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SCENE SECTION
01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結
本部を出た右手には三〇平方メートル(約二〇畳)ほどの喫煙スペースがあり、透明な防弾ガラスに囲まれた一画に設えられた椅子や机はイタリア産天然大理石、トラバチーノロマーノで造られ、周囲一帯は薄ベージュ色で統一されていた。
臨時総合本部入口はここ数日、昼夜問わずに人の往来が途絶えず、騒然としている。
その光景を横目にしながら、男は冷然と煙草を燻らせていた。
李聯(リー・ルエン)。
世界屈指の大財閥、李一族のトップに立つ彼は、ガーディアンの総帥でもあり、あらゆる軍事機関や政府と繋がる、裏世界の重鎮だ。
しかし、彼の一族が「フォーブズ」の富豪リストに登場する事は無い。
ロンドンのシティとニューヨークのウォール街を股にかけ、圧倒的な力で金融界を支配してきた李家は、その徹底的な秘匿(ひとく)性から、「姿無き大財閥」と称される。
一切の調査に応じない彼等の全容を知る者は、一族当主である李聯、唯一人だけだ。
耳が出ない程度の短い黒髪、穏やかな瞳、端正な顔立ちは東洋人のそれだが、細身ながら骨格のいい彼は欧米人と並んでも体格差を感じさせず、グレンチェックのクラシカルなスーツを閑雅に着こなしている。
冷たい大理石の壁に背を凭れ、紫煙を漂わせながら、聯は行き交う人々を傍観していた。
今回の事件の首謀者とされるNIGHTMARE(ナイトメア)のbQ、ツォン・バイは、聯もよく知る人物だ。
まだ若い偉丈夫だったが、機転が利かず、無知蒙昧な自信家といった印象だった。
その顔を想起し、聯は微かに眉根を寄せる。
――ここまで迂愚(うぐ)な男だとは。
「ひどい有様ですね、政府(こちら)は」
ごく小さな風声と共に、忽然と聯の隣に現れた男が、嗄(しゃが)れた声でそう言った。
185センチある聯の隣に並ぶと、その男の矮躯(わいく)は余計に際立って見える。黒衣を目深に被った醜男(ぶおとこ)で、子供のような体格をしている。
黄金の装飾にドロップ型のダイヤがあしらわれたアッシュトレイに灰を落としながら、聯が口を開く。
「面倒な男だ。トップの黒龍(ヘイロン)のようなただの莫迦なら、まだ使い道もあっただろうがな」
珍しく苛立ちを表出させる聯を横目に、男は慄(おのの)き、表情を強張らせた。
拳を握ったその手は震え、汗ばんでいる。
「マ、マスターからの伝言を…」
「伝言?」
煙草を銜え、剣呑さを漂わせながら、聯は男を見遣った。
男は小動物のように脅えながらも、忙しなく頭を動かし首肯する。
「ツォン・バイは殺さず、バベルに渡せと…」
「断る」
ごく短いが威圧の込められた口調で言葉を塞き止められ、隠然たる恫喝に射竦められた男はもはや、額から流れ落ちた汗を拭うことすら出来ない。
金縛り状態で息を殺し、ただひたすら聯の挙動を窺っている。
「ノーマンはまだ生かしておく価値がある男だ…あれ の為にな。だが、ツォン・バイにその価値はない。…違うか、ラット」
名を呼ばれた途端、弾かれたように顔を上げ、男は大袈裟にかぶりを振り、あくまで自分はただの伝達係であるということを訴える。
そんなラットを鬱陶しそうに一瞥し、まるで汚物から視線を外すかのように顔を背けながら、聯はゆっくりと煙を吐き出した。
「あの男には相応の最期をくれてやる。13血流(エレオス)を敵に回すということが、どれほど愚かなことか…教えてやらなくてはいけないからね」
柔和な口調に戻った聯が、陰惨な笑みをちらつかせた。
胴震いしたラットは一礼をすると、その身を霧に変じ、雲を霞(かす)みと遁走(とんそう)した。
聯には彼を追う腹積(はらづも)りはなく、消えたラットの事など既に眼中に無かった。
不穏な眼差しで前方を見据える聯の瞳は冷え切り、危殆な殺意を漲らせている。
――バベルで実験体にされ、正気を失ってから死ぬなど。
――そんな楽な死に方は、あの男に相応しくない。
「…クズが」
そう吐き捨て、壁から背を離す。
価値のあるものなど、この世界にはごく僅かしか存在しない。
何億の生命が今この瞬間に消え失せたとしても、地球という惑星は在り続ける…聯はそう思っている。
だが彼には、ここに留まる理由があった。
――全き力(レッド・オーパス)。
「彼」こそまさしく、聯の求めていたものだった。
本部を出た右手には三〇平方メートル(約二〇畳)ほどの喫煙スペースがあり、透明な防弾ガラスに囲まれた一画に設えられた椅子や机はイタリア産天然大理石、トラバチーノロマーノで造られ、周囲一帯は薄ベージュ色で統一されていた。
臨時総合本部入口はここ数日、昼夜問わずに人の往来が途絶えず、騒然としている。
その光景を横目にしながら、男は冷然と煙草を燻らせていた。
李聯(リー・ルエン)。
世界屈指の大財閥、李一族のトップに立つ彼は、ガーディアンの総帥でもあり、あらゆる軍事機関や政府と繋がる、裏世界の重鎮だ。
しかし、彼の一族が「フォーブズ」の富豪リストに登場する事は無い。
ロンドンのシティとニューヨークのウォール街を股にかけ、圧倒的な力で金融界を支配してきた李家は、その徹底的な秘匿(ひとく)性から、「姿無き大財閥」と称される。
一切の調査に応じない彼等の全容を知る者は、一族当主である李聯、唯一人だけだ。
耳が出ない程度の短い黒髪、穏やかな瞳、端正な顔立ちは東洋人のそれだが、細身ながら骨格のいい彼は欧米人と並んでも体格差を感じさせず、グレンチェックのクラシカルなスーツを閑雅に着こなしている。
冷たい大理石の壁に背を凭れ、紫煙を漂わせながら、聯は行き交う人々を傍観していた。
今回の事件の首謀者とされるNIGHTMARE(ナイトメア)のbQ、ツォン・バイは、聯もよく知る人物だ。
まだ若い偉丈夫だったが、機転が利かず、無知蒙昧な自信家といった印象だった。
その顔を想起し、聯は微かに眉根を寄せる。
――ここまで迂愚(うぐ)な男だとは。
「ひどい有様ですね、政府(こちら)は」
ごく小さな風声と共に、忽然と聯の隣に現れた男が、嗄(しゃが)れた声でそう言った。
185センチある聯の隣に並ぶと、その男の矮躯(わいく)は余計に際立って見える。黒衣を目深に被った醜男(ぶおとこ)で、子供のような体格をしている。
黄金の装飾にドロップ型のダイヤがあしらわれたアッシュトレイに灰を落としながら、聯が口を開く。
「面倒な男だ。トップの黒龍(ヘイロン)のようなただの莫迦なら、まだ使い道もあっただろうがな」
珍しく苛立ちを表出させる聯を横目に、男は慄(おのの)き、表情を強張らせた。
拳を握ったその手は震え、汗ばんでいる。
「マ、マスターからの伝言を…」
「伝言?」
煙草を銜え、剣呑さを漂わせながら、聯は男を見遣った。
男は小動物のように脅えながらも、忙しなく頭を動かし首肯する。
「ツォン・バイは殺さず、バベルに渡せと…」
「断る」
ごく短いが威圧の込められた口調で言葉を塞き止められ、隠然たる恫喝に射竦められた男はもはや、額から流れ落ちた汗を拭うことすら出来ない。
金縛り状態で息を殺し、ただひたすら聯の挙動を窺っている。
「ノーマンはまだ生かしておく価値がある男だ…
名を呼ばれた途端、弾かれたように顔を上げ、男は大袈裟にかぶりを振り、あくまで自分はただの伝達係であるということを訴える。
そんなラットを鬱陶しそうに一瞥し、まるで汚物から視線を外すかのように顔を背けながら、聯はゆっくりと煙を吐き出した。
「あの男には相応の最期をくれてやる。13血流(エレオス)を敵に回すということが、どれほど愚かなことか…教えてやらなくてはいけないからね」
柔和な口調に戻った聯が、陰惨な笑みをちらつかせた。
胴震いしたラットは一礼をすると、その身を霧に変じ、雲を霞(かす)みと遁走(とんそう)した。
聯には彼を追う腹積(はらづも)りはなく、消えたラットの事など既に眼中に無かった。
不穏な眼差しで前方を見据える聯の瞳は冷え切り、危殆な殺意を漲らせている。
――バベルで実験体にされ、正気を失ってから死ぬなど。
――そんな楽な死に方は、あの男に相応しくない。
「…クズが」
そう吐き捨て、壁から背を離す。
価値のあるものなど、この世界にはごく僅かしか存在しない。
何億の生命が今この瞬間に消え失せたとしても、地球という惑星は在り続ける…聯はそう思っている。
だが彼には、ここに留まる理由があった。
――全き力(レッド・オーパス)。
「彼」こそまさしく、聯の求めていたものだった。
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