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SCENE SECTION
01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結
スナイパーが本部を置くベセスダの街はメリーランド州に含まれるが、総面積2万8000平方キロメートルにも及ぶ本部は州をまたぎ、ヴァージニア州アーリントン寄りに位置している。
ヴァージニア州は軍需産業の総本山であり、業界トップ同士の会談がよく行われる場所でもある。
州内ボールストン地区にあるメイシー・アーリントン・ホテルは、地下鉄オレンジ線のボールストン駅に隣接し、周辺のオフィスビルとスカイウォークで直結している。
ホテル内25階の特別会議室には、政策行動委員会やライフル協会、外交関係評議会といった強大なビジネス・グループが集まっていた。
今回の会合の目的は、優秀な人材の発掘と養成だ。
軍需産業は、知性と武力を同時に学ぶ場として、大学を位置づける。
大学での養成から軍需産業への人材の送り込みまで緻密なプロジェクトが進められ、全米の中でも特別優秀な人間が採用される。
軍事組織にとって、優秀な人材はどんな武器にも代えがたい。
業界トップのSNIPERにしてもそれは同じだったが、レインはこういった会合に参加するのをあまり好まず、普段ならば幹部に任せている。
だが今日は、そのレインが出席するという事で、各代表者達は明らかに沸き立っていた。
参加者達は会場内で彼を探すも、その姿は見当たらない。
レインは着いて早々に席を立ち、この場から離れてしまっていた。
壁一面ガラス張りになった喫煙スペースは、特別会議室入口から100メートルほど離れた一画にある。
薄ベージュ色の羊皮のソファが12脚、スタンド型のアッシュ・トレイが6個置かれ、天井には強力な空気清浄機能が備えられているため、煙がフロア内に残ることはない。
会議室からだいぶ離れているという事と、こういった喫煙用の場所がこの階にまだ数箇所用意されているという事もあって、今現在ここにいるのはレイン一人だけだった。
煙草を燻らせながら、レインは溜息をつく。
もう一本取り出そうとシガレット・ケースを取り出したが、中身は空だった。
スーツを探るも、予備は見当たらない。
そうしてようやく、既に2箱も空けてしまっていた事に気がついた。
――ストレス、だな。
そう思い、レインは微苦笑する。
会いたくない奴と…あいつと顔を合わせる事以上のストレスなんてない。
李と対峙した時に感じる、得体の知れない恐怖。
第三者に見せる外見や素振りは偽りだと、自分でも解っている。
内面の脆さは、痛いほど自覚している。
落陽に赤く染まる街を眼下に望み、高さ7メートルにも及ぶガラス壁面にそっと触れる。
茜色の窓に、黒い影が差した。
窓越しにその姿を認め、それを幻とも見紛えたレインは、狐につままれたような心地で瞳を瞬かせる。
「気分でも悪いのか?」
だが、それは幻視などではなかった。
背後から確かに聞こえた肉声。
SNIPERの徽章が縫取られた黒い軍服は、彼仕様に作られた特別製だ。
男はワイルドな笑みを浮かべ、ゆっくりとレインに歩み寄ってくる。
「…ブラッド」
振り返ったレインが、惚(ほう)けた様子で彼の名を口にした。
「…なんでここに」
ブラッドは軽く両手を開き、肩を竦めてみせる。
「サボって来たわけじゃないぜ。仕事は全部片付けた。…何となく来ただけ」
レインは小首を傾げると、口辺を僅かに綻ばせ、挑発的に片眉を上げた。
徐に腕を組み、彼らしい高慢な態度でブラッドを眇め見る。
「西海岸(カリフォルニア)から、東部(ここ)まで…何となく?」
「そ。メシ食いたくて」
いつものように。
当然のように、ブラッドがレインの肩に腕を回した。
「ラッツ・クリスでステーキ食って、エンリコでビスコッティ食いたい。…腹減ってる?」
「……」
ただ、触れられただけ。
たったそれだけの事で、悪鬼の巣窟としか思えなかったこの空間に立っている事が、苦ではなくなる。
――依存症(ラヴ・シック)だ。
――本当は離れたくない。いつも傍にいてほしい。
そう思ってしまう自分が恐ろしくて、浅ましい気がして、彼を遠ざけてしまう。
今日だって例外じゃない。
だからこそブラッドをカリフォルニアに行かせ、距離をとった。
――それなのに。
スナイパーが本部を置くベセスダの街はメリーランド州に含まれるが、総面積2万8000平方キロメートルにも及ぶ本部は州をまたぎ、ヴァージニア州アーリントン寄りに位置している。
ヴァージニア州は軍需産業の総本山であり、業界トップ同士の会談がよく行われる場所でもある。
州内ボールストン地区にあるメイシー・アーリントン・ホテルは、地下鉄オレンジ線のボールストン駅に隣接し、周辺のオフィスビルとスカイウォークで直結している。
ホテル内25階の特別会議室には、政策行動委員会やライフル協会、外交関係評議会といった強大なビジネス・グループが集まっていた。
今回の会合の目的は、優秀な人材の発掘と養成だ。
軍需産業は、知性と武力を同時に学ぶ場として、大学を位置づける。
大学での養成から軍需産業への人材の送り込みまで緻密なプロジェクトが進められ、全米の中でも特別優秀な人間が採用される。
軍事組織にとって、優秀な人材はどんな武器にも代えがたい。
業界トップのSNIPERにしてもそれは同じだったが、レインはこういった会合に参加するのをあまり好まず、普段ならば幹部に任せている。
だが今日は、そのレインが出席するという事で、各代表者達は明らかに沸き立っていた。
参加者達は会場内で彼を探すも、その姿は見当たらない。
レインは着いて早々に席を立ち、この場から離れてしまっていた。
壁一面ガラス張りになった喫煙スペースは、特別会議室入口から100メートルほど離れた一画にある。
薄ベージュ色の羊皮のソファが12脚、スタンド型のアッシュ・トレイが6個置かれ、天井には強力な空気清浄機能が備えられているため、煙がフロア内に残ることはない。
会議室からだいぶ離れているという事と、こういった喫煙用の場所がこの階にまだ数箇所用意されているという事もあって、今現在ここにいるのはレイン一人だけだった。
煙草を燻らせながら、レインは溜息をつく。
もう一本取り出そうとシガレット・ケースを取り出したが、中身は空だった。
スーツを探るも、予備は見当たらない。
そうしてようやく、既に2箱も空けてしまっていた事に気がついた。
――ストレス、だな。
そう思い、レインは微苦笑する。
会いたくない奴と…あいつと顔を合わせる事以上のストレスなんてない。
李と対峙した時に感じる、得体の知れない恐怖。
第三者に見せる外見や素振りは偽りだと、自分でも解っている。
内面の脆さは、痛いほど自覚している。
落陽に赤く染まる街を眼下に望み、高さ7メートルにも及ぶガラス壁面にそっと触れる。
茜色の窓に、黒い影が差した。
窓越しにその姿を認め、それを幻とも見紛えたレインは、狐につままれたような心地で瞳を瞬かせる。
「気分でも悪いのか?」
だが、それは幻視などではなかった。
背後から確かに聞こえた肉声。
SNIPERの徽章が縫取られた黒い軍服は、彼仕様に作られた特別製だ。
男はワイルドな笑みを浮かべ、ゆっくりとレインに歩み寄ってくる。
「…ブラッド」
振り返ったレインが、惚(ほう)けた様子で彼の名を口にした。
「…なんでここに」
ブラッドは軽く両手を開き、肩を竦めてみせる。
「サボって来たわけじゃないぜ。仕事は全部片付けた。…何となく来ただけ」
レインは小首を傾げると、口辺を僅かに綻ばせ、挑発的に片眉を上げた。
徐に腕を組み、彼らしい高慢な態度でブラッドを眇め見る。
「西海岸(カリフォルニア)から、東部(ここ)まで…何となく?」
「そ。メシ食いたくて」
いつものように。
当然のように、ブラッドがレインの肩に腕を回した。
「ラッツ・クリスでステーキ食って、エンリコでビスコッティ食いたい。…腹減ってる?」
「……」
ただ、触れられただけ。
たったそれだけの事で、悪鬼の巣窟としか思えなかったこの空間に立っている事が、苦ではなくなる。
――依存症(ラヴ・シック)だ。
――本当は離れたくない。いつも傍にいてほしい。
そう思ってしまう自分が恐ろしくて、浅ましい気がして、彼を遠ざけてしまう。
今日だって例外じゃない。
だからこそブラッドをカリフォルニアに行かせ、距離をとった。
――それなのに。
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