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SCENE SECTION
01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結
レインを護る焔の壁は、常に同じタイミングでブラッドの前に現れる。
ブラッドは両腕を重ね合わせ、伸ばした両爪を一気に火の中へ貫通させることによってダメージを最小限にし、超回復によって復元した鉤爪で、彼の次なる動きを予測し、攻撃する。
――レインを目で追う事は適(かな)わない…だが、計算は出来る。
ブラッドはレインの攻撃を細密に分析し、次なる一手を着実に打っていた。
戦況を読み、相手を知る事に長けているブラッドは、戦場で優位に立つのが巧いプレイヤーだ。
そして、その上を行くのがレインだった。
彼はフィールドにある全てを瞬時に把握し、それぞれに最も適した攻撃パターンを即座に見出し、確実に勝利する為の逆賭(ぎゃくと)をつける。
ミリ単位のずれも無くそれを実行し、数秒毎に思考パターンを切り替え、相手を最も迅速に屠(ほふ)る最良の手順を随時組み立てながら勝利に至る。
同時に、相手を最も苦しめながら殺す手段も考慮しながら、だ。
穎脱した戦闘感覚――センス。
それが、今のレインには皆無だった。
――如何に能力に恵まれていようと、それを発揮できるアタマがなきゃ、宝の持ち腐れだ。
――ケタ外れなあいつの能力を、第三者が活かし切れるわけがない。
膨大なスピリッツを持て余し、自滅するのが関の山だと、ブラッドは考えていた。
彼の思惑通り、ペースを狂わされ、全ての攻撃を躱されたレインは、ブラッドの徹底的な反撃に追い詰められ、着実に勢いを落としていた。
だが――刹那。
陰険に目を細めたレインは、その身を覆うように焔を召喚し…。
ブラッドの遥か後方、茫然と二人を眺めていた沙羅へと、巨大な火の玉を投げつけた。
「っ…沙羅ちゃん…!」
普段のレインならば絶対にしないであろう、形振(なりふ)り構わぬ暴挙に、ブラッドは意表を突かれ、声を上げる。
ブラッドが沙羅へと視線を遣った一瞬を、レインは看過しない。
ブラッドの脇腹に深く食い込んだレインの拳が焔を宿した頃、紅(あか)い火の玉は沙羅に到達していた。
すっかり油断していた沙羅は、為す術もなく身を強張らせる。
「っ!? …うわっ」
「沙羅ッ」
瞬時に反応した一哉が、地面に両手をついた。
彼のスピリッツに感応し、飴細工のように変形したコンクリートが、板状に盛り上がる。
それは強固な壁と化し、紙一重のところで、沙羅と焔の間を隔てた。
沙羅の前髪が数本焼け落ち、鼻先にパラパラと灰が舞う。
「か、一哉ぁ…」
尻餅をつき、地面にへたりこんだ沙羅は、カチンコチンに硬直している。
決して気を抜いてはならないはずの戦場で、彼女が無防備に立ち尽くしていたのは、恐らく、彼らのスピードに追いつけず、抜き差しならなかったからだろう。
沙羅の顔には、この状況に耐える事に精一杯で、困却し切っているという心境が、まざまざと表出している。
それは、常に一生懸命でどこかヌけている、何とも彼女らしい姿に思え、沙羅が無事だったという安堵もあり、一哉は自然と顔を綻ばせていた。
「なんて顔してんだ。自分で防壁から出てきてそれじゃ、世話ねぇな」
「う…ご…ごめん」
差し出された一哉の手を掴み、立ち上がったものの、沙羅は再びよろけてしまう。
華奢な彼女の足は、震えている。
「……」
一哉は、そんな沙羅の様子を見留めながらも、気付かなかった風を装い、すぐに彼女から視線を逸らすと、背後で交戦を続けているレインとブラッドの方へ顔を向けた。
戦う二人の姿は、一哉の目で追う事すら困難なレベルだ。
レイン・エルとブラッド・ジラはスナイパーの双頭だが、他機関を含め、全能力者の中でも、屈指の実力を誇る。
そんな二人の中に、トレーニングを始めてまだ一年そこらの沙羅が介入できるはずが無かった。
新人類であるとはいえ、沙羅は実戦経験が浅く、未だ能力も使いこなせていない。
現状では、攻撃はおろか援護すら難しいだろうと、一哉は考える。
「沙羅」
名を呼ばれ、顔を上げた沙羅の両肩に手を置き、少し屈むようにしながら、一哉はゆっくりと言葉を続ける。
「できるだけ時間は稼ぐ。…だから、お前は逃げろ」
「……」
沙羅は目線を落とし、眉間に皺を寄せると、フルフルと首を振った。
一哉は、平時の彼ならば絶対にしないような乱暴な仕草で沙羅の肩を掴み、揺すり、強い否定を込めて頭(かぶり)を振る。
「駄目だ。言う通りにしろ」
「っ……」
何度も首を振る彼女の、ギュッと閉じた瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
それを拭う事すらせず、沙羅はひたすら首を振る。
涙は次々と地面に落ち、コンクリートに幾つかの丸い跡をつくった。
レインを護る焔の壁は、常に同じタイミングでブラッドの前に現れる。
ブラッドは両腕を重ね合わせ、伸ばした両爪を一気に火の中へ貫通させることによってダメージを最小限にし、超回復によって復元した鉤爪で、彼の次なる動きを予測し、攻撃する。
――レインを目で追う事は適(かな)わない…だが、計算は出来る。
ブラッドはレインの攻撃を細密に分析し、次なる一手を着実に打っていた。
戦況を読み、相手を知る事に長けているブラッドは、戦場で優位に立つのが巧いプレイヤーだ。
そして、その上を行くのがレインだった。
彼はフィールドにある全てを瞬時に把握し、それぞれに最も適した攻撃パターンを即座に見出し、確実に勝利する為の逆賭(ぎゃくと)をつける。
ミリ単位のずれも無くそれを実行し、数秒毎に思考パターンを切り替え、相手を最も迅速に屠(ほふ)る最良の手順を随時組み立てながら勝利に至る。
同時に、相手を最も苦しめながら殺す手段も考慮しながら、だ。
穎脱した戦闘感覚――センス。
それが、今のレインには皆無だった。
――如何に能力に恵まれていようと、それを発揮できるアタマがなきゃ、宝の持ち腐れだ。
――ケタ外れなあいつの能力を、第三者が活かし切れるわけがない。
膨大なスピリッツを持て余し、自滅するのが関の山だと、ブラッドは考えていた。
彼の思惑通り、ペースを狂わされ、全ての攻撃を躱されたレインは、ブラッドの徹底的な反撃に追い詰められ、着実に勢いを落としていた。
だが――刹那。
陰険に目を細めたレインは、その身を覆うように焔を召喚し…。
ブラッドの遥か後方、茫然と二人を眺めていた沙羅へと、巨大な火の玉を投げつけた。
「っ…沙羅ちゃん…!」
普段のレインならば絶対にしないであろう、形振(なりふ)り構わぬ暴挙に、ブラッドは意表を突かれ、声を上げる。
ブラッドが沙羅へと視線を遣った一瞬を、レインは看過しない。
ブラッドの脇腹に深く食い込んだレインの拳が焔を宿した頃、紅(あか)い火の玉は沙羅に到達していた。
すっかり油断していた沙羅は、為す術もなく身を強張らせる。
「っ!? …うわっ」
「沙羅ッ」
瞬時に反応した一哉が、地面に両手をついた。
彼のスピリッツに感応し、飴細工のように変形したコンクリートが、板状に盛り上がる。
それは強固な壁と化し、紙一重のところで、沙羅と焔の間を隔てた。
沙羅の前髪が数本焼け落ち、鼻先にパラパラと灰が舞う。
「か、一哉ぁ…」
尻餅をつき、地面にへたりこんだ沙羅は、カチンコチンに硬直している。
決して気を抜いてはならないはずの戦場で、彼女が無防備に立ち尽くしていたのは、恐らく、彼らのスピードに追いつけず、抜き差しならなかったからだろう。
沙羅の顔には、この状況に耐える事に精一杯で、困却し切っているという心境が、まざまざと表出している。
それは、常に一生懸命でどこかヌけている、何とも彼女らしい姿に思え、沙羅が無事だったという安堵もあり、一哉は自然と顔を綻ばせていた。
「なんて顔してんだ。自分で防壁から出てきてそれじゃ、世話ねぇな」
「う…ご…ごめん」
差し出された一哉の手を掴み、立ち上がったものの、沙羅は再びよろけてしまう。
華奢な彼女の足は、震えている。
「……」
一哉は、そんな沙羅の様子を見留めながらも、気付かなかった風を装い、すぐに彼女から視線を逸らすと、背後で交戦を続けているレインとブラッドの方へ顔を向けた。
戦う二人の姿は、一哉の目で追う事すら困難なレベルだ。
レイン・エルとブラッド・ジラはスナイパーの双頭だが、他機関を含め、全能力者の中でも、屈指の実力を誇る。
そんな二人の中に、トレーニングを始めてまだ一年そこらの沙羅が介入できるはずが無かった。
新人類であるとはいえ、沙羅は実戦経験が浅く、未だ能力も使いこなせていない。
現状では、攻撃はおろか援護すら難しいだろうと、一哉は考える。
「沙羅」
名を呼ばれ、顔を上げた沙羅の両肩に手を置き、少し屈むようにしながら、一哉はゆっくりと言葉を続ける。
「できるだけ時間は稼ぐ。…だから、お前は逃げろ」
「……」
沙羅は目線を落とし、眉間に皺を寄せると、フルフルと首を振った。
一哉は、平時の彼ならば絶対にしないような乱暴な仕草で沙羅の肩を掴み、揺すり、強い否定を込めて頭(かぶり)を振る。
「駄目だ。言う通りにしろ」
「っ……」
何度も首を振る彼女の、ギュッと閉じた瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
それを拭う事すらせず、沙羅はひたすら首を振る。
涙は次々と地面に落ち、コンクリートに幾つかの丸い跡をつくった。
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