page18

SCENE SECTION

01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結


シェルターの壁面は大破し、衝撃波によって出来た亀裂から瓦解し始めた地下空間は、地響きと共に崩壊の時を迎える。

それはまさに、一瞬の出来事だった。

咄嗟に沙羅を抱き、身を躍らせた一哉がシェルター内に滑り込んだ刹那、遥か400メートル上空から落下した瓦礫が、つい先程まで彼等のいた場所へ次々と降り積もり、未だかつて二人が経験した事の無い程の、凄まじい揺れと轟音が巻き起こった。

――1秒でも、一哉の判断が遅れていたなら…

沙羅は、首の皮一枚で命をつないだ事をようやく認識し、ほんの鼻先で起きた大惨事を…眼前に降り積もった瓦礫の山を茫然と眺めていた。

放心状態の彼女を片腕に抱いたまま、一哉はナイフを抜き放つ。

不測の事態に陥ろうとも、彼は冷静さを失わない…気持ち悪い魚以外には。
沙羅を護らなくてはならない状況では尚更だった。

「平和的解決の道も退路も、完全に塞がれたな…沙羅、動けるか」

今もって声は出なかったが、沙羅はぎこちなく首肯する。

瓦礫と向き合うかたちで腰を抜かしている沙羅とは逆の方向を見渡し、シェルター内の状況を確認しながら、一哉は静かに戦機を待っていた。

白で統一された室内。
天井は高く、広さはテニスコート2面分ほど、壁には幾つかの扉がある。

遺伝子工学実験室と同様の造りになっており、遺伝子解析用のシーケンサー、高精度な温度制御を備えたクロマトチャンバー、DNAやタンパク質を分離する超遠心機、バイオハザード対策用キャビネット等、地上施設にも劣らぬ高価な設備が置かれている。

だがしかし、一哉と沙羅を囲んでいるのはそれだけではない。

壁沿いに置かれたゲージから這い出すものは、ソールズベリーで見たものと酷似している。

――FIXER(フィクサー)

戦慄を覚えながらも、一哉は身動(みじろ)がない。
視線をめぐらせ、己がどう動くべきかを熟考する。

この場にいるのは、ブラッド、ノーマン、フィクサー…そして、もう一体。

――何だ、あれは?

3メートルを優に超える巨体、否、もはや肉塊なのか。

肌色に近い淡紅色(たんこうしょく)をした生物の表皮は皺だらけで、頭部と思われる場所に片眼と思(おぼ)しきものがあるが、その他の顔のパーツは全身の至るところへ散っている。

膨らんだ腹部は縦に裂け、露になった内臓から突き出した触手は、ネバついた黄色い液体を滴らせながら蠕動(ぜんどう)している。

それは、ブラッドの攻撃からノーマンを庇い、耳を劈(つんざ)くような咆哮を上げた。

高速で伸縮する触手を無数に地面へ這わせながら蠢く様は、身の毛がよだつような光景だったが、一哉はその姿に不思議な既視感を覚えていた。

一哉と沙羅を囲むフィクサーは10体ほど。
それに、あの怪物とノーマン。

――おかしい。
――今回の首謀者であるはずの、ツォンがいない。

一哉は目だけを動かし、室内を一望する。

袋小路に当たるこのシェルターの何処かに、地上への逃げ道があるのは確実だろう。

――そこから逃げた…?

ふと目を据えた先には、この窮地の最中、ブラッドと怪物の戦闘を興味深げに分析しているノーマンの姿がある。 

一哉はノーマンを蔑視し、忌々しそうに舌打ちした。

――あいつが組織のメンバーだなんて…反吐が出そうだ。

組織からレインを守る為に彼の自我を奪おうとしたとノーマンが言ったのを思い出し、一哉は失笑を漏らす。

――莫迦なヤツだ。
――聯(ルエン)が生贄(ベルウェザー)としてあいつを選んで、刻印が焼かれた以上…レインにもう、逃げ道なんてない。

生贄の刻印は、儀式と血の契約によって人間から魔に転生したものが、この世界でたった一人にだけ与えることの出来る、魂の呪詛。

選ばれた者は主に魂を食われ、身も精神(こころ)も全て主に支配される。

聯はレインを縛ることを望まず、精神も肉体もレインの自由に使わせ、儀式の記憶も奪ってしまった。

REDSHEEPや傘下組織の中で、その事実を知る者は殆どいない。

――当然、ツォン・バイみたいな下位級(ザコ)は知らないはずだ。

聯が望んでいるのは、自我のあるレインが自ら、聯に屈服する事だ。

レインが手に入れた大切なものを少しずつ奪い、壊し、聯以外の何も望まなくなるまで追い詰めること。


BACK     NEXT

Copyright LadyBacker All Rights Reserved./Designed by Rosenmonat