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SCENE SECTION
01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結
漠然としたゆるやかな苦痛。言い知れぬ不安と突如襲う焦燥とが、常に彼を苦しめる。
夢の中で何かを思い出す度に、ひどい頭痛と眩暈で目を覚ます。
起きるとまた記憶は消えてしまうが、捉えどころの無い心痛だけが残され、何がこんなに自分を苦しめるのか解らないまま、ただ歯痒くなる。
ノーマンは必ず、何かを仕掛けてくるはずだ。
精神が最も無防備になる、この電脳スペースの中で。
本当は恐怖を感じているはずだった。
それでもこの空間に足を踏み入れたのは、恐怖を受け入れたくないからだ。
ゆっくりと忍び寄ってくる大きな影。
自ら飛び込むことでその正体を確かめ、消してしまいたい。
そんな欲求に駆られていた。
『……?』
感覚が鈍くなった…?
まるで水が白濁したかのように、電脳空間での感触が少しだけ鈍ったように感じる。
何かがある。
この先に侵入するのは…危険だ。
本能が警鐘を鳴らし、意識を歯止める。
恐らく、ノーマンの仕掛けた罠だ。
周囲を一望し意識を巡らせる。
勝利に固執してこれ以上踏み込むのは――危険だ。
ハッキングを受けた箇所は修復し、回路も切り離した。まだ取り戻せていない部分もあるが、本部に控えている幹部に後任させれば問題無い程度だろう…不意に息苦しさを覚え、レインは帰還しようと後退した。
だが、動けない。
胸に広がる焦燥感。暗い深海で溺れるように足掻いてみても、まるで自由にならない。
得体の知れない何かが、レインの冷静な意識を犯す。
なんだ? こんな感覚は…知らない。
得体の知れない何かが、心を支配する。
――否。
これは…
――恐怖だ。
フラッシュ・バック。
濁流の如く、正面から一斉に襲い掛かってくるヴィジョン。
『ッ…!?』
白い部屋、手術室、白衣、男の手、白い天井、注射器、鼠、鎖、血、カテーテル、カーテン、鉄格子、薬、点滴、包帯、固定器具――無数の手、濡れた音――快楽。
やめろ。
――侵入(はい)って、くるな…!
意識が纏まらず、堪らずに蹲(うずくま)る。
心が、支配される――恐怖。
『…ッ!』
電脳空間から神経を切り離すことに全ての力を注ぐ。
感覚が鈍っている。コントロールが…できない。
侵食される。何かに。
いつの間に…!?
封じ込められていたはずの過去が、レインの中から強制的に引きずり出される。
泣いている、自分の声。
幼い時の記憶。過ぎし日の幻影と目が合う。
逃げなくては。また…。
『ッ、あ…! ぐッ』
思い出してはいけない。逃げなくては…早く。
どうしようもない恐怖。
理屈じゃない。これは…。
逃げ場を失くしたレインの前に巨大な闇が現れ、それが手の形に変化した。
夢の中に度々現れる、ドス黒い大きな手。
耳鳴りがする。意識が…落ちる。
繊細で柔らかな心の内へ土足で踏み込まれ、無感情に精神を引き裂かれるような感覚に悶える。
誰かが、絶対的な声で囁く。
抗えない声で。
見えざる手を振り払おうと必死で身動(みじろ)ぎながら、レインは声を絞り出す。
『…ッ、ド…』
澄み渡った青い空に輝く烈日、褐色の大きな手、温かい翠色の双眸――
彼と出逢ったあの日の記憶。
自由になってから見つけた、本当に大切なもの。
奪われる。消される――失ってしまう。
厭だ。
失いたくない…!
『ブラッ、ド…』
何かが、頬を伝った気がした。
それが何なのかを認識するよりも前に、レインの意識は暗転した。
漠然としたゆるやかな苦痛。言い知れぬ不安と突如襲う焦燥とが、常に彼を苦しめる。
夢の中で何かを思い出す度に、ひどい頭痛と眩暈で目を覚ます。
起きるとまた記憶は消えてしまうが、捉えどころの無い心痛だけが残され、何がこんなに自分を苦しめるのか解らないまま、ただ歯痒くなる。
ノーマンは必ず、何かを仕掛けてくるはずだ。
精神が最も無防備になる、この電脳スペースの中で。
本当は恐怖を感じているはずだった。
それでもこの空間に足を踏み入れたのは、恐怖を受け入れたくないからだ。
ゆっくりと忍び寄ってくる大きな影。
自ら飛び込むことでその正体を確かめ、消してしまいたい。
そんな欲求に駆られていた。
『……?』
感覚が鈍くなった…?
まるで水が白濁したかのように、電脳空間での感触が少しだけ鈍ったように感じる。
何かがある。
この先に侵入するのは…危険だ。
本能が警鐘を鳴らし、意識を歯止める。
恐らく、ノーマンの仕掛けた罠だ。
周囲を一望し意識を巡らせる。
勝利に固執してこれ以上踏み込むのは――危険だ。
ハッキングを受けた箇所は修復し、回路も切り離した。まだ取り戻せていない部分もあるが、本部に控えている幹部に後任させれば問題無い程度だろう…不意に息苦しさを覚え、レインは帰還しようと後退した。
だが、動けない。
胸に広がる焦燥感。暗い深海で溺れるように足掻いてみても、まるで自由にならない。
得体の知れない何かが、レインの冷静な意識を犯す。
なんだ? こんな感覚は…知らない。
得体の知れない何かが、心を支配する。
――否。
これは…
――恐怖だ。
フラッシュ・バック。
濁流の如く、正面から一斉に襲い掛かってくるヴィジョン。
『ッ…!?』
白い部屋、手術室、白衣、男の手、白い天井、注射器、鼠、鎖、血、カテーテル、カーテン、鉄格子、薬、点滴、包帯、固定器具――無数の手、濡れた音――快楽。
やめろ。
――侵入(はい)って、くるな…!
意識が纏まらず、堪らずに蹲(うずくま)る。
心が、支配される――恐怖。
『…ッ!』
電脳空間から神経を切り離すことに全ての力を注ぐ。
感覚が鈍っている。コントロールが…できない。
侵食される。何かに。
いつの間に…!?
封じ込められていたはずの過去が、レインの中から強制的に引きずり出される。
泣いている、自分の声。
幼い時の記憶。過ぎし日の幻影と目が合う。
逃げなくては。また…。
『ッ、あ…! ぐッ』
思い出してはいけない。逃げなくては…早く。
どうしようもない恐怖。
理屈じゃない。これは…。
逃げ場を失くしたレインの前に巨大な闇が現れ、それが手の形に変化した。
夢の中に度々現れる、ドス黒い大きな手。
耳鳴りがする。意識が…落ちる。
繊細で柔らかな心の内へ土足で踏み込まれ、無感情に精神を引き裂かれるような感覚に悶える。
誰かが、絶対的な声で囁く。
抗えない声で。
見えざる手を振り払おうと必死で身動(みじろ)ぎながら、レインは声を絞り出す。
『…ッ、ド…』
澄み渡った青い空に輝く烈日、褐色の大きな手、温かい翠色の双眸――
彼と出逢ったあの日の記憶。
自由になってから見つけた、本当に大切なもの。
奪われる。消される――失ってしまう。
厭だ。
失いたくない…!
『ブラッ、ド…』
何かが、頬を伝った気がした。
それが何なのかを認識するよりも前に、レインの意識は暗転した。
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