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SCENE SECTION

01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結


丸い眼鏡は傾き、白衣の中から覗くシャツはボタンを掛け違えている。
清潔感があるとは言えず、陰気で病的な印象を受ける。

ノーマン・メラーズ博士。46歳。

脳、遺伝子、細胞学の権威で、洗脳(マインド・コントロール)のエキスパートでもある彼は、従業員3300人、年間予算1億5000万ドルを超える、バベル研究所の支配者だ。

ノーマンは俯き、呪文を唱えるかのようにボソボソと言葉を落とす。

「あの個体は元々、焔の能力と不死の細胞を持っていた。…私はただ、そこに多少のオプションを取り付けただけです」

それでなくても早口で聞き取りづらい彼のイギリス英語は地方訛りがあり、母音が強く音程の変化が激しい。

表情の乏しさも手伝って、初対面では非常に気難しそうな印象を与えるノーマンだが、実際に彼という人物と接してみれば、その認識は更に深まるだろう。

彼は天才と呼ぶに相応しい傑物(けつぶつ)だが、人と付き合う上では偏屈で、不器用だった。

だが、隣に並ぶ男――生来の軍人たる屈強なツォン・バイは、幸いかな、人間関係を憂うような繊細さを持ち合わせてはいない。

ノーマンの言動などお構いなしに相好を崩し、肩を揺らして哄笑すると、親しみを込めて彼の背を叩く。

「素晴らしい。あれをこの手中に収めることは、本当に可能なんだろうな」

ツォンに押された衝撃で前のめりになり、ノーマンは一歩足を踏み出していた。
警戒を滲ませツォンを見遣るも、その視点はやはり、少し右上にずれている。

「……。彼は14年間、私の洗脳を受けていた」

ほんの少しだけ不快を流露(りゅうろ)しながらも、血色の悪い唇を歪ませ、ノーマンは不器用な笑みをつくる。

「非常に強固な精神力を持った披験体でしてね。制御が外れた一瞬をつかれて研究所を破壊され、逃がしてしまいましたが…無意識下に刻み込まれた条件付けというのは、本人が如何に抵抗したところで抗えないものです。そして封印した記憶は、こちらが誘導してやらなければ一生思い出す事も出来ない…洗脳を解かなければ、彼がどう足掻いたところで、ここで何をされていたかを明確に思い出す事は出来ないでしょう」

「つまり、その記憶を…蘇らせればいいんだな」

ノーマンがゆっくりと頷いた。

「彼が私の実験体であるという事。彼の無意識下には、厭というほどそれを教え込んであります。しかし、通常の状態では、あの個体は強力すぎて手出しできません。精神が剥き出しになる瞬間、つまり今のような…電脳空間にいる時こそが、最も彼を支配しやすい」

コンピュータに向かい、必死の抵抗を続けている職員の肩を叩き、ノーマンがその席に座った。

「待っていたよレイン。…君がここに到達するのを」

狂気にも似た薄笑いを浮かべたノーマンが、幅1センチ四方の記録メディアを白衣の内ポケットから取り出した。

それを見咎めたツォンは訝しげに琥珀色の瞳を細め、一考の間も挟まずに質す。

「なんだそれは」

「トラップですよ、ツォン」

無骨で頭が硬い、武将タイプのツォン・バイという手駒を上手く操り、あの実験体をこの手に取り戻す。

ノーマンの持ちかけた詭計にツォンは早合点とも言えるほどの段階で首肯し、あまりにもあっさりと、何の疑いも無く協力を申し出てきた。

25歳という若さでNIGHTMARE(ナイトメア)のbQにまで上り詰めたツォンは、若さ故の野心と欲望に溢れている。

他人を操作することにかけては超一流、洗脳のエキスパートであるノーマンにかかれば、彼という駒を動かす事など容易だった。

REDSHEEP(レッドシープ)の中核、選ばれた一握りの血族で構成されたELEOS(エレオス)を敵に回す…

選ばせたものとはいえ、彼の選択は愚か極まりないと、ノーマンは思う。

この世界はREDSHEEPという巨大な意思の上で踊らされる虚像に等しい。
彼らは常に歴史を操り、過去を支配してきた。

黒い貴族の末裔がかけた呪いは、今や全世界を覆っている。

戦禍、混沌、憎悪…敢えて世界というかたちを残し、人間(コマ)を用いて、彼らは地球という基盤の上で闇のゲームを愉しむ。

組織の中で最も力の強い血族、ELEOS(エレオス)の一人である李聯は、組織内でも最高位とされる偉大なる存在(グランド・ミスティック)だ。

聯が自身の「生贄(ベルウェザー)」として、ノーマンの造り上げた究極の生命体(アルティメット・ライフ)――レイン・エルを選定してしまったこと。

それは組織の従順な僕(しもべ)であったノーマンを、長い間悩ませてきた事案だった。

組織の核とも言える李聯が相手では、手の出しようがない。
しかし長年の執着は執念となり、ノーマンを狂乱させた。


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