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SCENE SECTION

01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結


フィクサーの一体が胴体を揺らした。
それは、ようやく訪れた――戦闘開始の合図。

――フィクサーとは先刻戦った。
そう思いながら戦闘態勢に入り、一哉は腰を落とす。

一度戦った相手に敗けることは、彼の主義に反する。

一哉は戦いに意識を集中させ、己を奮起させると、隣で同じ構えをとった沙羅へ視線を向ける。

「沙羅、行くぞ」

沙羅は、一哉を横目にしながら頷き、立ちはだかるフィクサー1体ずつに、ゆっくりと目を配る。

先程までとは一変して、沙羅は落ち着いた表情をしていた。

彼女の心に蟠(わだかま)りはなく、何故だか今は、不安に乱される事もなかった。

フィクサーや正体不明の怪物に囲まれ、青ざめる程の恐怖に脅えていたはずなのに、彼女の精神は今、不思議なほど安らかだった。

――今なら…風が応えてくれる気がする。

沙羅の身体を、柔らかな微風が包んだ。

こんな時は目を閉じれば、温かな日だまりが感じられる。
まるで世界から音が消えてしまったかのように、心に静寂のカーテンが落ちる。

白く柔らかで、心地いいものが身体を満たすから、恐れを感じないのだ。

不思議な力、不思議な存在。
何かが自分を突き動かすのを、沙羅は感じていた。

そして、その光はいつも、こう言うのだ。


――「光を(ライト・オブ・ホープ)」と。


一閃。
長い爪を振り翳したフィクサーの手が、沙羅の鼻先を薙いだ。

巻き起こった衝撃波が、彼女の頬を掠め切る。

三体のフィクサーが、宙へ逃れた沙羅へ追撃を仕掛けてきた。

いつもより強く沙羅と共鳴した能力呼応金属(オーリキャルク)が、キンと甲高い音を立てる。

ナイフを握った沙羅の右手には白いスピリッツが満ち溢れ、不思議な高揚感が彼女を昂ぶらせた。

視覚で捉える事すら儘ならなかったはずのフィクサーの動きはスローモーションのように映り、迷いの無い心に突き動かされた身体は、違和感を覚えるほど俊敏に躍動する。

揺るぎない自信が精神を支配し、沙羅を導く。
まるで、高みへと引き上げるように。

「沙羅…!」

フィクサーに囲まれた沙羅を、一哉が仰ぎ見た。

その一哉の背後から、蜘蛛型のフィクサーが網状の粘液を放射する。
咄嗟に身を躱した彼の前方に現れる、同型の二体。

「ッ……」

壁に手を当てた一哉は蒼(あお)いスピリッツを滾らせ、周囲一帯の地属性を支配する。

フィクサーの一体は、変形した地面に足を呑まれ、ゆっくりと地中へ引きずり込まれていくが、もう一体は彼の能力から逃れ、空中へと跳躍する。

――逃がすかよ…!

ナイフを握った一哉は、もう一体が宙へ逃れたと同時に地面を蹴り、それに狙いを定めると、フィクサーの身体を一気に切り裂いた。

切断されたフィクサーの肉片が地面に落下し、そして上空では旋風が巻き起こった。

沙羅を取り巻く鋭い風の刃に刻まれ、フィクサーが断末魔の叫び声を上げる。

身体を一回転させて降下した沙羅の足元を、柔らかな風が包んだ。
着地する直前でふわりと爪先を浮かせ、主である沙羅の身体への衝撃を緩和する。

沙羅は地面に着地しないまま、正面から飛び掛かってきたフィクサーの姿を真っ直ぐに見つめた。

赤い突起物で表皮を覆い、耳まで裂けた口から涎を垂らしながら向かってくるそれは、間違いなく化物(モンスター)と呼ぶに相応しいものだ。

だが、沙羅はそれが発する悲痛な叫びを、確かに聞き留めたような気がしていた。

「彼」は助けを求めている。
解放してくれと。

白いスピリッツに覆われた両手を広げ、沙羅が微笑む。
その姿はまるで、大翼を開げて飛び立たんとする鳥のようだ。

――光。
眩い威光が彼女を包んだ。

アリのプロテクトにも似ているが、彼女の纏う光はもっと神々しく…温かい。
一哉はその光景を目にし、驚愕に目を見開いたまま静止する。

彼女は今、自分が何をしているのかということに…気づいているのだろうか。
そう思い、ただ彼女に見入る。

聖母を想わせる崇高な表情で、まるで罪を洗い流すかのようにフィクサーに触れる沙羅は、博愛に満ちている。

慈しみを込めてそっとフィクサーを抱き締めた沙羅が、祈るように目を閉じた。

彼女を中心としてヴェール状に広がった風が、光と共にフィクサーを包み込み、光に抱かれたフィクサーの身体は、ゆっくりと空へ昇っていく。

闇に属する異形の生物であるはずのフィクサーが、天に迎えられ、安らかに消えていく。


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