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SCENE SECTION
01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結
「…沙羅」
「全然、何も…できないけど…」
焔の渦巻く音と肉体がぶつかり合う衝撃音は、途切れることなく室内に響いている。
殴られた訳でもないのに、沙羅にはそれが痛かった。
自分に何が出来るのかと必死に考えてみても、何も思いつかない。
レインの事を話す時の、ブラッドの嬉しそうな顔が、沙羅の脳裏に浮かぶ。
彼らの心情を想うと、どうしようもなく胸が締め付けられた。
――二人が傷つけ合うなんて…。
「こんなのヤだ! 辛そうだった。あたし…レインを助ける!」
沙羅は一哉の手を振り払うと、後先構わずに二人の方へ駆け出す。
「ッ…! 沙羅ッ」
彼女の動きを察知したレインが、ブラッドの攻撃を躱し、上空へ跳んだ。
両手を合わせ、巨大な焔の塊を召喚すると、真下に位置するブラッドを含めた全員を攻撃範囲とし、それを一気に振り下ろす。
部屋全体を埋め尽くさんとする超弩級の業火は、さながら落ちてくる太陽のようだ。
三人の目の前が赤く染まる。
それは、全てを焼き尽くす死の一撃だった。
沙羅はその瞬間、不思議な静寂に包まれ、気が付くとただ一人、白い光の中に立っていた。
――全ての音が、景色が遠く感じる。
――一哉が叫んでる、レインが焔を放つ…
前方にぼんやりと見えるその光景が、沙羅には、スローモーションのようにゆっくりと流れて見えた。
緩徐な流れの中、静穏な水面の如き心は澄みきり、そこには微塵の迷いも浮かんではいない。
――あたしは、あの人を…レインを助けたい。
迷いなんて――ない。
そう。
あたしには、それが出来る。
今度こそ 。
――あたしは、彼を救う。
勝利の微笑を浮かべていたレインは、しかし眉根を寄せ、そして瞠目した。
「…!」
部屋を覆った紅焔は、下方から巻き起こった強烈な旋風によって相殺され、三人を避けるように両側へ飛散し、壁を焼き尽くし、長大な風穴を空けて消滅した。
レインを抑止せんとするのは、それだけではない。
太陽の光とは異なる白い威光のヴェールが、戦場と化した室内を洗い清め、柔らかく包み込んでいく。
地面に下り立ったレインは、計算外の出来事を未だ理解出来ずにいる――その隙を、沙羅は見逃さなかった。
主の命令に応え、右手に召喚された風が沙羅の腕を覆い、彼女の栗色の髪が靡く。
沙羅の動向に気づいたレインが焔を発動させるよりも速く、沙羅は風を解き放っていた。
「ッ…疾(はや)い…!」
驚愕を込め、一哉が呟く。
沙羅はまだ、自分の能力を制御し切れていない。
意思のまま風を召喚する事すら儘ならなかったはずなのに―― そう思い、息を呑む。
つい先日も、ガーディアンのトレーニングルームで、自分の発動させた風に何度も吹き飛ばされては転がっていたのを、一哉は覚えていた。
以前、聯が何気なく零した言葉を、彼は思い出す。
『沙羅の潜在能力は未知数だ。コントロールできないのは、覚醒の時期如何ではなく、スピリッツのキャパシティが大きすぎるからなのかも知れないね』
焔の防壁を突き破っても尚衰えぬ、エネルギーの塊と化した凄まじい旋風を受け止め切れずに、レインは壁へと豪快に叩きつけられた。
前方へ倒れそうになった身体を支えるように壁に手をつき、咳き込むと同時に喀血する。
いよいよ驚きを隠せず、一哉とブラッドは愕然とその光景を凝視していた。
信じられない…ブラッドは吃驚を飲み込み、喉を鳴らす。
――レインが、誰かの攻撃を…マトモに食らうなんて。
「さ、沙羅ちゃん…?」
ブラッドは沙羅の背中を見つめ、確かめるように彼女の名を呼ぶ。
先刻までと変わらぬ、小さな背中。
だがその周囲には、主を護るようにして渦巻く鎌鼬(かまいたち)が、鋭い爪を振り翳している。
「っ、…」
顔を上げたレインが、炯々(けいけい)とした眼で沙羅を睨(ね)めつけた。
しかし次の瞬間、レインは突然の頭痛に襲われ、崩れかかった壁に凭れると、額に片手を当てて俯いてしまう。
「…沙羅」
「全然、何も…できないけど…」
焔の渦巻く音と肉体がぶつかり合う衝撃音は、途切れることなく室内に響いている。
殴られた訳でもないのに、沙羅にはそれが痛かった。
自分に何が出来るのかと必死に考えてみても、何も思いつかない。
レインの事を話す時の、ブラッドの嬉しそうな顔が、沙羅の脳裏に浮かぶ。
彼らの心情を想うと、どうしようもなく胸が締め付けられた。
――二人が傷つけ合うなんて…。
「こんなのヤだ! 辛そうだった。あたし…レインを助ける!」
沙羅は一哉の手を振り払うと、後先構わずに二人の方へ駆け出す。
「ッ…! 沙羅ッ」
彼女の動きを察知したレインが、ブラッドの攻撃を躱し、上空へ跳んだ。
両手を合わせ、巨大な焔の塊を召喚すると、真下に位置するブラッドを含めた全員を攻撃範囲とし、それを一気に振り下ろす。
部屋全体を埋め尽くさんとする超弩級の業火は、さながら落ちてくる太陽のようだ。
三人の目の前が赤く染まる。
それは、全てを焼き尽くす死の一撃だった。
沙羅はその瞬間、不思議な静寂に包まれ、気が付くとただ一人、白い光の中に立っていた。
――全ての音が、景色が遠く感じる。
――一哉が叫んでる、レインが焔を放つ…
前方にぼんやりと見えるその光景が、沙羅には、スローモーションのようにゆっくりと流れて見えた。
緩徐な流れの中、静穏な水面の如き心は澄みきり、そこには微塵の迷いも浮かんではいない。
――あたしは、あの人を…レインを助けたい。
迷いなんて――ない。
そう。
あたしには、それが出来る。
――あたしは、彼を救う。
勝利の微笑を浮かべていたレインは、しかし眉根を寄せ、そして瞠目した。
「…!」
部屋を覆った紅焔は、下方から巻き起こった強烈な旋風によって相殺され、三人を避けるように両側へ飛散し、壁を焼き尽くし、長大な風穴を空けて消滅した。
レインを抑止せんとするのは、それだけではない。
太陽の光とは異なる白い威光のヴェールが、戦場と化した室内を洗い清め、柔らかく包み込んでいく。
地面に下り立ったレインは、計算外の出来事を未だ理解出来ずにいる――その隙を、沙羅は見逃さなかった。
主の命令に応え、右手に召喚された風が沙羅の腕を覆い、彼女の栗色の髪が靡く。
沙羅の動向に気づいたレインが焔を発動させるよりも速く、沙羅は風を解き放っていた。
「ッ…疾(はや)い…!」
驚愕を込め、一哉が呟く。
沙羅はまだ、自分の能力を制御し切れていない。
意思のまま風を召喚する事すら儘ならなかったはずなのに―― そう思い、息を呑む。
つい先日も、ガーディアンのトレーニングルームで、自分の発動させた風に何度も吹き飛ばされては転がっていたのを、一哉は覚えていた。
以前、聯が何気なく零した言葉を、彼は思い出す。
『沙羅の潜在能力は未知数だ。コントロールできないのは、覚醒の時期如何ではなく、スピリッツのキャパシティが大きすぎるからなのかも知れないね』
焔の防壁を突き破っても尚衰えぬ、エネルギーの塊と化した凄まじい旋風を受け止め切れずに、レインは壁へと豪快に叩きつけられた。
前方へ倒れそうになった身体を支えるように壁に手をつき、咳き込むと同時に喀血する。
いよいよ驚きを隠せず、一哉とブラッドは愕然とその光景を凝視していた。
信じられない…ブラッドは吃驚を飲み込み、喉を鳴らす。
――レインが、誰かの攻撃を…マトモに食らうなんて。
「さ、沙羅ちゃん…?」
ブラッドは沙羅の背中を見つめ、確かめるように彼女の名を呼ぶ。
先刻までと変わらぬ、小さな背中。
だがその周囲には、主を護るようにして渦巻く鎌鼬(かまいたち)が、鋭い爪を振り翳している。
「っ、…」
顔を上げたレインが、炯々(けいけい)とした眼で沙羅を睨(ね)めつけた。
しかし次の瞬間、レインは突然の頭痛に襲われ、崩れかかった壁に凭れると、額に片手を当てて俯いてしまう。
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