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SCENE SECTION

01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結


「あーヤダ、もーヤダ。臭いし暗いし訳解んないし、キモいッ! 早く地上に出たいよ…」

半泣きの沙羅がボヤく。

魚との対面以来、彼女が意味もなく両耳を塞ぎ続けていることに疑問を持ちつつも、ブラッドは二人を振り返る。

「能力者って言っても、やっぱ女の子だな。…おい藤間、お前は別だぞ。男があの程度で怯えてどうする」

憔悴(しょうすい)し切った顔をブラッドに向け、一哉は力無く首を振る。

「男とか、そーいう問題じゃねぇだろ。臭いし! 俺、あーいうキモいの駄目。虫とか魚とか、足がいっぱいあるのとか…ッ」

言いさし、顔を上げた次の瞬間、一哉は更に色を失った。
彼の予言通り、足がいっぱいあるものが宙を舞う。

「!!!」

蜘蛛形の、2メートルはあるだろう毛むくじゃらな未確認物体が頭上から降ってきて、慟哭(どうこく)の声すら上げられず失神寸前の一哉を、ブラッドが片腕で退かす。

「やれやれ…」

ど真ん中を貫かれたそれの刺傷から、紫の体液がドバッと噴出した。
沙羅は悲鳴を上げ、寸(すん)でのところでそれを躱す。

そんな二人の様子に呆れ果てたブラッドが、溜息混じりに言う。

「どんだけぬくぬくと育ったんだ、お前らは…。少しは戦え」

ブラッドの腕には紫色の体液がとっぷりとかかっていたが、彼はそれを、まるで窓枠に積もった埃でも取るように、もう片手で躊躇なく払い落した。

一哉は、そんなブラッドから数歩遠ざかり、指をさしながら喚く。

「どーかしてるぞ、おまえっ! い、今すぐ手を洗えッ!! つか、なんで平常心!? 有り得ねぇっ! 俺、絶ってぇ無理!」

廃塵の悪魔(アッシュ・イーヴル)の異名を持つ冷酷無比のエージェント、藤間一哉が、普段なら絶対に第三者には見せないであろう、15歳らしい幼顔で怒鳴る。

「も〜ヤだッ!! 虫とか魚とか、俺はほんっとに気持ち悪いの、嫌いなんだッ」

掠れた声を癇癪混じりに上ずらせ、一哉はダンダンと地団太を踏んだ。
すごい必死だし、ちょっと涙目。

「……」

ブラッドは片方の掌を広げ、目元を隠すように両方のこめかみを押さえると、素早く背を向けた。

笑いを堪えながら端末を見下ろし、一哉のプライドを傷つけまいと、何とか誤魔化す。

「もうすぐ着くから。頑張れよ…」

フォローのしようがなく、それしか言えなかっただけのブラッドの呼び掛けに、恐ろしく余裕の無い有様で袖に取り縋(すが)って来た一哉が、念を押すように何度も問い質す。

「ほんとかッ、ほんとーーに、もうすぐなんだなっ」

そんな一哉の言動に煽られ、同調した沙羅もまた、ブラッドに縋り付く。

「ブラッドーッ、こわいよー」

――あんなに余裕ぶっこいてたくせに、こいつら…。

沙羅と一哉はブラッドの防護服を引き伸ばし、果樹に吊り下がる果実の如く、たわわに実っている。

ブラッドは今になって、とんでもない荷物を背負い込んでここまで来てしまった事を、心の底から後悔していた。

――考えてみれば、沙羅ちゃんはまだ12歳だし、藤間も15歳。
――戦う能力と身体はあっても、精神的には二人共、まだ子供か。

「ほら、解ったから。ちゃんとついて来いよ。はぐれたら、化物新作発表会へ強制ご招待だぞ」

「うう…そんな発表会、絶対厭だ…俺は見ない…」

「もうイヤ…」

ブラッドは仕方なく、しがみつく二人をそのまま引き連れ、先を急ぐ。
ノーマンらが潜伏しているシェルターは、もうすぐそこまで迫っている。

「!」

端末の指示通りに突き当たりを曲がると、正面にシェルターが見えてきた。

ブラッドは襲い来るクリーチャーを片手で捌(さば)きながら走り、そんな彼の防護服を掴みながら引き摺られるようにして走る(ぶら下がる)二人は、完全に目を閉じ、足だけを動かしている。

正面に広がる、茫漠(ぼうばく)とした空間。

奥に設置されたシェルター以外、そこには何も無く、仰ぎ見れば、遥か400メートル上空へと暗闇が続いている。

風が吹き上げる…頭上に広がる深淵は不可視だが、空気が昇っていくという事は、天井が空いているという事だろう。

シェルターは厚さ170センチの超硬コンクリート造りで、継ぎ目のない一体構造になっている。


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