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SCENE SECTION

01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結


「か、一哉!? そんな言い方しなくたって…」

「いや。…藤間の言う通りだ」

踵を返し、レインは中央に聳え立つメイン・コンピュータを見上げた。

――どうかしている。
――干渉などする気はない。
――誰も信用する気はない…自分自身さえ。

今在る自我が本物だと証明してくれる過去の記憶すら、俺は持っていない。
常に心にあるのは、失われた「何か」。
漠然とした苦痛と恐怖。
それだけだ。

「…大丈夫か」

背後から感じる、ブラッドの視線…優しい声。
それがいつも、倒れそうな自分を支えているのだと、レインは自覚していた。

口には決して出せないけれど。
レインにとって、ブラッドはどんなものにも代えられない大切な存在であり、支えであり…全てだった。

命より大切な、唯一の存在。
だからこそ、巻き込みたくない…こんな事には。

そう思い入り、レインは強く歯噛む。

――こんな仕事は早く終わらせたい。

「…。後を頼む」

心とは裏腹に、感謝の言葉を告げる事も、殊勝な態度をとる事も出来ず、レインはただ短くそう言った。

そんな彼の性質を熟知しているからこそ、ブラッドはますます彼から目を離せなくなる。

レインという男は、必要以上に頑(かたく)なになっているこんな時ほど無理をしたがる性格なのだということを、ブラッドはよく知っていた。

「そんな調子で行く気か。…少しでもいいから、休んでからにしたらどうだ」

「休む? …ハ。それはいいな」

レインは如何にも生意気な態度で一笑すると、手にしていたコードの一つを荒っぽく千切った。

「テーブルを持ってきて、仲良くワインでも飲むか? …そんな暇がどこにある」

「……」

嘆息したブラッドが微苦笑した。
心配されると憎まれ口を叩いてしまうのも、天の邪鬼なレインの特徴のひとつだ。

レインはコードの中にあった銀色の配線を一つ一つ確かめるように指で選り分けると、メイン・コンピュータの端子に繋いでいく。

「藤間と沙羅を頼む。アリの代わりを務めると言ったのはお前だ…死んでもこの場を護り切れ。施設内の戦闘員にはランド・ウォーリア・システム(ハイテク化新装備システム)を搭載した特殊装備をさせてはいるが…FIXER(フィクサー)が相手では通用しないだろう」

「死んでも、ね。…自信ねぇな」

さも柔弱(にゅうじゃく)そうに呟いたブラッドだが、不敵な面魂(つらだましい)は微塵の不安も感じさせない。

気骨ある彼の態度は、険しい表情だったレインの愁眉(しゅうび)を開き、微笑ませた。

「…嘘吐きだな」

「嘘じゃないぜ。お前の護衛ってのはなレイン、結構大変…」

「黙れ」

俄かにブラッドの顎を掴み、それから人差し指をその唇に当て、言葉を制する。

「俺とあの二人を護れ…失敗は赦さない」

レインはそう言って嬌笑し、ゆっくりと手を離す。

「行ってくる」

背を向けた彼を暫く見つめていたブラッドだったが、力強く首肯すると軽く片手を上げ、握り拳をつくる。

「了解、ボス」

いつもの調子とまではいかないが、レインらしさが少しは戻ったようにも思え、ブラッドの口辺には自然と笑みが浮かぶ。

そんなブラッドを背中越しに流し見てから、レインはメイン・コンピュータに視線を戻し、顔を向けないまま、後方に立つ沙羅と一哉に言い放った。

「俺は少し、この空間から離れる」

二人は同時に声を上げた。

「…はぁ!?」

論を俟(ま)たない平然としたレインの態度が、余計に二人を混乱させる。

「電脳スペースから侵入して、人工衛星の回路を敵のアクセスから切り離す」

中央の柱(メイン・コンピュータ)から突き出す形で設置されたリクライニング仕様のチェアに、レインが身体を預ける。

チェアの後ろには無数のコードが嵌め込まれ、周囲はドーム状の強化ガラスで覆われており、椅子自体が機械の一部と化している。

「ハッキングされた衛星からの監視で、こちらの状況は向こうに筒抜けだ。米政府が攻撃回路だけは奪回し死守しているようだが、それも時間の問題…再び乗っ取られるまで指を咥えて見ているのも芸がないんでな」

「し、侵入? 離れるって…どういうこと?」

問いかける沙羅を不思議そうに眺めながら、レインが首を傾げた。

「脳神経を電脳スペースに接続するんだ。…お前はしないのか?」

「……」

非現実的な展開と彼の発言について行けない沙羅は、ただ絶句し、そしてよろめいた。

――ふ、普通は…出来ないと…思うけど…。

口にする勇気こそ無かったが、沙羅は内心でそうツッこんでいた。

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