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SCENE SECTION

01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結


ブラッドは血の滴る口元を手の甲で拭いながら、そんな彼をどうすることも出来ない己の腑甲斐なさを痛感し、神妙な表情で眉を顰めていた。

「ごめんな、レイン」

もどかしさの中でブラッドの口を吐いて出たのは、謝罪の言葉だった。
今のレインに自分の言葉は届かないと、彼は解っている。

――あいつを救ってやりたい…ただ強く、ブラッドはそう想っていた。
――それなのに。

「お前の隣にいたい…それだけなんだ。それすら…できねぇのか、俺は…!」

己への怒気を募らせ、ブラッドが拳を握った。

双眸を瞬かせ、じっとその姿を凝視していたレインが、不意に一歩、後退した。
緩慢な動きで更に数歩後退し、額を押さえ俯く――崩れ落ち、膝をついた。

「ッ、…っ…」

頭が割れるような痛みに顔を歪め、身動(みじろ)ぐ事も出来ずに、レインは声無き悲鳴を上げる。

「――――ッ!!」

「レイン…!」

駆け寄ろうとしたブラッドの鼻先を、灼熱の焔が薙いだ。
最大で放出した際、数百万度にもなると言われるレインの焔は、火炎放射の比ではない。

まともに食らえば、人間は灰さえ残らず、一瞬で影と化す。

肩で息をしながら、レインがゆらりと立ち上がった。
その足元はおぼつかず、額からは玉の汗が伝い落ちる。

「ん…、ッ…ぅ…」

額に片手を当て、もう一方の手で何かを振り払うように虚空を薙ぎ、激痛に苛まれる頭を幾度も振る。

自我と別の意識とがレインの中で鬩ぎ合っているようにも思え、ブラッドは憂色を漂わせながらも、ゆっくりと彼に歩み寄る。

「レイン…」

強固な意志と人並み外れて高いプライドを持つ彼が、そう簡単に精神(こころ)を空け渡すはずがない…ブラッドはそう思い、レインに手を伸ばす。

完全に本人の意識が閉じている訳ではないという希望が兆(きざ)し、呼び戻そうと彼の名を呼ぶ。

「レイン!」

ブラッドの声が室内に響いた、刹那。

レインの右手から肩までを巻き上げるように、螺旋状の業火が生まれた。

それを視覚出来たか否かの瞬間、紅蓮の帯が卒然とブラッドに襲い掛かった。
瞬時に張った防壁がブラッドの全身を覆うよりも、光と化した焔が遥かに速い。

「ッ…!」

咄嗟に左へ身を躱し、焔に半身を食われながらも何とか後方へ跳んだブラッドだったが、痛みより先にやってきた眩暈で、倒れるように片膝をついた。

致命傷には至らなかったものの、右半身、特に肩と腕、足は、細胞が壊死する程の痛手を受け、黒く焦げ固まった褐色の肌にジワリと血が滲む。

「…ッ、つ…」

苦痛でぼやけたブラッドの視界に映る、黒いブーツ。

蹲ったブラッドを見下ろし、レインが冷笑した。
生傷を足で抉るように蹴りつけ、衝撃で倒れた身体を掴み、無造作に引き上げる。

「ッ…!」

「……」

レインは首を傾げると、ブラッドの頭から足先へ、ゆっくりと視線を這わせる。

痛苦に呼吸を荒くするブラッドの額を伝った冷たい汗が、頬へと流れ落ちた。

その様を賞玩し、レインは悦を湛えながら、ブラッドの朽ちた右肩に唇で触れ、裂傷を舌でなぞり、滲んだ血を吸うようにしてから舐め甚振(いたぶ)る。

「ッ…レ、イン…」

レインの赤い舌が、この場にそぐわぬ卑猥な音を立てた。
疼痛を隠忍することが出来ず、ブラッドが小さく呻く。

レインはその表情を暫くの間上目で愉しんでいたが、突如乱暴にブラッドを壁へ押しつけた。

コンクリートに亀裂が入り、強く背中をぶつけたブラッドが吐血する。
項垂れたブラッドの両腕が、力無く垂れ下がった。

発火音と共に、レインの右手に生じる焔。
揺らめく鮮紅(せんこう)が、白肌の上で艶めかしく躍る。

「…ッ…」

薄呆けたブラッドの視界に映った、レインの表情(かお)。
それが、まだあどけない――出逢った頃の彼と重なった。

部屋の隅で膝を抱えて座り、じっと俯く小さな少年。
彼が泣いていると、ブラッドは想った。

脳裏に一哉の声が響く。

『俺があんたの立場だったら…あいつが正気に戻った後、悲しむような事だけはしない』


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