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SCENE SECTION

01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結


「レインに何をした。貴様の目的は、あいつを殺す事じゃないはずだ。なぜあんな苦しめるような真似を…」

『苦しんでいる? …自我がまだあるのか?』

ノーマンの音声にノイズが交じる。
その中に奇怪な音を聞き咎め、沙羅と一哉が懐疑的に顔を見合わせた。

しかしブラッドは、そんな雑音など構わない様子で、ノーマンの発言に戦慄(わなな)き、拳を震わせている。

『信じられん…まだ抵抗しているのか』

「ッ…答えろノーマン! レインに何をした!」

ブラッドがコンクリートに右足を叩きつけた。

厚さ170センチの超硬コンクリートが、鳴動と共にクレーター状に窪み、その周囲に放射線状の亀裂が入る。

空気が震動し、沙羅達の身体にも衝撃波が伝わった。

ブラッドが放った鬼気迫る威喝(いかつ)に戦(おのの)いた沙羅は、身を硬直させ、愕然と彼の背中を見つめている。

「お前だけは…赦さねぇ…!」

平時のブラッドからは推し量れない、恐怖すら覚える程の凄まじい剣幕に圧倒され、沙羅だけでなく一哉までもが数歩後退(あとずさ)る。

『組織の王(グランド・マスター)が望むものは、自我のあるbQ7735だ』

「?」

ブラッドが訝しげにシェルターを見上げた。

その背後で顰蹙(ひんしゅく)する一哉は、別の感情をもってシェルターを睨んでいる。

ノーマンに自制を呼び掛け、組織やレインの過去に関する発言を、抑止する意味合いを込めた瞳で。

しかし静寂は破られ、可惜(あたら)声は続く。

『生贄(ベルウェザー)に選ばれ、印を焼かれたとはいえ…自我を失わせれば、王(マスター)はきっとbQ7735から興味を失くす。そうすれば、bQ7735は私の元に返ってくる。あのウィルスはその為だけに…組織からbQ7735を守る為に、私が組織に隠れて開発し、bQ7735に適応させたものだ。bQ7735を救うには、最早…あの手しかなかった』

狂気と沈痛を含んだノーマンの声は徐々に小さくなり、震える。

その声に交ざって空間に響くのは、荒い息遣いだ。

まるでノイズのような――否。
――生物の呻き声。

何かが、シェルターの中で呻いている。

釈然としない表情でノーマンの言葉を傾聴(けいちょう)していたブラッドは、その中から最も気になった一文を声に出し、その真意を問いかける。

「自我を失わせるだと? …どういう意味だ」

ブラッドが予期していたよりも早く、ノーマンの声が返ってくる。

『一度ウィルスに感染したら、bQ7735は永久に自我を失う。マシウスがbQ7735の身体を支配し、私のコントロール下に入るはずだったのに…。抵抗できるはずがない。そんなイレギュラーなど…データ上、起こるはずがない。苦しんでいる? 抵抗する自我を弱らせようと、ウィルスが肉体へ攻撃を仕掛けているということか…』

ノーマンは計算式を暗唱するかのように、抑揚のない口調で連射砲(マシンガン)の如く声を発している。

「…ッ!」

独白とも取れるノーマンの返答に、ブラッドは眦(まなじり)を決した。
獣の凶相でシェルターを見据え、殺気を迸(ほとばし)らせる。

ブラッドの右頬に刺青(タトゥー)のような黒い刻印が浮かび上がり、全身から爆発的に放たれたスピリッツは稲妻の如く周囲へと放出され、刃となり、沙羅と一哉の防護服を掠め切る。

「ブ、ブラッド…!?」

沙羅は両腕で身を庇うようにしながら、何とか彼の名を呼ぶが、その声は届かない。

ブラッドの艶やかな褐色の肌に浮かび上がった、黒い刻印。
逞しい体躯を刻印で覆ったブラッドは、まるで黒い獣のようだ。

「ヤバい。あいつキれたぞ…!変化(ハイブリット・レイズ)しやがった…!」

一哉が絶望的な声を上げた。

禍々(まがまが)しくも美しい、躍動的な黒斑(こくはん)に彩られたブラッドの、百獣の王ならぬ殺戮の王たる風貌に圧倒され、二人はただ凝然と立ち尽くす。

だが一哉は、危急の事態に陥りながらも、この難局に策を講じようと頭を絞っている。

一方で、未だこの状況が飲み込めない沙羅は、ブラッドと一哉を交互に見比べ、辺りを見渡し、ただ困却している。

「こ、交渉してる場合じゃなくなったってことッ?」

沙羅の声が上ずる。

「調教師(レイン)でも連れて来れりゃ、話は別だろうけどな…いいか、沙羅。俺にしっかり…」

言いさしたところで、一哉の声は拳撃音に掻き消された。

―― 一撃。
ブラッドの鉄拳が、シェルターのコンクリートを粉砕した。


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