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SCENE SECTION
01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結
「ブラッド…」
レインは今一度彼の名前を呼び、紅の瞳をとろんと細める。
ブラッドの温かい身体、大きな手、優しい鼓動…。
微睡んだような心地よさとブラッドの温かさが、レインの心の深い場所で混ざる。
――大丈夫だ、もう。
――戻ってきた。
――俺の居場所に。
レインは、意識を失って虚無に閉じ込められてから、抗いようのない睡魔に襲われ続けていたが、ずっと眠らずにいた。
眠ってしまえば、二度とここには戻れない――そう思っていた。
――ブラッドに会えないと思っていた。
でも今は、ようやく解放された…ブラッドの服を掴み、大きく息を吐くと、レインは静かに瞼を閉じた。
彼が眠ったのを確認し、ブラッドは彼の頬にそっとキスをすると、歩み寄ってきた沙羅と一哉を見上げ、ゆっくりと立ち上がる。
「悪い。…ひどい目に遭わせちまったな」
「レインは…?」
無意識だったとはいえ、レインに怪我をさせてしまったことに震え、沙羅は涙を浮かべていた。
申し訳なさそうに俯く沙羅に、ブラッドは少し身を屈めながら、心からの謝意を述べる。
「沙羅ちゃんのお陰だ、ありがとう」
ブラッドは敬意を込めて沙羅を見つめ、レインの様子が彼女に見えやすいよう、腕を傾ける。
「レインの回復力はハンパじゃないからな。あのくらい何でもないよ。それに…沙羅ちゃんの一撃で目を醒ましたんだ。起きたらむしろ、礼を言わせなきゃな」
レインはブラッドの胸に顔を埋め、身体を丸めながら、安心しきったように眠っている。
無防備なその寝顔を目に留めた沙羅は、こんな状況であるにも関わらず胸をときめかせてしまい、涙ながらに呟いていた。
「…。可愛い…」
「ん?」
ブラッドが破顔する。
「普段なら、人前じゃ居眠りもしないからな…。こいつの寝顔って、けっこーレアなんだぜ」
二人のやりとりを静観していた一哉だったが、辟易した様子で舌打ちすると、忌々しそうに口を挟む。
「可愛いわけねぇだろこんなヤツ。人の苦労も知らねぇで…」
一哉は、心底憎らしげにレインを睨み、フンと鼻を鳴らす。
今になって痛み出した傷が全て、目の前のレインのせいのような気がしてイライラする。
「しかし、沙羅ちゃんには驚いたよ」
そう言い、あくまで平静を保ちながら沙羅を見遣るブラッドだったが、額から伝い落ちる汗だけは隠しようがない。
――思っていた以上に、ダメージが酷い。
――交戦中は必死で、自分の怪我にまで気が回らなかった。
胸中ではそう思いつつも、ブラッドは事も無げに言葉を続ける。
「あんなに強いとは。…凄い才能だ」
「え…あ」
先程までは無意識に近い状態で、一種の忘我状態(トランス)に入っていた沙羅は、ブラッドの賞賛を素直に受け止める事が出来ない。
自分の実力とは言い難い、まぐれ的なあの状態をどう説明すればいいのか、適当な言葉を探してみるが、結局思いつかず、しどろもどろになってしまう。
「あたし、いつもはあんなに風とか使えないんだよ。ほんとに必死だったから…。何だったんだろう。何か急に…出来たみたい」
狼狽する沙羅を横目に、一哉は思考に耽っていた。
――あの時の沙羅の、能力発動の速度、咄嗟の身のこなし。
レインより数段疾かった。
だからこそ、レインは防ぐ事さえ出来ずに吹っ飛ばされたんだ。
何より――沙羅はレインの焔を相殺した。
それはつまり、レインと同等の威力を持った風を発動させたって事だ。
沙羅の潜在能力は未知数…。
聯の言葉を思い返し、一哉はそれを否定するように首を振る。
――沙羅がレインより強い?
まさか。そんなことあるはずない。
あの時のレインは自我を失ってた。
通常の状態なら、もっと強いはずだ。
平時のレインなら、あれを躱してたはず。
そう結論づけ、一哉は独(ひと)り得心していた。
「ブラッド…」
レインは今一度彼の名前を呼び、紅の瞳をとろんと細める。
ブラッドの温かい身体、大きな手、優しい鼓動…。
微睡んだような心地よさとブラッドの温かさが、レインの心の深い場所で混ざる。
――大丈夫だ、もう。
――戻ってきた。
――俺の居場所に。
レインは、意識を失って虚無に閉じ込められてから、抗いようのない睡魔に襲われ続けていたが、ずっと眠らずにいた。
眠ってしまえば、二度とここには戻れない――そう思っていた。
――ブラッドに会えないと思っていた。
でも今は、ようやく解放された…ブラッドの服を掴み、大きく息を吐くと、レインは静かに瞼を閉じた。
彼が眠ったのを確認し、ブラッドは彼の頬にそっとキスをすると、歩み寄ってきた沙羅と一哉を見上げ、ゆっくりと立ち上がる。
「悪い。…ひどい目に遭わせちまったな」
「レインは…?」
無意識だったとはいえ、レインに怪我をさせてしまったことに震え、沙羅は涙を浮かべていた。
申し訳なさそうに俯く沙羅に、ブラッドは少し身を屈めながら、心からの謝意を述べる。
「沙羅ちゃんのお陰だ、ありがとう」
ブラッドは敬意を込めて沙羅を見つめ、レインの様子が彼女に見えやすいよう、腕を傾ける。
「レインの回復力はハンパじゃないからな。あのくらい何でもないよ。それに…沙羅ちゃんの一撃で目を醒ましたんだ。起きたらむしろ、礼を言わせなきゃな」
レインはブラッドの胸に顔を埋め、身体を丸めながら、安心しきったように眠っている。
無防備なその寝顔を目に留めた沙羅は、こんな状況であるにも関わらず胸をときめかせてしまい、涙ながらに呟いていた。
「…。可愛い…」
「ん?」
ブラッドが破顔する。
「普段なら、人前じゃ居眠りもしないからな…。こいつの寝顔って、けっこーレアなんだぜ」
二人のやりとりを静観していた一哉だったが、辟易した様子で舌打ちすると、忌々しそうに口を挟む。
「可愛いわけねぇだろこんなヤツ。人の苦労も知らねぇで…」
一哉は、心底憎らしげにレインを睨み、フンと鼻を鳴らす。
今になって痛み出した傷が全て、目の前のレインのせいのような気がしてイライラする。
「しかし、沙羅ちゃんには驚いたよ」
そう言い、あくまで平静を保ちながら沙羅を見遣るブラッドだったが、額から伝い落ちる汗だけは隠しようがない。
――思っていた以上に、ダメージが酷い。
――交戦中は必死で、自分の怪我にまで気が回らなかった。
胸中ではそう思いつつも、ブラッドは事も無げに言葉を続ける。
「あんなに強いとは。…凄い才能だ」
「え…あ」
先程までは無意識に近い状態で、一種の忘我状態(トランス)に入っていた沙羅は、ブラッドの賞賛を素直に受け止める事が出来ない。
自分の実力とは言い難い、まぐれ的なあの状態をどう説明すればいいのか、適当な言葉を探してみるが、結局思いつかず、しどろもどろになってしまう。
「あたし、いつもはあんなに風とか使えないんだよ。ほんとに必死だったから…。何だったんだろう。何か急に…出来たみたい」
狼狽する沙羅を横目に、一哉は思考に耽っていた。
――あの時の沙羅の、能力発動の速度、咄嗟の身のこなし。
レインより数段疾かった。
だからこそ、レインは防ぐ事さえ出来ずに吹っ飛ばされたんだ。
何より――沙羅はレインの焔を相殺した。
それはつまり、レインと同等の威力を持った風を発動させたって事だ。
沙羅の潜在能力は未知数…。
聯の言葉を思い返し、一哉はそれを否定するように首を振る。
――沙羅がレインより強い?
まさか。そんなことあるはずない。
あの時のレインは自我を失ってた。
通常の状態なら、もっと強いはずだ。
平時のレインなら、あれを躱してたはず。
そう結論づけ、一哉は独(ひと)り得心していた。
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