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SCENE SECTION

01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結


「地下の秘密軍事施設、ね。よくある話だ。バイオ研究所が頭の上にあるって事は、フィクサーみたいなのがウヨウヨ出てくるって事だな」

一哉の声にノイズが交じったように感じ、再び五感に違和感を覚えたレインは、先のソールズベリーでの悪夢を思い返し、身を硬くする。

薬品の臭気が漂う。
まるで、すぐ鼻先に置いてあるかのように。

耐え難い苦痛を受けた記憶、吐き気、眩暈、白衣、白い天井…巧(たく)まずして、固く閉ざされていたはずの過去への扉が、少しずつ、レインの中で開かれていく。

「ええー。またフィクサー? ヤだな…」
うんざりな様子で沙羅がボヤいた。

――FIXER…違う。
そう言いたかったが声は出ず、レインはただ呼吸を荒くする。

――あれは、そんな名前じゃなかった。
――あの物体に名前なんてなかった。プロジェクトの失敗作だと、誰かが言っていた。
――プロジェクト…?

「あと五分程で着く。現地には既に、ガーディアンの作戦部隊が到着し、行動を開始しているはずだ。突破口は彼らが開く」

聯の声に、ホワイトノイズが混ざる。
テレビの砂嵐にも似た耳障りな音は、徐々に大きくなる。
ノイズは何者かの濁った声へと変移し、猛烈な音量で轟き出す。

激痛に苛まれ、レインは堪らずに両手で頭を抱え込んだ。

「レイン? 大丈夫か」

危惧を覚えたブラッドが、レインの肩に触れた。
だが、その異常な熱さに驚き、思わず指を離してしまう。

レインの髪を伝った汗が、玉となって数滴、彼の白い首元に落ちた。
それは蒸気を発し、見る間に気化する。

「ッ…つ、お前ッ…すごい熱…」

意識を手放しかけたところでブラッドの声に呼び戻され、レインはハッとしたように肩を揺らした。

「ッ…、触、るな」

声が出たのが奇跡だと思えるほどに、自分の身体への感覚が遠い。

――気を緩めたら、何かに…
――何かに、乗っ取られる。

アイデンティティ・クライシス。
己という主体が認識できず、漠然とした記憶と畏怖の念とが、レインの中で入り混じる。

過去の断片が次々と脳裏を過(よ)ぎる。

誰かの声が聞こえる。
たくさんの人間が一斉に脳の中で喋り出す。
頭がおかしくなりそうだ――レインは固く拳を握り、ひたすらに耐える。


――「プロジェクト」…。
――「ベルウェザー」…何の呼び名だった…?
――「ルシファー」…誰かがそう呼んでいた。
――「究極の生命体(アルティメット・ライフ)」…ノーマンの声。


「一哉、医療チームを隣室に呼んでくれ」
レインの様子を見兼ねた聯が、一哉に指示を出した。


――李の声。

――この声は嫌いだ。
――この声は…。


『破壊神(ルシファー)など降臨させない。彼は…私の生贄(ベルウェザー)だ』


忌まわしい過去の記憶が、闇の中から濁流のように流れ来て、動悸(どうき)がする。
軍服の胸元を掴み、肩で息をしながら、レインはゆっくりと顔を上げた。

「どういう、ことだ…」

薄ぼんやりとしたレインの視界には、まるで本当に彼を心配しているかのような聯の姿が映っている。

レインは愁然(しゅうぜん)と彼を見据え、そして首を振った。

――違う、こいつだ。
――こいつが、俺を――…。

「ベルファストの地下施設なら、貴様は…知っているはずだ」

聯が怪訝そうな表情を浮かべた。

傍目には、意識が混乱したレインが妄言を吐いたようにも見受けられるが、聯はじっと彼の様子を窺い、レインの中で起きている変化を慎重に推し量っている。

――あの施設の事を、彼が思い出した…?

レインの記憶は、洗脳のエキスパートであるノーマンが施した強力なプロテクトによって、完璧に封印されているはずだった。

だが、精神汚染によるダメージの為か、それは一時的に弱まり、断片的に記憶が蘇り始めているようだ――聯は立ち上がり、しめやかに口舌を述べる。

「どうやら、彼は少し…混乱しているようだね。隣室にベッドを用意している。ブラッド、レインを連れて…」

「違う…。――違う! 何をした…!」

糺問(きゅうもん)しようと立ち上がったレインの身体が傾(かし)ぐ。

ブラッドがすぐに手を伸ばし、彼を支えた。

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