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SCENE SECTION
01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結
医療チームを呼ぶ為に席を立っていた一哉が、ゲストルームに戻って来た。
室内に漂う只ならぬ空気を察知し、何事かと目を瞬かせる。
「生贄(ベルウェザー)…貴様が、俺を…そう呼んだ。どういう、意味だ。…貴様、俺に…、っ…何を、した?」
正面に立つ聯を気息奄々と睨めつけながら、レインが糺(ただ)す。
「……」
しかし、無機的な表情でレインを見つめる聯は黙したままで、何も語ろうとはしない。
成り行きを見守っていた沙羅と一哉が、顔を見合わせてから首を捻った。
レインの言葉は荒唐無稽とも思え、脈絡もないように聞こえるが、ただ錯乱しているだけとは見受けられない程の気迫が、彼にはある。
事の真相を量りかねた沙羅は、レインの身体の事も憂慮し、居ても立ってもいられずに、聯に問いかける。
「ル、聯(ルエン)…どういうこと…?」
機体がゆっくりと傾き、目的地付近の空き地に軍機の前輪が接地した。
聯は、到着を告げに来た戦闘員に片手を上げて応じてから、困ったように沙羅を見遣る。
彼の温顔からは、何の感情も読み取れない。
主翼下のタイヤが接地し、着陸と同時に起きた震動で機体が揺れた。
刹那、意識を失ったレインが崩れ落ちる。
「ッ…!レイン!」
脱力し、ブラッドに凭れかかったレインは、ぐったりと目を閉じたきり動かない。
そんな彼を見つめていた聯が、俄かに手を伸ばした。
レインに気を取られ、聯の挙動に気付かなかったブラッドがようやく反応した時には、聯はレインの膝下(しっか)に腕を差し入れていた。
そして、その身体を滑らかな動きで奪うと、当然のように彼を抱き寄せる。
「な…」
不測の事態に熱(いき)り立ち、ブラッドが声を荒げる。
「何のつもりだ、李…!」
しかし聯は、常時(いつも)と変わらぬ冷厳とした態度を崩さない。
「到着したようだ。ブラッド、君は沙羅と一哉と一緒に、地下施設へ向かってくれ」
「ッ…!」
力づくでもレインを取り戻そうと手を伸ばしたブラッドだったが、その手は聯に触れる直前で何かに隔てられ、鋭く弾かれた。
虚空の中に、確かに生じた衝撃。
電気が走ったような痛みを感じたブラッドの指先は痺れ、火傷を負ったような赤い痕が出来ている。
「レインは私が預かる」
ブラッドは、聯から発せられた得体の知れない冷気に結舌(けつぜつ)し、常人には起こし得ぬ現象の源を探ろうと、彼を凝視する。
――何も無かった。
――何も…視えなかったし、感じなかった。
――藤間にも沙羅ちゃんにも、今のは解らなかったはずだ。
「レインが心配なのは私も同じだよ、ブラッド。完全な自己修復機能(オート・リカバー)を備えているはずの彼が、これだけ弱るなんてね」
聯の何事もなかったかのような物言いに、ブラッドは益々警戒を強め、訝(いぶか)る。
――今の衝撃は普通じゃない。
――レインの放つ焔に似た…。そうだ。
――あれは、スピリッツだ。
多種の遺伝子が組み込まれたブラッドの感覚は、常人よりも格段優れている。
――さっきの李からは、誰よりも濃い瘴気を感じた。
――現場には訪れず、直接血に塗(まみ)れるような蛮行(ばんこう)とは無縁なはずの李が、なぜ戦場に立つ俺達よりも強く、戦渦(せんか)の臭いを感じさせる?
聯は、敵意も露に対峙するブラッドを去(い)なすかのように、親しげな巧笑をつくってみせる。
「レインの容態は緊急を要する。今の状況もね。彼が回路を修復してくれたとはいえ、また電脳スペースの攻防が再開すれば、政府、軍部のエンジニアではノーマンの部下に勝てないだろう。再び電脳スペースにレインを侵入させるのは、私も避けたい。そうなる前に、ツォンとノーマンを捕獲する必要がある」
機体はベルファスト地下施設付近に着陸し、扉の外では、施設付近の制圧に成功した先発部隊の増援に向かう戦闘員の忙しい足音や、治療に向かう医療チームの掛け声が響き、未だ危機の過ぎ去らぬ現状を、ブラッド達に認識させる。
緊迫した空気の中、寸刻の沈黙が流れた。
聯とブラッド、向かい合う二人は、ただ黙然と見つめ合っていたが、臨戦態勢のブラッドの全身からは、荒々しいスピリッツが滲み出している。
褐色の肌を艶めかせる翡翠(ひすい)の光彩。
その光を眺めていた聯が、忽然と口角を吊り上げた。
それは、紛れもない挑発だった。
それを戦機と取り、眼光を鋭くしたブラッドが爪先に体重を乗せたところで、入口の扉が開いた。
「失礼致します」
戦闘員数名がゲストルームに入室し、敬礼した。
室内の状況など知る由もない彼等は、その空気を推し量ることなく、明快に通達事項を述べ始める。
医療チームを呼ぶ為に席を立っていた一哉が、ゲストルームに戻って来た。
室内に漂う只ならぬ空気を察知し、何事かと目を瞬かせる。
「生贄(ベルウェザー)…貴様が、俺を…そう呼んだ。どういう、意味だ。…貴様、俺に…、っ…何を、した?」
正面に立つ聯を気息奄々と睨めつけながら、レインが糺(ただ)す。
「……」
しかし、無機的な表情でレインを見つめる聯は黙したままで、何も語ろうとはしない。
成り行きを見守っていた沙羅と一哉が、顔を見合わせてから首を捻った。
レインの言葉は荒唐無稽とも思え、脈絡もないように聞こえるが、ただ錯乱しているだけとは見受けられない程の気迫が、彼にはある。
事の真相を量りかねた沙羅は、レインの身体の事も憂慮し、居ても立ってもいられずに、聯に問いかける。
「ル、聯(ルエン)…どういうこと…?」
機体がゆっくりと傾き、目的地付近の空き地に軍機の前輪が接地した。
聯は、到着を告げに来た戦闘員に片手を上げて応じてから、困ったように沙羅を見遣る。
彼の温顔からは、何の感情も読み取れない。
主翼下のタイヤが接地し、着陸と同時に起きた震動で機体が揺れた。
刹那、意識を失ったレインが崩れ落ちる。
「ッ…!レイン!」
脱力し、ブラッドに凭れかかったレインは、ぐったりと目を閉じたきり動かない。
そんな彼を見つめていた聯が、俄かに手を伸ばした。
レインに気を取られ、聯の挙動に気付かなかったブラッドがようやく反応した時には、聯はレインの膝下(しっか)に腕を差し入れていた。
そして、その身体を滑らかな動きで奪うと、当然のように彼を抱き寄せる。
「な…」
不測の事態に熱(いき)り立ち、ブラッドが声を荒げる。
「何のつもりだ、李…!」
しかし聯は、常時(いつも)と変わらぬ冷厳とした態度を崩さない。
「到着したようだ。ブラッド、君は沙羅と一哉と一緒に、地下施設へ向かってくれ」
「ッ…!」
力づくでもレインを取り戻そうと手を伸ばしたブラッドだったが、その手は聯に触れる直前で何かに隔てられ、鋭く弾かれた。
虚空の中に、確かに生じた衝撃。
電気が走ったような痛みを感じたブラッドの指先は痺れ、火傷を負ったような赤い痕が出来ている。
「レインは私が預かる」
ブラッドは、聯から発せられた得体の知れない冷気に結舌(けつぜつ)し、常人には起こし得ぬ現象の源を探ろうと、彼を凝視する。
――何も無かった。
――何も…視えなかったし、感じなかった。
――藤間にも沙羅ちゃんにも、今のは解らなかったはずだ。
「レインが心配なのは私も同じだよ、ブラッド。完全な自己修復機能(オート・リカバー)を備えているはずの彼が、これだけ弱るなんてね」
聯の何事もなかったかのような物言いに、ブラッドは益々警戒を強め、訝(いぶか)る。
――今の衝撃は普通じゃない。
――レインの放つ焔に似た…。そうだ。
――あれは、スピリッツだ。
多種の遺伝子が組み込まれたブラッドの感覚は、常人よりも格段優れている。
――さっきの李からは、誰よりも濃い瘴気を感じた。
――現場には訪れず、直接血に塗(まみ)れるような蛮行(ばんこう)とは無縁なはずの李が、なぜ戦場に立つ俺達よりも強く、戦渦(せんか)の臭いを感じさせる?
聯は、敵意も露に対峙するブラッドを去(い)なすかのように、親しげな巧笑をつくってみせる。
「レインの容態は緊急を要する。今の状況もね。彼が回路を修復してくれたとはいえ、また電脳スペースの攻防が再開すれば、政府、軍部のエンジニアではノーマンの部下に勝てないだろう。再び電脳スペースにレインを侵入させるのは、私も避けたい。そうなる前に、ツォンとノーマンを捕獲する必要がある」
機体はベルファスト地下施設付近に着陸し、扉の外では、施設付近の制圧に成功した先発部隊の増援に向かう戦闘員の忙しい足音や、治療に向かう医療チームの掛け声が響き、未だ危機の過ぎ去らぬ現状を、ブラッド達に認識させる。
緊迫した空気の中、寸刻の沈黙が流れた。
聯とブラッド、向かい合う二人は、ただ黙然と見つめ合っていたが、臨戦態勢のブラッドの全身からは、荒々しいスピリッツが滲み出している。
褐色の肌を艶めかせる翡翠(ひすい)の光彩。
その光を眺めていた聯が、忽然と口角を吊り上げた。
それは、紛れもない挑発だった。
それを戦機と取り、眼光を鋭くしたブラッドが爪先に体重を乗せたところで、入口の扉が開いた。
「失礼致します」
戦闘員数名がゲストルームに入室し、敬礼した。
室内の状況など知る由もない彼等は、その空気を推し量ることなく、明快に通達事項を述べ始める。
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