page04
SCENE SECTION
01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結
椅子に凭れたままの彼は微動だにもせず、未だ一歩も足を踏み出してはいない。
だが、フロア内に張り詰めた緊張感は耳鳴りがするほどに強烈で、生物を恐懼(きょうく)させ、射竦めるには充分な程だ。
これは、レイン・エルのフィールドだ。
スピリッツの放出による「捕獲領域(デス・ゾーン)」。
己のスピリッツを大気に放出し、それを誇示してみせる行為は、敵に対する挑発であり、能力者特有の戦闘開始の合図でもある。
ブラッドは今この瞬間、確かに、地球上で最悪の危険地帯――焔のレイン・エルがつくり出した紅の牢獄(プリズン)の中に立っていた。
「なんかヤベぇぞ」
ブラッドと同様に、この状況をよく知る一哉は、狼狽し、停止状態にあるブラッドよりも早く危局を呑み込み、防壁の中で立ち上がっていた。
「沙羅。ここから絶対に動くなよ」
「か、一哉…ッ」
防壁から足を踏み出し、戦場(バトル・フィールド)に立った一哉を見咎めたブラッドだったが、彼は未だ動けずにいる。
依然として、前方で静かに座しているレインに全神経を集中させたまま、口だけを動かす。
「死ぬ気か、藤間」
喉の奥からようやく絞り出した声は水分を失い、掠れていた。
ブラッドの正面、オレンジ色の防壁に包まれた、巨大なメイン・コンピュータに取り付けられた椅子から、レインがゆっくりと身を起こした。
糸を巻きつけられ、何者かに引き上げられた人形のように…。
そんな彼から視線を外さず――否。
外せないまま、一哉が応じる。
「こっちのセリフだ。何でこうなったんだか理解できねぇけど…防壁の中でジッとしてたところで、この状況。死を待つのと同じだろうが」
先の交戦に学び、大まかにだが、一哉はフィクサーの動きを把握していた。
――あいつ はともかく。
――フィクサーなら、抑える自信がある。
「あんたの動きを見てたお陰で、だいぶ解った。フィクサーは俺が引き受ける。そんなもんより…」
現状では最早、フィクサーなど問題ではなかった。
――つい先刻(さっき)まで戦慄を覚えていた相手とはいえ、あいつと比べれば草を踏み倒すようなもんだ…そう思い、一哉はゴクンと唾を飲み込む。
「どういうことだ…」
ブラッドは、誰に問うでもなく、放心状態でそう呟く。
混乱する頭を何とか理性で落ちつけ、目の前で起きている不可解な光景を分析しようと試みるも、ブラッドは依然として、理不尽な現状を受け止める事が出来ずにいた。
レインの全身から放たれる殺気とスピリッツは、間違いなく自分達に向けられている。
それは、口で告げるよりも顕然と、二人に「死」を予言している。
レインが急変してしまった原因も、打開策も…真っ白になったブラッドの頭には、何も思い浮かばない。
底冷えするような冷気が骨にまで凍(し)みるが、実際に周囲の温度が下がった訳ではなかった。
戦場で相対する者同士にしか解らない、血の凍るようなこの戦慄は、冗談などでは感じ得ない。
レインが対戦相手に向ける冷酷なまでの圧力を、ブラッドは、そして一哉はよく知っている。
紅(あか)いスピリッツは室内を覆い、二人を閉じ込めている。
蜘蛛の巣に迷い込んだ羽虫のように、彼等はまさしく今、見えざる糸に四肢を絡め取られ、心臓を喰い破られんとしていた。
コードを無造作に引き抜いたレインの指が、メイン・コンピュータを包む防壁に触れた。
オレンジ色の結界は破壊され、煌きながら四散する。
俯くレインの表情は見えないが、彼の象徴ともいえる紅焔は殺意を滾らせ、この場に会する全員を支配している。
死神の如きその姿を前に、半ば投げやりな苦笑を浮かべながらも、一哉は軽口を叩く。
「電脳スペースにお出かけした後はいつもこう、ってわけじゃねぇだろうな? ブラッド」
一歩。
黒い軍服を纏ったレインの身体が、機械のようにぎこちなく動いた。
次第に嵩を増していくプレッシャー。
背中に冷たい汗を滲ませ、一哉は付言する。
「不機嫌なだけ、ってわけじゃ…ねぇな。これは」
ゆっくりと面を上げたレインは、傲岸な残忍さを滲ませ――嗤笑した。
そこには、一欠片の心も感じられない。
殺戮機械(ジェノサイド・マシン)と化したレインの、狂気の微笑。
慄く身体を無理やり奮い立たせ、一哉が身構える。
「ッ…!くそ。おい、ブラッド!」
硬直し、ただ茫然と立ち尽くすブラッドへと、一哉は声を荒げる。
「しっかりしろ! マジで殺られるぞ!」
椅子に凭れたままの彼は微動だにもせず、未だ一歩も足を踏み出してはいない。
だが、フロア内に張り詰めた緊張感は耳鳴りがするほどに強烈で、生物を恐懼(きょうく)させ、射竦めるには充分な程だ。
これは、レイン・エルのフィールドだ。
スピリッツの放出による「捕獲領域(デス・ゾーン)」。
己のスピリッツを大気に放出し、それを誇示してみせる行為は、敵に対する挑発であり、能力者特有の戦闘開始の合図でもある。
ブラッドは今この瞬間、確かに、地球上で最悪の危険地帯――焔のレイン・エルがつくり出した紅の牢獄(プリズン)の中に立っていた。
「なんかヤベぇぞ」
ブラッドと同様に、この状況をよく知る一哉は、狼狽し、停止状態にあるブラッドよりも早く危局を呑み込み、防壁の中で立ち上がっていた。
「沙羅。ここから絶対に動くなよ」
「か、一哉…ッ」
防壁から足を踏み出し、戦場(バトル・フィールド)に立った一哉を見咎めたブラッドだったが、彼は未だ動けずにいる。
依然として、前方で静かに座しているレインに全神経を集中させたまま、口だけを動かす。
「死ぬ気か、藤間」
喉の奥からようやく絞り出した声は水分を失い、掠れていた。
ブラッドの正面、オレンジ色の防壁に包まれた、巨大なメイン・コンピュータに取り付けられた椅子から、レインがゆっくりと身を起こした。
糸を巻きつけられ、何者かに引き上げられた人形のように…。
そんな彼から視線を外さず――否。
外せないまま、一哉が応じる。
「こっちのセリフだ。何でこうなったんだか理解できねぇけど…防壁の中でジッとしてたところで、この状況。死を待つのと同じだろうが」
先の交戦に学び、大まかにだが、一哉はフィクサーの動きを把握していた。
――
――フィクサーなら、抑える自信がある。
「あんたの動きを見てたお陰で、だいぶ解った。フィクサーは俺が引き受ける。そんなもんより…」
現状では最早、フィクサーなど問題ではなかった。
――つい先刻(さっき)まで戦慄を覚えていた相手とはいえ、あいつと比べれば草を踏み倒すようなもんだ…そう思い、一哉はゴクンと唾を飲み込む。
「どういうことだ…」
ブラッドは、誰に問うでもなく、放心状態でそう呟く。
混乱する頭を何とか理性で落ちつけ、目の前で起きている不可解な光景を分析しようと試みるも、ブラッドは依然として、理不尽な現状を受け止める事が出来ずにいた。
レインの全身から放たれる殺気とスピリッツは、間違いなく自分達に向けられている。
それは、口で告げるよりも顕然と、二人に「死」を予言している。
レインが急変してしまった原因も、打開策も…真っ白になったブラッドの頭には、何も思い浮かばない。
底冷えするような冷気が骨にまで凍(し)みるが、実際に周囲の温度が下がった訳ではなかった。
戦場で相対する者同士にしか解らない、血の凍るようなこの戦慄は、冗談などでは感じ得ない。
レインが対戦相手に向ける冷酷なまでの圧力を、ブラッドは、そして一哉はよく知っている。
紅(あか)いスピリッツは室内を覆い、二人を閉じ込めている。
蜘蛛の巣に迷い込んだ羽虫のように、彼等はまさしく今、見えざる糸に四肢を絡め取られ、心臓を喰い破られんとしていた。
コードを無造作に引き抜いたレインの指が、メイン・コンピュータを包む防壁に触れた。
オレンジ色の結界は破壊され、煌きながら四散する。
俯くレインの表情は見えないが、彼の象徴ともいえる紅焔は殺意を滾らせ、この場に会する全員を支配している。
死神の如きその姿を前に、半ば投げやりな苦笑を浮かべながらも、一哉は軽口を叩く。
「電脳スペースにお出かけした後はいつもこう、ってわけじゃねぇだろうな? ブラッド」
一歩。
黒い軍服を纏ったレインの身体が、機械のようにぎこちなく動いた。
次第に嵩を増していくプレッシャー。
背中に冷たい汗を滲ませ、一哉は付言する。
「不機嫌なだけ、ってわけじゃ…ねぇな。これは」
ゆっくりと面を上げたレインは、傲岸な残忍さを滲ませ――嗤笑した。
そこには、一欠片の心も感じられない。
殺戮機械(ジェノサイド・マシン)と化したレインの、狂気の微笑。
慄く身体を無理やり奮い立たせ、一哉が身構える。
「ッ…!くそ。おい、ブラッド!」
硬直し、ただ茫然と立ち尽くすブラッドへと、一哉は声を荒げる。
「しっかりしろ! マジで殺られるぞ!」
BACK NEXT
Copyright LadyBacker All Rights Reserved./Designed by Rosenmonat