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SCENE SECTION

01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結


椅子に凭れたままの彼は微動だにもせず、未だ一歩も足を踏み出してはいない。

だが、フロア内に張り詰めた緊張感は耳鳴りがするほどに強烈で、生物を恐懼(きょうく)させ、射竦めるには充分な程だ。

これは、レイン・エルのフィールドだ。
スピリッツの放出による「捕獲領域(デス・ゾーン)」。

己のスピリッツを大気に放出し、それを誇示してみせる行為は、敵に対する挑発であり、能力者特有の戦闘開始の合図でもある。

ブラッドは今この瞬間、確かに、地球上で最悪の危険地帯――焔のレイン・エルがつくり出した紅の牢獄(プリズン)の中に立っていた。

「なんかヤベぇぞ」

ブラッドと同様に、この状況をよく知る一哉は、狼狽し、停止状態にあるブラッドよりも早く危局を呑み込み、防壁の中で立ち上がっていた。

「沙羅。ここから絶対に動くなよ」

「か、一哉…ッ」

防壁から足を踏み出し、戦場(バトル・フィールド)に立った一哉を見咎めたブラッドだったが、彼は未だ動けずにいる。

依然として、前方で静かに座しているレインに全神経を集中させたまま、口だけを動かす。

「死ぬ気か、藤間」

喉の奥からようやく絞り出した声は水分を失い、掠れていた。

ブラッドの正面、オレンジ色の防壁に包まれた、巨大なメイン・コンピュータに取り付けられた椅子から、レインがゆっくりと身を起こした。

糸を巻きつけられ、何者かに引き上げられた人形のように…。

そんな彼から視線を外さず――否。
外せないまま、一哉が応じる。

「こっちのセリフだ。何でこうなったんだか理解できねぇけど…防壁の中でジッとしてたところで、この状況。死を待つのと同じだろうが」

先の交戦に学び、大まかにだが、一哉はフィクサーの動きを把握していた。

――あいつ(・・・)はともかく。
――フィクサーなら、抑える自信がある。

「あんたの動きを見てたお陰で、だいぶ解った。フィクサーは俺が引き受ける。そんなもんより…」

現状では最早、フィクサーなど問題ではなかった。

――つい先刻(さっき)まで戦慄を覚えていた相手とはいえ、あいつと比べれば草を踏み倒すようなもんだ…そう思い、一哉はゴクンと唾を飲み込む。

「どういうことだ…」

ブラッドは、誰に問うでもなく、放心状態でそう呟く。

混乱する頭を何とか理性で落ちつけ、目の前で起きている不可解な光景を分析しようと試みるも、ブラッドは依然として、理不尽な現状を受け止める事が出来ずにいた。

レインの全身から放たれる殺気とスピリッツは、間違いなく自分達に向けられている。

それは、口で告げるよりも顕然と、二人に「死」を予言している。

レインが急変してしまった原因も、打開策も…真っ白になったブラッドの頭には、何も思い浮かばない。

底冷えするような冷気が骨にまで凍(し)みるが、実際に周囲の温度が下がった訳ではなかった。

戦場で相対する者同士にしか解らない、血の凍るようなこの戦慄は、冗談などでは感じ得ない。

レインが対戦相手に向ける冷酷なまでの圧力を、ブラッドは、そして一哉はよく知っている。

紅(あか)いスピリッツは室内を覆い、二人を閉じ込めている。

蜘蛛の巣に迷い込んだ羽虫のように、彼等はまさしく今、見えざる糸に四肢を絡め取られ、心臓を喰い破られんとしていた。

コードを無造作に引き抜いたレインの指が、メイン・コンピュータを包む防壁に触れた。

オレンジ色の結界は破壊され、煌きながら四散する。

俯くレインの表情は見えないが、彼の象徴ともいえる紅焔は殺意を滾らせ、この場に会する全員を支配している。

死神の如きその姿を前に、半ば投げやりな苦笑を浮かべながらも、一哉は軽口を叩く。

「電脳スペースにお出かけした後はいつもこう、ってわけじゃねぇだろうな? ブラッド」

一歩。
黒い軍服を纏ったレインの身体が、機械のようにぎこちなく動いた。

次第に嵩を増していくプレッシャー。

背中に冷たい汗を滲ませ、一哉は付言する。

「不機嫌なだけ、ってわけじゃ…ねぇな。これは」

ゆっくりと面を上げたレインは、傲岸な残忍さを滲ませ――嗤笑した。
そこには、一欠片の心も感じられない。

殺戮機械(ジェノサイド・マシン)と化したレインの、狂気の微笑。

慄く身体を無理やり奮い立たせ、一哉が身構える。

「ッ…!くそ。おい、ブラッド!」

硬直し、ただ茫然と立ち尽くすブラッドへと、一哉は声を荒げる。

「しっかりしろ! マジで殺られるぞ!」


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