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SCENE SECTION
01.始動 / 02.対面 / 03.策略 / 04.死闘 / 05.断罪 / 06.終結
隆盛のオフィスルームは、ビル最上階の85階にある。
防弾、防圧加工の衝撃吸収特殊ガラスと防壁に覆われた特別な一室で、今日のようなよく晴れた日なら、厚さ6センチの壁面ガラスから、東京湾や房総半島まで見渡すことができる。
来客用のテーブルとソファ、各支部と配線の繋がったデスク。
情報を映し出すための80型プラスチックスクリーンは、今は静かに壁と同化している。
無駄なものが無いシンプルな空間は、まさに仕事向きな一室だと言えた。
大好きなミルフィーユを頬張りながら資料をめくる沙羅は、口の中に広がる甘美な幸せにしばし酔い痴(し)れていたが、視覚から得た情報によって喚起された憂欝な気分に苛(さいな)まれ、もう一本に伸ばしかけていた手を引っ込めてしまう。
二週間前、一つ前の仕事の資料をこの部屋で見た時もそうだった。
起きたことをつらつらと記述した、事務的な資料。
内容は違えど、読んだ後の感覚はいつも同じだった。
情報と共に、持って行き場の無い蟠(わだかま)りや疑問が胸裏を過ぎる。
理不尽。
暴力的で全く理解できない、紙面の中の相手の心理。
「ふぅん…」
それとは逆に、特に何の感慨もなく資料をめくっていた一哉が、ざっと通覧してから顔を上げた。
沙羅とは違い、彼は仕事に私情を一切挟まない。
と言うより、一哉は他人の死にも、事件に関わる多くの理不尽な事にも、正義を重んじる事にも興味がないのだ。
「今朝の新聞に載ってたよな。原因不明の大停電、って」
紅茶を一口含み、ソファから背を離す。
「そんで相手は?」
隆盛が応じる。
「ガーディアンの情報網をもってしても、特定は出来なかったそうだ」
一哉は眉根を寄せ、首を傾げる。
「この位置なら、カリフォルニア支部とネバダ支部、でかいのが二つ動いてるだろ。何で調査報告が無いんだ」
顔を上げた沙羅もまた、隆盛に問いかける。
「カリフォルニア支部って…本部に次いで、二番目に大きい支部、だよね?」
資料を膝の上で閉じ、付言する。
「あっちの方が東京(ウチ)より規模が大きいのに。…現地のSクラスは?」
――Sクラス。
特殊能力を持つ者の中から特に秀逸な者を選りすぐった「特級(スペシャル)クラスエージェント」のことで、様々な能力を持った優秀な人材がそこに充てられる。
選考通過は至難の業で、ガーディアン全体でもまだ、30人程度しか登録されていない。
沙羅と一哉は、この東京支部が誇るたった二人のSクラスエージェントなのだが、二人と同等のエージェントがカリフォルニア支部には少なくとも10人はいるはずで、その数は全支部中最多である。
俄(にわ)かに室内の空気が張り詰め、片時の静寂が流れた。
眉間に皺を寄せた隆盛は、言い淀みながらも彼等に事実を告げる。
「現地で調査に当たったエージェントは…全滅したと、さっき報告があった」
「え?」
隆盛の言葉の意味が飲み込めず、沙羅は瞳を瞬かせる。
「沙羅はダメだ。今回は俺だけで行く」
一哉が明言した。
「え?」
困惑する沙羅をよそに、一哉は隆盛に顔を向け、彼に同意を求める。
「異存は? 隆さん」
肩を落とした隆盛が述懐した。
「本音で言うならな、一哉。…私は二人共降りて構わないと…降りてほしいと思っているんだ」
資料に記されていたのは、たった一つの停電。
とは言っても、アメリカの西海岸一帯に起きた、大規模な停電についてだ。
新聞には発電所事故としか記されていなかった海外の事件。
しかし実際は、現地では――既に多くの死傷者が出ている。
「しかしな一哉。今回の首謀者は、まだ特定すらされていない。ガーディアンによる今後の被害予測では、その規模が更に広がる可能性が高い。もしテロリストの動きを止められなければ、アメリカだけでなく、世界中が混乱に陥る事にもなりかねん」
隆盛のオフィスルームは、ビル最上階の85階にある。
防弾、防圧加工の衝撃吸収特殊ガラスと防壁に覆われた特別な一室で、今日のようなよく晴れた日なら、厚さ6センチの壁面ガラスから、東京湾や房総半島まで見渡すことができる。
来客用のテーブルとソファ、各支部と配線の繋がったデスク。
情報を映し出すための80型プラスチックスクリーンは、今は静かに壁と同化している。
無駄なものが無いシンプルな空間は、まさに仕事向きな一室だと言えた。
大好きなミルフィーユを頬張りながら資料をめくる沙羅は、口の中に広がる甘美な幸せにしばし酔い痴(し)れていたが、視覚から得た情報によって喚起された憂欝な気分に苛(さいな)まれ、もう一本に伸ばしかけていた手を引っ込めてしまう。
二週間前、一つ前の仕事の資料をこの部屋で見た時もそうだった。
起きたことをつらつらと記述した、事務的な資料。
内容は違えど、読んだ後の感覚はいつも同じだった。
情報と共に、持って行き場の無い蟠(わだかま)りや疑問が胸裏を過ぎる。
理不尽。
暴力的で全く理解できない、紙面の中の相手の心理。
「ふぅん…」
それとは逆に、特に何の感慨もなく資料をめくっていた一哉が、ざっと通覧してから顔を上げた。
沙羅とは違い、彼は仕事に私情を一切挟まない。
と言うより、一哉は他人の死にも、事件に関わる多くの理不尽な事にも、正義を重んじる事にも興味がないのだ。
「今朝の新聞に載ってたよな。原因不明の大停電、って」
紅茶を一口含み、ソファから背を離す。
「そんで相手は?」
隆盛が応じる。
「ガーディアンの情報網をもってしても、特定は出来なかったそうだ」
一哉は眉根を寄せ、首を傾げる。
「この位置なら、カリフォルニア支部とネバダ支部、でかいのが二つ動いてるだろ。何で調査報告が無いんだ」
顔を上げた沙羅もまた、隆盛に問いかける。
「カリフォルニア支部って…本部に次いで、二番目に大きい支部、だよね?」
資料を膝の上で閉じ、付言する。
「あっちの方が東京(ウチ)より規模が大きいのに。…現地のSクラスは?」
――Sクラス。
特殊能力を持つ者の中から特に秀逸な者を選りすぐった「特級(スペシャル)クラスエージェント」のことで、様々な能力を持った優秀な人材がそこに充てられる。
選考通過は至難の業で、ガーディアン全体でもまだ、30人程度しか登録されていない。
沙羅と一哉は、この東京支部が誇るたった二人のSクラスエージェントなのだが、二人と同等のエージェントがカリフォルニア支部には少なくとも10人はいるはずで、その数は全支部中最多である。
俄(にわ)かに室内の空気が張り詰め、片時の静寂が流れた。
眉間に皺を寄せた隆盛は、言い淀みながらも彼等に事実を告げる。
「現地で調査に当たったエージェントは…全滅したと、さっき報告があった」
「え?」
隆盛の言葉の意味が飲み込めず、沙羅は瞳を瞬かせる。
「沙羅はダメだ。今回は俺だけで行く」
一哉が明言した。
「え?」
困惑する沙羅をよそに、一哉は隆盛に顔を向け、彼に同意を求める。
「異存は? 隆さん」
肩を落とした隆盛が述懐した。
「本音で言うならな、一哉。…私は二人共降りて構わないと…降りてほしいと思っているんだ」
資料に記されていたのは、たった一つの停電。
とは言っても、アメリカの西海岸一帯に起きた、大規模な停電についてだ。
新聞には発電所事故としか記されていなかった海外の事件。
しかし実際は、現地では――既に多くの死傷者が出ている。
「しかしな一哉。今回の首謀者は、まだ特定すらされていない。ガーディアンによる今後の被害予測では、その規模が更に広がる可能性が高い。もしテロリストの動きを止められなければ、アメリカだけでなく、世界中が混乱に陥る事にもなりかねん」
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