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SCENE SECTION

01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結


ぶつかり合う金属音と銃声が、遠くで鳴り響いた。
沙羅達が通ってきた通路の向こう側で、エージェントが何者かと交戦している。
痛ましい悲鳴は、段々と大きくなっていく。

空気がピリッと縮れるような殺気に鳥肌が立ち、逃げ出したくなるほどの焦燥感に駆られた沙羅は、一哉の腕の中で身を震わせていた。

「こ…んな…」

見えざる敵の脅威を察し、悪心を催しそうになりながらも、沙羅は一人悠然と佇立するブラッドを見上げ、声をかける。

「ブラッド! 一人でなんて…! あたし達も…」

「ん?」

ブラッドは沙羅を横目に映すと、俄かに口角を吊り上げた。
先刻までとは異なる、快楽にも似た狂喜を浮かべ、ゆっくりと入口の方へ歩を進める。

「優しいな、沙羅ちゃんは…ウチのボスなら、死んでも言わない言葉だぜ」

鼻腔をくすぐる血臭。
それが、ブラッドの気分を高揚させる。

「俺は、遺伝子改変の亜種ってヤツでね…」

身体の中に組み込まれた別の意識、猛獣達の遺伝子。
血の臭いは、否応なしにブラッドの本能に火を点ける。

「沙羅ちゃんをしっかり掴まえて、出てくるなよ…藤間」

立ち上がろうと膝を立てた沙羅を制するように、一哉が首を振った。
沙羅はまだ納得しきれない様子だったが、渋々と腰を下ろす。

そんな彼女を視界の端に入れながら、正面を見据えたまま、一哉が言う。

「なんで俺が大人しく防壁に入ったか解るか、沙羅」

「え…」

沙羅は胸に手を当て、ドクドクと鳴る鼓動を堪えるかのように拳を握る。

「ブラッドは、スナイパーのbQを担う男だ」

一哉は、話しながらも前方を注視し、入念に状況を窺っている。

「あいつは元軍人で、戦場で死にかけて運び込まれた軍事医療施設で、強制的に遺伝子改変手術を受けさせられた…後天性能力者だ。ブラッドはレインと同じくらいヤバい。幸い俺は見たことないけど、キれた拍子に、あいつ特有の特殊能力が発動する事があるらしい。「変化(ハイブリッド・レイズ)」とか呼ばれてるみてぇだけど…そうなっちまうと、スピリッツが切れて昏睡するまでは、敵味方の区別なく殺戮の限りを尽くすと聞いてる。様子を見てから動かないとマズい。…フィクサーじゃなくて、あいつに殺られる可能性がある」

「そ、そんな…まさか」

訝(いぶか)る沙羅に、一哉が首を振る。

「遺伝子改変ってのは、人格までその遺伝子に食われる可能性がある、かなり危険な行為なんだ。処置の後、被験者が生きてる可能性なんか1%にも満たない。まして、マトモに意識が残った例となると…殆どゼロだ。あいつの身体にある遺伝子は、どれも凶暴性の高い生物のものだ。闘争本能が剥き出しになる戦闘時に、冷静な人格が食われても…何も不思議じゃない」

「ブラッド…」

沙羅は不安げにブラッドの名を呼び、祈るように胸の前で両手を組んだ。

ブラッドの指から煙草が抜け落ちた、刹那。

入口から、ゆっくりと…それ(・・)は姿を現した。





1812年に起きた第2次英米戦争以降、兵器商に結びつく財閥によって破産しかけた軍費を補い、彼等の資本を受け継いできたアメリカ合衆国は、それ以降、その黒い呪縛から逃れられなくなった。

軍需産業に流れるアメリカの国防予算は、日本の国家予算の4割を優に超える。

そして、10億兆円以上の資産を保有する大富豪もさして珍しくない米国では、たった一人の人間が軍を左右し得るという、非常に危険なシステムが出来上がっていた。

ワシントンD.C.の番地ではあるが、アメリカ国防総省、通称ペンタゴンと呼ばれる巨大な五角形のビルは、ヴァージニア州アーリントン側にある。

テロリスト討伐の為、建物内中央に臨時で設けられた作戦本部は、厚さ2メートルにも及ぶ重厚な壁で四方を覆っており、外壁を更にシェルターで囲っている。

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