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SCENE SECTION

01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結


REDSHEEPという組織に、李聯に。
自分の生涯を懸けてきたあの個体を奪われたくない。

妄執の権化と成り果てたノーマンに残ったのは、その一心だけだった。

「私はあの個体を知り尽くしている。あれに組み込んだナノマシンは完璧なものですが、制御できるように一つだけ、欠点を用意してあるんです」

「欠点だと?」

大切な商品に傷がついたような心持ちで、ツォンは顔を顰める。

「あれに、欠点なんてものがあったのか」

ノーマンがコンピュータに記録メディアを差し込んだ。

「ご安心を。欠点とは言っても、彼の自我を失わせるだけのものです。彼には一つだけ、有効なウィルスを作ってある。意識を破壊して閉ざす。強制的に彼の人格を消去(ディレート)する、ということになりますか。邪魔な意識を取り去れば、あとは…簡単です」

ノーマンは画面を見つめ、まさにこれから華麗なる旋律を奏でんとするピアニストの如く、キーボードの上に両手を添えた。

「始めましょう」

――ようやく、この時がやってきた。

「破壊と混沌の神(ルシファー)」へと転身するはずだった彼を、この手に取り戻す日が。






電脳スペースに意識を泳がせるのは、レインにとって苦痛ではなかった。

身体という器から解き放たれた時の浮遊感は、夢を見る感覚にも似ている。

ただ夢と違うのは、意識は自分の思う儘に動かせるという事と、この空間には花や空を描けるような、豊かな色彩は無いという事。

四方に広がる闇は宇宙を連想させ、入り組んだ空間を飛び交う無数の情報は流星を想わせる。

意識を集中させて空間全体を掌握し、電子情報を演算しながら必要な数字だけを掴み、それを変換、或いは破壊し、徐々に自分のフィールドを広げていく。

電脳スペースにおける戦闘は陣地を拡大させるコンピュータ・ゲームみたいなもので、自分のフィールドの中に様々な役割を持つ拠点のようなものを創り出し、そこからまた別の回路へと侵食を行っていく。

ゲームに参加している端末をより明確に識別する為に、自身の感覚器官を用い、それぞれに実際とは異なる色を宛がい、イメージする。

現在知覚している色は、4種類。
そこに別の侵入者(ハッカー)が加われば、また色は増える。

政府のセキュリティー・エージェントと思(おぼ)しき領域には手を出さず、ハッキングを仕掛けている敵のカラー、レインの意識下では青く表示されている部分だけに意識を集中させ、それを改ざんし、乗っ取る。

ほぼ全ての制御を奪還し、いよいよ本格的に逆侵入を仕掛けられる段階まできたところで、レインは静止していた。

――ノーマンがこのまま、俺を泳がせるとは思えない。

脳神経とダイレクトにリンクする電脳スペースでは、感情や感覚が剥き出しになる。

攻勢であれば問題は無いが、万が一の事態に陥ってしまえば防御は出来ない。

ここは最も感情を御しにくく、脆くもなる場所だ。

現に、レインの中にあった不安は様々な形や映像となってこの空間に現れ、次々と彼の横を通り過ぎていく。

バベル研究所、ノーマン博士、白い空間、薬品の臭い、身体を走る電気、男の笑い声…

過去が喚起されるたび悪心を催し、押し潰されそうな恐怖に苛まれる。
本当ならこんな記憶は全て消し去って…忘れてしまいたい。

ドス黒い大きな手。
生温かく真っ赤な、いくら拭っても消えない血。

今も尚レインを翻弄するバベルでの14年間は、彼にとって、過去と認めたくないほど凄惨なものだったのだろう。

14年。
そんなに長い間の記憶を何故思い出せないのか、レインには解らない。


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