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SCENE SECTION

01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結


ヘリから降下した俺達は、小国の民兵に囲まれながらも何とかリーダー達を捕らえ、生きた空も無い地獄をひた走った。

チャット(麻薬)でキめた民兵達の血走った目、仲間の叫び声、銃声。

後(のち)に「血の20時間(ブラッドシッドⅫ)」と呼ばれる事となるこの戦いは、当時の軍の脆弱性を浮き彫りにした。

民兵を見くびり、ハイテク装備を過信し、縦割りの命令系統でタイムラグを連発した国連軍の作戦は、30分どころか、夜をまたぎ、20時間にも及んだ。

大規模な市街戦へと発展した現地の惨状は、まさに地獄絵図だった。

平和維持軍は小国の民族を大量虐殺する、というプロパガンダに踊らされ、暴徒と化した一般市民までもが国連軍に対し徹底抗戦を始め、暮夜(ぼや)の中、苛烈な銃撃に曝された俺達は、航空支援すら受けられない状況で孤軍奮闘し、夜通し戦い続けた。

両足に被弾し、動けなくなった仲間を背負いながら、俺はただひたすら走り続けた――市街地の複雑な地理は、当然ながら現地の民兵に有利だった。

逃げ場を失った俺は、建物の陰に仲間を隠し、囮になろうと民兵の前に飛び出した。
全身に被弾した俺は膝から崩れ落ち、そして――意識を失った。



俺は、回復する見込みのない息のある死体として、軍用医療施設に送られた。



陸海空の有益な能力を持つ生物や獰猛な生物等、多種の生物の遺伝子を人間に組み込み強化する事で、最強の兵士を生み出し、それを統制(コントロール)する。

比類なき最強の軍隊を創り出すという気狂(きちが)い染みたプロジェクトは、第二次世界大戦以後、REDSHEEPの指示の下で、秘密裏に行われてきた。  

勿論、理論上は成功し得ない。
奇跡でも起きなきゃ、適応なんざ出来るはずがない。
だが、多くの能力者が存在するこの世界の常識は、とっくに覆ってる。
現に俺は、そうやって能力者になった。

そうだ。
その実験体として使用されたのが、当時の負傷兵――俺達だった。

それとは知らず、軍用の医療施設で遺伝子混合手術を施された俺は、何ヶ月も生死の境を彷徨(さまよ)った。

人間という遺伝子の基盤を壊された身体は、内部から引き裂かれ、音を立てて変形し、体内で蠢く何かによって表皮が突き破られる。

全身から噴き出した血や破裂した内臓が地面に飛び散り、数時間で部屋一帯は、肝脳塗地(かんのうとち)の有様だ。

千切れた身体は数時間で再生し、また引き裂かれる。

鎖に繋がれ、ただ苦しみもがいた。

人でなくなっていく自分の身体を恐れるよりも、声も上げられない程の激痛で思考は停止し、ただ、死にたいと願っていた。

アメリカ合衆国に、ブラッド・ジラという人間はもう存在しない。
病院に運び込まれた三日後に死亡。
公式記録にはそう記され、アーリントンには俺の墓標もある。




瞑目すれば未だ鮮明に脳裏に蘇る凶夢は、決してブラッドの中から消える事は無い。

だが、たとえそれが心的外傷(トラウマ)になっていたとしても、過去は過去でしかない…過ぎ去りし日に拘泥(こうでい)する事は生を否定する行為だという事を、彼はよく弁(わきま)えていた。

凄惨とも言うべき昔日(せきじつ)の記憶を一笑に付し、ブラッドは、今立ち向かうべき問題へと思考を切り替える。

――ノーマンは、能力者研究に固執する狂人だ。
――絶好の研究対象になり得る藤間と沙羅ちゃんを殆ど戦わせなかったのは、正解だったかもしれない。

淡々としたノーマンの声が、一円に響き渡る。

『本当ならば、ここで君達と№27735…レイン・エルを戦わせるつもりだったんだがね。№27735のコントロールが、何らかの形で外れてしまったらしい。№27735はどうしている? あれを暴れないように縛りつけておくのは、大変だろう』

ソールズベリーでのレインを思い返し、ブラッドが顔を険しくした。

「その名であいつを呼ぶな」

ブラッドの瞳孔が縦に細くなり、剣呑さを滲ませる。

理性を保ってはいるものの、沸き立つ怒りを自制するブラッドの拳は、ギリギリと音を立てている。

――この男だけは…赦(ゆる)せない。


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