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SCENE SECTION

01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結


Military affairsの英雄たる彼に恭敬(きょうけい)の念を抱く者はあっても、弓引く者はない。

――SNIPERのレイン・エルを除いては。

彼の素顔を知るが故に歯向かわぬ、というのが実情なのだが、上層部と直に接する事の無い階層にまで、真実は伝わらない。

目に見えないものこそが、本当の脅威である…真実に到達できる人間はごく僅かで、そこに辿り着いたところで、己を貫き、元凶たる脅威に相対する覚悟をもち、闘おうとする者など皆無に等しい。

それこそが、世界の現状である。





北アイルランド首都、ベルファスト。
ノース海峡を望む北アイルランド最大の都市で、ベルファスト湾に注ぐラガン川の河口に位置する。

造船技術が古くから発達し、沿岸には、かの有名なタイタニック号を建造したイギリスの重工業メーカーが有する、世界最大のドライ・ドッグ(船舶の製造、修理などを行う船渠(せんきょ))がある。

セントラル駅よりも市内中心部に近いベルファスト・グレート・ヴィクトリア・ストリート駅からほど近い場所にある、地上38階建ての国立生物研究所(NIBSC)内では、白衣を纏った研究員達が通常通りに仕事をこなしていた。

ビルを囲う庭園には、休憩がてら散歩をする職員や、紅茶を片手にベンチに座り、軽食をとる職員の姿が見える。

研究所は平時の安泰を保っていた。

地上から姿を隠すかのように併設された地下施設の存在を知る者は、この研究所内にはいない――入口は、ここから10分ほど歩いた場所にあるセントラル駅近くの、小さな遺伝子研究所内に付設された、地下室に隠されている。

地表からマイナス400メートルの深さにあるこの場所へ、頭上に位置する生物研究所から侵入することは不可能だった。

地下施設内の一室では100人を超える職員が端座し、各々が青白く光るモニタに対面する形で並列していた。

極めて高速な演算処理速度を誇るスーパーコンピュータを駆使し、俊敏に指を動かす彼等は、世界中から選りすぐられた優秀な技術者ばかりだ。

だが彼等は今、未だかつて経験した事の無い窮地に立たされ、非常事態と呼ぶに相応しい局面に遭遇していた。

軍事機関や政府のホスト・コンピュータ、衛星に侵入した回路は、計算を遥かに上回る速度で遮断され、瞬時に情報を書き換えられたそれらは発信元となる彼らの方へ逆流し、信じられないスピードで侵食を拡大していく。

「D領域ブートセクタ、だ、奪還されます…! こ…こんな速度は…有り得ない…!」

職員の一人が悲鳴を上げると、別の職員も声を上げる。現場は騒然とし、一種の錯乱状態に陥っていた。

何者かの侵入を食い止めようと必死に抗うエージェント達を横目に、40代半ばといった壮年の男は、恍惚とした笑みを湛えていた。

その隣に並んだ軍服姿の若い男が、驚嘆を込めて呟く。

「素晴らしいな…」

壁面中央に設えられた800インチの巨大スクリーンには、各コンピュータの回路が簡略化され、明瞭に映し出されている。

一対数百という、怒涛の攻防。

数では圧倒的に優勢なはずの職員達は雪崩を打って侵入者を排除しようと試みるも、破竹の如きその勢いに押され、乗っ取ったはずの政府、軍、情報機関のコントロールは、次々と奪還されていく。

「脳に埋め込まれたナノマシンを自在に操り、自ら世界中のコンピュータへとアクセスできる。ノーマン…お前の造り出した究極の生命体(アルティメット・ライフ)は…完璧だ」

賞賛を受けた壮年の男が、一回り大きい隣の男を見上げた。だが、その目線はやや右上に逸れている。

彼は神経過敏なところがあり、他人と目線を合わせるのを嫌う傾向があった。

研究に没頭するあまり散髪を怠りがちで、ごく稀に、思い立ったようにバッサリと髪を短くする事もあったが、今はちょうど懈怠(けたい)期の最中らしく、白に近い銀髪を腰まで伸ばし、首の後ろで一つにしている。


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