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SCENE SECTION

01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結


――あんな力は見たことがない。

一哉は愕然とする。

――沙羅の力は…俺やレインのものとは違う。
――沙羅を護ってるのは…風だけじゃない。

風神は彼女を、この世界の最後の希望として選んだ。
沙羅は、聖の器になるべくして生まれた人間。

一哉は初めて、その事を痛感していた。

聖の粒子が霧状に飛散し、室内にキラキラと舞い落ちる。

浄化されていく。
シェルター内の瘴気を光の雨が昇華させ、清めていく。

雰囲気が一変したことにノーマンでさえも気づき、何事かと辺りを見回している。

恍惚とした表情を浮かべる沙羅の身体を、風と光が覆う。

地下空間を照らす太陽。
凍てつく氷すら抱擁し、撫で溶かす彼女の情愛が、この場に存在する全てへと分け隔てなく降り注ぐ。

「素晴らしい…!」

光に引き寄せられる虫のように、ヨタヨタと沙羅に歩み寄ったノーマンは、忘我(ぼうが)の境(きょう)で彼女を見つめ、感嘆の吐息を漏らした。

その一方で、一哉は力無く膝を折って地面に手をつき、苦しそうに肩で息をしている。

闇に服従する事を誓い、光から身を堕とした一哉にとって、沙羅の聖なる光は毒以外の何でもない。

聖の波動に触れた怪物もまた、苦しみ悶え、巨体を震わせながら咆哮を上げた。

大音声を耳にした沙羅が、我に返ったように肩を揺らすと、白光は彼女の胸元に吸い込まれ、やがて消えていった。

「一哉!」

蹲る一哉に気づき、沙羅が駆け寄る。
沙羅が一哉の肩を抱いたと同時に、けたたましい叫び声が室内に轟いた。

ブラッドの右腕に怪物のドス黒い体液が伝い落ち、ボタボタと地面に垂れる。
彼の鉤爪は怪物の胸部へと深く喰い込み、心臓を一突きにし、背中へと貫通していた。

腰を落とし、両足に力を込め、ブラッドは拳を握り締める。

スピリッツを漲(みなぎ)らせたその腕を横ざまに払い、骨を砕き割りながら巨体を一刀両断にし、その勢いのまま上半身を捻った体勢で、止(とど)めとばかりに左膝を胸部に食い込ませると、身の毛がよだつ様な、恐ろしい断末魔が響き渡った。

怪物が傾ぎ、ゆっくりと横転する。

サイド実験台と画像解析装置が巨体に押し潰され、巻き込まれて転倒した冷蔵保存機器のガラスが砕け散った。

仕切り板を突き破って倒れた怪物は微動だにもせず、起き上がる気配は無い。

ブラッドの身体を彩っていた刻印は薄れ、褐色の肌に溶け込み、消えていく。
プラチナ・ブロンドを乱し上げたブラッドは、惚(ほう)けた顔つきで立ち尽くしていた。

右腕から滴り落ちる怪物の体液を見つめ、そして、足元に斃れた怪物を見下ろす。

――変化(ハイブリット・レイズ)…してたのか。

ブラッドが覚えているのは、シェルターの前に立ち、ノーマンと話していたところまでだった。
一度変化してしまうと、凶悪な殺意に意識を乗っ取られ、発動中の記憶は失われてしまう。

スピリッツを使い果たし、変化が解けて、彼の意識が戻る頃には――大抵は、見るも無残な地獄の光景が広がっている。

だが、ブラッドのスピリッツは尽きていないし、倒れているのは巨大な怪物とフィクサーだけだった。

ブラッドは首を傾げ、腑に落ちない様子で一考する。

――沙羅ちゃんと藤間に危害が及ばなかったのは何よりだった…とはいえ。
――俺…どうやって戻ったんだ?

「ブラッド…」

跪座(きざ)の姿勢で一哉を介抱していた沙羅が、ブラッドに安堵の笑みを見せた。
ブラッドは沙羅へ身体を向け、神妙な面持ちで彼女を見つめる。

――あの光。
――沙羅ちゃんから放たれた、あの柔らかい波動。

白光を目にした時から、俺の意識は戻り始めていた。
レインの意識が戻った時もそうだった。
沙羅ちゃんが白い光を放出して…。

――あの光は何だ?

「素晴らしい…! 神を宿すだけでなく、聖なるものを降臨させるとは…」

ノーマンは思い昂ぶり、突然沙羅の腕を掴むと、膝をついていた彼女を強引に引き上げた。
華奢な両肩を掴み、激しく前後に揺する。

沙羅は、正気の沙汰ではないノーマンの言動に狼狽し、逃れようと身を捩じらせる。


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