線はブラッドではなく、その背後の何かに囚われている。

ブラッドはゆっくりと彼から手を離し、背後へと首をめぐらせた。

――この表情(かお)。
――こんな風にレインを脅えさせる奴は…一人しかいない。

「驚いたよ、レイン」

艶のある穏やかな美声。

イタリア製の上質なスーツをスタイリッシュに着こなしたその姿は、如何にも一流組織のトップらしい。

――李聯(リー・ルエン)。

通路に飾られた豪奢な装飾品の中に立つ彼は、その黄金にも尚優る、淑やかな高貴さを漂わせている。

「君がこの会合に参加するなんて、初めてだ…会場は大騒ぎだよ。どうやら今日は皆、別の目的でここにいるらしい」

ブラッドは何気なく両者の間に立ち、レインを庇うようにしながら聯を見据える。

「その節はどうも、李総帥」

虚礼すら払わぬブラッドの言動を気に留めた様子も無く、聯は好意的な笑顔をつくる。

「ブラッド。元帥である君までが、こんな場所に…本当に珍しい」

「そうでもないぜ。ここにはウチの本部がある…たまたまだよ」

「なるほど。そうだったね」

沈黙を守っていたレインが足を踏み出し、ブラッドの隣に並んだ。

タイトなブラックスーツは、レインが好んで着る事の多いイタリアンブランドのもので、かなり細身のラインだが、それでも彼には腰回りが大きい。

彼のウェストを詰めているのは、大きめのディアヘッドがついたカーフベルトだ。

ブラッドはSNIPERの軍服にコンバットブーツという出で立ちで、横に並ぶと、二人の体格差はより瞭然として見える。

聯を正視するレインは、大きな落日を背にして立っていた。

彼の纏う焔さながらに紅く滾ったそれは、かつての彼の威光を想わせる…聯は眩しそうに瞳を細める。

かつて――何百年という永い時を遡った過去。
世界がまだ神魔大戦の最中にあった頃。

懐郷の念に浸るほど己の世界に思い入れはなかったが、胸中に渦巻く欲望と執念のルーツを、聯は回顧する。

――堕ちた焔。

一騎当千の力を振り翳し、昂然と天を駆けたかつての彼を、闇神は誰一人として忘れてはいないだろう。

「李」

あの頃と何一つ変わらぬ姿で、彼が聯の名を呼ぶ。

「先日の借りは必ず返す。不本意だが…」

レインは早口でそう言って目を逸らすと、聯に届くか否かの、ごく小さな声を漏らす。

「…礼は言っておく」

言下にブラッドの背中を叩き、レインは右手にある階段へと視線を向けた。

「用は済んだ。…行くぞ、ブラッド」

「え? …あ、あぁ」

歩き出した彼を追いながら、ブラッドは思わず首を傾げる。

――まさかとは思ったが。
――李総帥に、これだけを言う為に…か。


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